33.【本人を含め、食べる人達の気が知れない食べ物もどき】
暗黒物質が溶け込んだ事により、私のカレーは謎のとろみを獲得しました。
状態的にはまさしく日本式カレーですね……。
ただ、まだ本当に可食なのか疑わしく、確認する為にも謎カレーの試食の準備として皿を並べていると、『白き堕天の滴』が入った袋から囁くような声がします。
『我らの悲願……我らの宿命……』
『暗黒に染められし孤高の結晶……遂に相まみえる時が……』
『乙女の祈りを受けし同胞……ゆめゆめ我らの悲願を忘るべからず……』
どこから何を突っ込んだら良いのでしょう?
後、差し当たって私は乙女の括りに入って良いのでしょうか。
食べてから乙女にはほど遠い女が祈ったからって食中毒になったら嫌ですよ?
「それにしてもあなた、暗黒物質以外に『暗黒に染められし孤高の結晶』なんて呼ばれているの?」
『我の真の名……語るべからず』
見た目、小豆と大豆なのに。
「煮たら、『白き堕天の滴』も携帯出来る何かになる?」
『耳を傾けよ。既にその堕天の囁きは聞こえん』
そう言えばそうですね。
でもさっきから聞いていると、『白き堕天の滴』は自分の目的ばかり話しているから、持ち運んでも助言はくれなさそうです。
まあ、落ちる場所もないのに堕天の囁きですから、期待してはいけませんでしたね。
『乙女らしき者……失望の念が……』
『我ら未だ力を隠し……来たるべき刻に備えるだけ……』
『食して堕天せよ……我ら滴となりて地に帰らん』
面倒にも一粒ずつに意志があるからでしょうか、会話が多い『白き堕天の滴』は暗黒物質より遙かに中二病が進んでますね。
特に最後の部分なんか、前世で中二に慣れ親しんだ身であっても何言っているか全く分かりません。中二病にありがちな、それっぽい発言でしょうか。
ところで乙女らしき者って間違いなく私の事ですよね。乙女もないなと思いましたが、大豆に乙女らしき者って言われるのも釈然としないものがあります。
『心狭き者よ。我らを砕きて飲み込め、さすれば神罰をも落とさん』
私の尽きる事なき不審を察知したのか、暗黒物質は急に自分達の有用性をアピールしてきました。
神罰(そう言えばまだあった)は謎の現象でしたけど、芋羊羹ではなく暗黒物質を食べたら消えるってそんな割と雑な仕組みだったのですね。んん? もしかして、聖女様の力と暗黒物質の何かが相殺したって事?
「テーブルが並べ終わりましたー」
試食と手伝いをしていただける試練に興味津々の神官の方々の声で、私の注意は暗黒物質達の戯れから離れました。
鍋に残った暗黒物質に関してはまだ煮えたぎる灼熱を宿す身ですから、取り敢えず冷ましておきましょう。
私は手伝いの手と共に皿に盛ったカレーを運びました。
テーブルに皿が並んでいくと、試食参加の方々も徐々に集まってきます。
ふんわりとスパイスの良い香りに部屋は満たされ、先にカレー自体の味見に呼ばれた方達が笑顔を浮かべました。
「カレーだよ!」
「初めてだ!」
神官見習いの子供達が喜びました。この子達の大半は事情があって幼い頃に神殿に入れられた子達です。
ここでは衣食住足りているとは言え、貴族の嗜好品の面が強いスパイスを大量に使ったカレーなど普段口にする機会などありません。予備として大量にカレーを準備してしまった失敗を隠す為と言う名目で、試練とは別に食事会を開かせて頂きました。
私は神官見習いの子達に、スパイス集めに助力してくださった親切な天上に住まう方々の名前を伝え、
「この方々のおかげで私達はカレーを頂けるのです。今日はこの方々に感謝いたしましょう」
「はい!」
こう、高位貴族と言うだけで無闇に腹黒く見られがちですから、機会があればちゃんと優しい面もあると伝えるべきですよね。
付き添いの神官長が何度も嬉しそうに頷いております。この方は確か……。
「貴方のご実家の助力もあってカレーが完成しました。再度御礼を述べさせて頂きます」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます……」
カレーのスパイスに刺激されたのか、少し涙ぐんでおられますね。
当然ですが、この子達のカレーは暗黒物質入りなどではなく、全てを普通の材料で作ったカレーと、フラーベル侯爵家の料理長に作って貰ったナンです。子供に喋る食材なんて食べさせられる訳がないじゃないですかー。
「おや、これは試練のカレーではないですね」
「何で見ただけで分かるんですか……。試練のカレーは聖女様達の部屋の前にあります」
暗黒物質と邂逅を果たし、遂に『白き堕天の滴』も同じ皿に盛られたのです。どう考えても危険なので子供達とは一緒の部屋に出来ません。
「試練に興味がおありなら、まだ席は少し空いておりますよ。どうですか?」
「子供達を置いて先に天に召される事は出来ませんよ……」
何故だか最悪な結果を想像されておられる神官長様に後の事は任せ、私は本来の試食室に向かいました。
さてさて、試練に食い気味の神官の方達は大人しく待っている事が出来ているでしょうか?
「ふん。食えるのか?」
どうしてこんなにも問題が起きるのでしょう?
