28.【この世界には劇薬が多い】
取り敢えず私とシルヴィスは、神殿長にリンカ様の件を相談に行きました。
「測定ではリンカ様に聖女の力はなかった筈ですが……もしかするとリンカ様は気分で力が変動するタイプだったかも知れません」
測定でリンカ様に力があったと判明しなかった事は、恐らくリンカ様にとって幸運だったでしょう。
もしも最初から力があると分かっていたら、リンカ様に集まる大勢の貴族達に今以上に振り回され……今頃はラーデン国の悲劇を再現していたかも知れません。
「リンカ様の力の問題は横に置いて、まずはリンカ様を目覚めさせる方法はないのでしょうか?」
「そうですね……気付け薬はどうでしょう?」
前世でも何処かで名前は聞いたけど、現物を一度も見た事のない薬ですね。
神殿長が神官に命じて薬品庫から持って来させた薬は……。
「ボーリング玉?」
「気付け薬です。これを囓るのですよ」
そっと触るととても固く、気絶している人間が囓るどころか口に含む事さえ出来ないような。
「……本当にこれで目が覚めるのでしょうか?」
「これを一度囓れば素晴らしき目覚めと共に全ての闇を打ち払う、という伝説が付随する神殿の秘薬ですから、リンカ様も必ずや目覚める事でしょう」
「それは目覚め違いだと思います。これは……王太子ではなくなる王太子に飲ませてみるべき薬ではないでしょうか?」
「流石の発想ですね。聖女様達に飲んで頂く前に、まずは王家の方に確認をして頂くという事ですね。先日の無礼の詫びもまだですし、これはそのように手配しましょう」
……リンカ様に飲ませる気はあったのでしょうか?
何故か誘導された気がするのですが、いや、でも王子を嵌めるとか……ないとは言い切れないものをうっすら感じました。
「私が欲しいのは、本気の気付け薬です。それを頂けないのですか?」
恐ろしい考えを振り切って再度闇の使徒である神殿長に尋ねました。
「そちらも準備出来ております。これが真の気付け薬です」
もうご自分の闇をさらさら隠す気がないで良いのでしょう。
癖の強すぎる神殿長の言葉そのものはスルーして、今度こそ本物の気付け薬と対面です。
机の上には小さな小瓶が2つちょこんと置いてありました。
2種類あると言う事でしょうか?
「目覚める代償として、片方は味覚が一生失われる苦みを持つ秘薬で、片方が物凄い匂いで嗅覚が失われる秘薬です」
「そんな気がしました。極端な薬は結構ですから、普通な薬をお願いします」
「では気付け酒を準備します」
そろそろ合っているのか間違っているのか私には分かりません。
治療の専門家が言う事なのですから……とは言え、前2つは何だったのかと思うと信用して良いのか悩みます。
私は迷ってシルヴィスを見ます。
「私達だと仲間が魔法で眠らされたときは、声かけか、叩くか。酒は……元気づけなら使うな」
「そもそも体調が不明な状態で酒は駄目だと思うのだけど」
シルヴィスも扉の向こうに消えた神殿長を見ました。
もしかすると最近の事で神殿長への信頼が薄れているかも知れません。
「お待たせしました。秘蔵の『スライム殺し』です。これなら子供でも安全に酔えます」
「気付けする気はあるのですか?」
もう自力で探した方が絶対早くて安全な気がしました。
こうなると、頼れるのはカテリーナかエウリシアか。
フラーベル侯爵夫妻と従兄は王太子の交代の件で大変忙しそうで、時間に余裕があると自己申告をしてきたのがこの2人というだけです。
「私は暇には違いないけど薬は分からないから、ここはエウリシアに相談した方が良いでしょうね。神殿付属の学校だから病人の看病もしているし」
カテリーナの話で、神殿付属の女学校の特殊な活動を知りました。
あれでエウリシアは優しい子ですから病人の看病は立派に出来るでしょう。不器用なので怪我人は怪我を悪化させてしまいそうですが。
外出申請を出す程の用事でもないので、エウリシアとは淑女学校の面会室で会う事にしました。
しかして、面会室とはこのようなものだったのでしょうか?
