29.【運命は漆黒の小さき塊と共に】
流石に神殿の混乱は長引き過ぎで、誰もが疲労困憊となっておりました。
王城との交渉の結果、神殿の外を騎士団が警備する事でようやく聖騎士達は休みが取れたそうです。
「貴重な休みに私に付き合わなくても良かったのよ?」
「折角だから町歩きを一緒に楽しみたいと思ってね」
最初に会った時は結構固めの印象だったシルヴィスですが、会う度に印象が柔らかくなっているような?
前世陰キャの私にはちょっと心臓に悪い部分も出てきましたね。
「それで、何処へ行こうか?」
「そうですね。まずは……芋羊羹を売っている店に行きましょうか」
エウリシアが言っていた闇落ちは本当の事だと先程シルヴィスからも聞きました。
ですが……現実的に落ちるような闇があるならともかく、食べてから闇落ちとはどういう事なのか。
……前世の何処かで売っていた『闇落ち野菜』的な?
あれは逆に外見的に選ばれた存在でしたし、食べられる側の闇落ちですから話が違いますか。
少し前にシルヴィスへお土産として渡した芋羊羹を売っていた店は委託販売で現在は取り扱いのないと言う事で、私達は本店に向かう事にしました。
あれほど大人気と聞いていた芋羊羹も徐々に人気が落ちているようです。
「王都は流行廃りが早いからな。休暇で市街に出る度に私は驚いている」
「それも毎回新鮮で楽しそうね。私もシルヴィスが休暇の時だけ街に出る事にしましょうか」
「それだと街に出るのは年に数回になってしまうな。下手をすると年に2、3回くらいになってしまう可能性もある」
「あら、年に2、3回ならどれも特別な日になるわね。綿密に計画を立てないと……呼び出しなんてハプニングは、どう計算に入れたら良いかしら?」
「……そうか、良いな」
肩の力が抜けたシルヴィスが嬉しそうに笑っておりました。
つられて私も笑いました。
シルヴィスが何を考え何を感じているのか。付き合いが浅い私にはまだ分かりませんが、シルヴィスが嬉しいなら私も嬉しいと感じる程度にはなっていました。
「フロスティア、あそこが店みたいだ」
広いようで狭い王都、それ程歩く事もなく芋羊羹本店が見えてきました。
食べたら『闇落ち』もちょっと噂になっており、ブームも下火だから客の数はかなり少ないと思いきや、
「お待たせしました、30本のお客様!」
「こっちは50本な!」
「順番にお待ち下さい! ご予約の150本のお客様!」
「追加はまだか!」
何か非常に賑わっていました。
購入者は減っても一人頭の購入数が多い……?
「これで闇落ち間違いないね……」
「ああ、必ず闇に落ちてやる!」
私達の横をすれ違っていった男性2人組は、芋羊羹本体と同じく太陽の如き黄色の袋に入った大量の芋羊羹を抱え、嬉しそうに走っていきました。
趣味嗜好で闇に落ちたい方がいるという事でしょうか?
まあ…………精神発達上の問題として、異世界にも恐らく中二病みたいなものは存在してそうですよね。
「なるほど。闇属性が欲しいのだろう」
「え、そっち?」
シルヴィスの顔と去って行く二人組の背中を交互に見てしまいました。
元からおかしい食品だと思っていましたが、芋羊羹にはもう少しチートを自注して頂かないと私はそろそろ頭がパンクしそうです。
取り敢えず、物語やゲームとかだと結構闇属性は不遇属性だったりするのですけど、彼らのやっている事は問題ないのでしょうか?