部屋では本来の参加者を押し退けて、見慣れない一団が試食会の席を占領しておりました。
いずれも貴族のお坊ちゃんという感じで、出家した事を忘れ去ったのかと見まがう程、過剰に身なりを整えた男性達でした。神殿にも騎士団同様に見栄え用の人員が存在するのでしょうかね。
「さあ? 分かりません。それを調べる為に試食会をするのです」
「話にならん! 何故きちんと準備をしない! これだから田舎貴族は困る」
追従する男性がニヤニヤ笑って机の上のカレーをひっくり返そうとして、反応速度が速い私が先にその男性の顔面へカレーを皿ごと押しつけました。
当然の如く熱々ですが、そこは試練カレー。するりと男性の顔だけ避けて、皿の縁でうねっています。
「あらあら、清貧をうたう神官になりながら、食べ物と主張する暗黒物質と『白き堕天の滴』を敵に回そうとする。さあ……一粒残らず食べなさい」
『猛々し心を持ちし者を怒らせし愚かな者よ……我は胃に向かう』
『我は腸に……』
『我は喉に辛みをこびり付かせよう……』
「ひっ……」
カレーが喋りながら皿を押しつけられた坊ちゃん神官の口に勝手に流れ込んでいくと、先程まで偉そうにしていたお坊ちゃん神官達が恐怖で椅子から転げ落ちました。
必死に這いずってでも逃げようとする内の一人の襟首を掴み、
「皆様。この方々こそ試練を受けるに相応しい方ではないでしょうか。折角なので譲って頂けませんか」
「そうですね。我々神官にしても、若き愚かしき者達に高みを目指させるべく試練を受けさせる事はやぶさかではありません」
本当に地位の高そうな雰囲気共に立派な神官が、進み出てきて仰いました。
この方がいてもこの横暴とは、坊ちゃん神官達は余程実家の身分を振りかざしていたのでしょうね。
カレーを粗末にした分の代金は彼らの実家に請求した上で、スパイスを提供して頂いた家には顛末を連絡しておきましょう。
坊ちゃん神官達は後から来た体格の良い神官達に拘束され、謎にうねるカレーの前へ強制的に座らされました。
『我、長き刻を経て『白き堕天の滴』と遂に邂逅を果たさん。我らの宿命、そなたの胃に留まりし闇とならん』
『我らの悲願、『暗黒に染められし孤高の結晶』との宿命の戦い……その舞台は汝の胃にて……』
胃を狙い撃ちする意図とは一体?
いえ、そちらが問題ではなくて、暗黒物質も『白き堕天の滴』も消化される気が全くないような。
「い、嫌だ……!」
坊ちゃん神官達の叫びを最後まで言わせる慈悲を持ち合わせない荒ぶりしカレーは、一挙に彼らの口や鼻の中に飛び込んでいきました。
やっぱりあからさまに食べ物じゃないような。
でも、一応様子を見なくては?
「どうなる事かと思っておりましたが、こうなりましたか」
結論が出た所で、神官達の後方に紛れ込んでいた神殿長が歩み出られました。闇が濃いので、こうなる事くらい知っておられた気がします。
「これは試練ですか?」
「試練です」
神殿長が断言されたので、これは試練という事になりました。
恐怖が限度を超えたらしい坊ちゃん神官達は目を回して倒れましたが、カレーは自力で動けるので誤嚥や逆流の心配もなく、そのまま部屋の隅に転がしておく事にします。
「では、遅れましたが、試食会を始めようと思います」
宣言した後、私は聖女様達の籠もっている部屋の扉を見ました。
扉の前にも試練カレーを置いたのですが……得体の知れない、最早食べ物かも疑わしいカレーからでしょうか、触手も出てきません。
今日は不思議と準備している間、聖女様はずっと静かでした。
こんな事は初めてです。これまで私達の呼びかけに聖女様の反応が遅れる事はありましたけれど、何度か時間をずらして呼びかけても返答がなく、流石に私もちょっと不安を感じていました。
それでも、食事でワイワイと楽しく騒いでいたら気になって扉を開くんじゃないかと天岩戸的な発想で期待をしていましたが……結論からして私の知識不足でした。
神殿って見習いは別にして、静かに食事をとる規則があるそうです……。
「……美味しいですか?」
「はい。試練の味がします!」
その感想だと私の元のカレーが不味かったようにも聞こえるので、もう少し表現方法を見直して欲しい所です。
取り敢えず、よく分からない試練の緊張感も相まって、部屋の中は一切食器の触れあう音もなく異様に静まり返った状態になっていました。参加予定だったシルヴィスは仕事で呼び出されてしまい、私も黙々とカレーを食べるしかありません。
ただ、人間が静かだと、
『我ら消化されん……』
『我らの宿命……』
『今こそ我らの力を解放せしめ……満足感を……』
『白き堕天の滴』の秘めし力とは、満腹感とかそこら辺と考えても良いのでしょうか。
食べ物だと思われたいなら人間の前だけでも沈黙すれば良いのに、中二病の大豆は困ったものです。
食事中だった事もあり、私は『白き堕天の滴』が何を話しても無視する事にしました。特にそれ以上の意味はなかったのですよ。それを『白き堕天の滴』が隙として捉えるのは本当に別の話で、
『我……堕天せしめる』
『落ちよ……そして天に刃向かえ……』
『白で落ち暗黒に染められし者よ……目覚めよ……』
坊ちゃん神官が急に立ち上がったのは、私達全員の腹に暗黒物質と『白き堕天の滴』が収まってからでした。
「がああああああ!」
何処かの世紀末的な感じに上着を破くと、坊ちゃん神官は角を生やしどす黒い肌をした筋骨隆々の魔物に生まれ変わっておりました。
「嘘! 暗黒物質って本当に闇落ちさせるの!?」
『我……暗黒の欠片……』
『我ら……堕天の使い……』
どうやら、きちんとした使い方をしなくてはいけなかったようです。
取り扱い説明書ぐらいつけて欲しかったと強く思いました。