大きなガラスの仕切りが中央で部屋を隔て、エウリシアのいる側には何人かの聖騎士らしき方々が扉やエウリシアの側で警戒するように立っております。
「妹……?」
「ちょっとやらかしちゃって?」
何がどうなったら聖騎士の監視を受ける事になるのでしょう?
お転婆な……エウリシアは淑女への道が遠すぎるようです。
来年で本当に卒業出来るのか、これからの淑女学校の教師達の頑張りに期待をするしかありませんが、これを診ているだけでも無理な気もかなりしました。
「まあ、貴女が何をやったのかは知らないけど、貴女、気付け薬って知ってる?」
「気付け薬? 何したいの?」
「眠ったままの人を起こしたいのよ」
「昏睡状態なら無理に起こすのは考え物だけどね。まずはその人が何で眠ったのか、本当にただの眠りなのかとか、そこら辺を調べてからじゃないの?」
「貴女、どうして賢い所があるのに騎士に監視されているの?」
「部分的にしか賢くないからじゃない?」
ブレが酷い妹でした。
まあ、これが魅力と言えば魅力なのですが……聖騎士達の視線を釘付けにしたいなら他の方法にして貰いたかった気もします。
「ちょっと色々あって診察出来ないのよ。取り敢えず何かの病気は考えられないそうだから、単純に起こすにはどうしたら良いと思う?」
「爆発みたいな大きな音を立てるとか? まあ、そんな事をしたら私みたいに騎士から要注意人物扱いされるから止めた方が良いと思う」
変な所からエウリシアのやらかしが何だったのか少し分かってしまいました。
音だけじゃないでしょ。音だけで監視はつかないでしょ。
「……他は?」
「音が駄目なら揺らす。揺らすが無理なら諦める。それでも諦めきれなかったら……治癒術かな。寝ているにしても何処かに異常があるから起きない訳だし。あ、でも、そもそも魔力不足を起こしているなら起きないかな」
「魔力不足だと起きないの?」
私は魔法が使える訳ではないので、そこの辺りは初耳でした。
「ある程度回復するまでは起きないね。魔法を継続使用中の場合の魔力不足だと……目を覚ますのは難しいかな」
「継続使用中!」
これですよ!
リンカ様は扉をずっと閉じさせています。恐らく、慣れない魔法を使い続けている魔力不足を起こして起きないのですよ。
「継続使用中の状態の人を起こす方法って知ってる?」
「ごめん、そこは知らないんだよね」
なんて事でしょう。
いえ、ここまで知っていたのですから、エウリシアには感謝しかありません。
「ありがとう。懲罰を受けている事は兄達には黙っておくわ」
「通達済みだよ……」
落ち込むエウリシアに本来の土産のマドレーヌを渡すと喜びました。
それを複数の聖騎士達に監視されているのですが、本当にエウリシアは何をしたのでしょうか……。
「あ、でも魔力不足って食べ物でも回復するらしいよ」
「寝ている人には無理でしょう?」
「好きな食べ物は回復の一番の手立てだから……本能的に食事を選ぶんじゃないかな」
そう言えば、前世でも眠ってしまった人にカレーを近づけたら食べた動画とか見ましたね。
あれはリンカ様でも可能?
考えながら面会室を出て行こうとした私に、
「あ、お姉様、気をつけてね。最近、芋羊羹を食べた人達が闇落ちをしてるって話なのよ」
私が呆然としている内に、マドレーヌを囓りながらエウリシアと聖騎士達が部屋を退室して行きました。
「暗黒物質なんて使うから!」
防音仕様の部屋の中では、私の叫びは誰にも届きませんでした。