不安に思いながら芋羊羹を抱えて店から出て行く人々を見ていると、
「きっと彼らは特別な存在になりたいのだろう。子供のうちは一度は考えるが、闇属性は基本的に夜行性となるので夜間の仕事ばかりになるから勧めない」
「夜間の仕事しかないのに特別なんだ……」
「人数が少ないから特別にはなるだろう」
頑張って闇落ちした先にあるのは夜間の仕事……まあ、夜間の仕事はちょっと給料良いのでそれを普通に狙っていた可能性はなきにしもあらずで、
「よっしゃあ! これで闇落ちして警備主任になる!」
……暗黒物質は少なくとも夜間限定職種に就きたい人間の夢と希望を叶えていたようです。
「闇落ちとは可能性を広げる素晴らしい事なのね……」
「いや、神殿に連れてこられる真に闇落ちした者達は、魔物化して大変な事になっている」
「え、ええええええ?」
「心に闇を抱えているかいないかだな」
私は再びシルヴィスの顔と芋羊羹を手にして幸せそうな者達を交互に見てしまいました。
あ、でも、私に何の影響もなかった理由が分かりました。
落ちる闇など1つもなく、ついでに上がる?光などないからでしょう。
「大抵の人は心に1つや2つの闇は抱えているもの……」
「神殿長もまだ落ちていないから、落ちる闇と落ちない闇の二種類があるようだ」
神殿長は完全に闇に落ちているからじゃ?
神殿の名誉的にも往来で言ってはいけない事に思ったので、私は口にはしませんでした。
闇落ち芋羊羹の確認は程々にして、私達はリンカ様を起こせるような食べ物探しに移ります。
神殿では事情を知った一部の神官達により気付け薬的な物を聖女様にお出ししているそうですが、これといって効果の出た物はないという話でした。
そもそも聖女様の治癒術で治らないものですから、難しい事は間違いないでしょう。
診察も不可能という八方塞がりですし、僅かな望みをかけてリンカ様の魔力不足らしき症状を解消出来そうな食べ物を私達は求め、市場に向かってみる事にしました。
ただまあ、探しに来たのになんですが、正直よくよく考えると寝ている人の口に食べ物は危険な気がしました。
「聖女様が一緒におられるから大丈夫だろう」
シルヴィスは聖女様の治癒術に絶対の信頼を持っていますが、喉に詰まらせるだとか誤嚥が起きたとき、異物を取り除くでもない治癒術で何とかなるのか、私としては一抹の不安が過ぎりました。
何か安全で劇的な効果があるものが見つかれば良いのですけどね。
食堂が多く集まっている通りに行くと、何処からかスパイスの香りがしました。
「……カレーか」
恐らくこれが一番可能性が高いのでしょう。
前世的な記憶からも誰もが食欲を沸き立てさせられる、国民食。
でも、どの店も所謂本場カレーを提供しているので、基本的には辛くてサラサラしているんですよね。
何が言いたいかというと、本場カレーは美味しいんですけど、果たしてリンカ様の心が目覚めるような……はっきり言えば日本式カレーかどうかと言えば難しいのではないかと。
私が作れるのも本場カレーなんですよね。
前世で一般的に食べていたカレーは小麦粉でとろみをつけている事までは知っておりますが、さて……。
「おや、食材にお悩みかい?」
通りかかった食堂の外のテーブル席に座っていたおばあさんに、不意に声をかけられました。
市場ではなく食堂の建ち並ぶ場所で食材の話題を振ってくる……つまりはそう言う事ですね。
「残念ですが、私は業者でも料理人でもありません。ここは現実なので物語のような展開はないのですよ」
「ふふふ……自己完結的に意味不明で良い答えだ。私は気に入った。お前さんはこの食材を受け取るに相応しい魂を持っている」
と言ったおばあさんが何処から取り出したのか、やたら大きくて重いバスケットを強引に押しつけてきました。
「これは……」
「人は万能食材と呼ぶね」
怖いもの見たさもあり、私が恐る恐るバスケットを開けると、真っ黒く小さな物がいっぱい詰まっておりました。
「ヒヒヒ……これが巷で噂されるダークマター……」
「小豆だよ!?」
どうやら芋羊羹の原材料(?)の入手先は、このおばあさんのようです。
というか、ダークマターって言いました! それって転移者転生者しか知らない知識なんじゃ?
「さあ、これで至高のカレーを作ると良い。女神は貴女を祝福する……」
キラキラ光が降り注いでおばあさんは光と共に意味不明に消えました。
そして、大騒ぎになる周囲。
「これは女神が与えた食材と試練! 貴女はカレーを作る運命だったのです!」
連れて行かれた神殿で、神殿長から言われた私は、
「何で材料が小豆なんですか!?」
これがカレーの材料ではないと私の周辺で分かるのは、聖女様達だけで……。
何が何でも聖女様達には外に出て頂きたいと切に思いました。




