25.【詐欺の顛末は】
早々に王家から『ソリウス』が旅立った事が発表されました。
残念ながら架空の『ソリウス』の話であり、現実のソリウスは相変わらず騎士団の寮で謹慎中らしいです。
私などは便乗して本体の左遷を早めても良いと思うのですが、一応ソリウスは問題を起こした人間ですから、送られる辺境騎士団側にも準備があるそうです。
頑張っても予定通りの時期になると、何故か大臣の一人から詫びのクッキーを一袋頂きました。
架空の『ソリウス』を送り出した事で、リンカ様の婚約を過剰に娯楽と捉えていた王都民は寧ろ盛り上がっています。
頃合いをみて『ソリウス』の死亡が発表される予定だとか。
神殿に向かう馬車に乗っていた私の目に、神殿の外で大勢の王都民が集まっているのが映りました。
「あれは何?」
「辺境に旅立たれた『ソリウス』様の無事を祈る集会ですね。今、神殿内で祈れないので、ああやって外で祈っているんですよ」
馬車の外から聞こえたアステリア伯爵家の使用人の言葉に、私が思いっきり顔を顰めても仕方ないと思うのですよ。
ラーデン国の悲劇の二の舞にならない為だけの嘘で、何度も何度も祈っていたり、泣き叫びながら祈っていたり……正直、彼らを直視出来なかった私は、そっと馬車の窓のカーテンを閉めました。
数日ぶりに訪れた神殿は、外以上に一層混沌さを増していました。
私は予想外の混沌に絶句し、しばらく神殿の入り口で立ち尽くしてしまいました。
昭和的ぬいぐるみにあったような可愛らしさなどない嫌らしい目が描かれたアイマスクをしている神官達と、よりふかふか感を増して獣耳の形となったイヤーマフを付けている神官と、両方付けている神官が神殿内をウロウロしていました。
何処からか聖女様を讃える感情を消失した声が聞こえる中、
「あれは何?」
『聖女様は何かしらあったようでして、神罰(外見的に)の種類を見た目で分ける事にされたようです」
見慣れてしまったのか、案内に出てきた神官の方は冷静にそう仰いました。
だーかーらー、やっぱ聖女は昭和……いえ、女性の年齢の話はセンシティブですね。元の世界のご両親か祖父母の影響かも知れません。
「神罰(最早誰も異議を唱えない)から回復した神官の方はそれほどいないようですね」
「芋羊羹が自力で買える方には食べさせない方針なのですよ。皆様実にケチ臭く、事が終わったら元の立場に戻れるなんて楽観思考の方達ですから」
案内の神官の嫌みも仕方ない事でした。
神殿内外の色々な書類が滞っており、神殿長達は寝る間もなく仕事をされているとか。
こうなると、誰が罰を受けているのか分かりませんね。
「そう言えば、芋羊羹以外で何かしらの神罰(ファンシーで社会的抹殺的な)の解除に効果があった食品はないのでしょうか?」
「今のところは。ここにいる神官は食べ歩きは出来ませんので」
もしやここに来て、王都を食べ歩くミッションが発生ですか?
でも神罰(後世に歴史として残したくないタイプ)を受けていない私が食べ歩いた所で普通の食べ歩きですよね。
荷車に適当に神罰(家族に見られたら出家と言い張る)系神官を乗せ、歩きながら彼らに王都の食べ物を1つずつ突っ込んでいくとかなら、私でも出来そうかも知れません。いやでも、ちょっと恥ずかしいか……。
「だから! 私が守ると言っているではないか!」
『適当な事言うな! 何が守るだ。お前がまず敵だろう!』
聖女様達の籠もる部屋の扉の前で怒鳴っているのは、都合上難を逃れたブレール子爵令息でした。
私の当初の話ではブレール子爵令息も諸国行脚に行ったという形にして、王都が落ち着くのを待つ事になっておりましたが、会議でブレール子爵令息は性格的にほとぼりが冷めるのを待てる人間ではないと採用はされませんでした。
最終的に、ブレール子爵令息はリンカ様への愛が深いソリウスに婚約を譲り、今は友の無事を神殿に祈りに行く生活をしていると発表されました。
ええ、ブレール子爵令息だけはペナルティ的な扱いにする事も出来ず、第三者に婚約を譲るなんて貴族が聞けば分かる謎な話となってしまいました。
色々会議で反対したのですけど、大臣達に「老い先短いブレール子爵の為にも」と、普通にしていてもぷるぷるして涙目のおじいちゃんを見せられ頼まれては、私と言えど黙るしかありませんでした。
「そんな事より聖女様。王太子殿下の鼻をトナカイの鼻にして電飾のように光らせて下さい」
私に頭を下げたブレール子爵の気持ちを、いちいち令息に説明する気はありません。私がする必要はなく、本来話すべき人が教えるべき事ですから。
『エレクトリックな感じ? 深夜に探す手間が省けるわね!』
「光のモールス信号で『王太子』って感じに光らせて下さい」
『ごめん! モールス信号はちょっと知らないから!』
自己紹介もかねた良い案だと思ったのですが、私もモールス信号は存在している事しか知らないので残念です。
私と聖女様がきゃいきゃい話をしていると、なかなか心も折れないしつこい詐欺男は空気も読む事はなく、
「……その声、アステリア伯爵令嬢か! また私の邪魔しやがって!」
「貴方の方が迷惑ですし、はっきり言って滅茶苦茶邪魔です」
「く……くそっ! 言い返すなんて卑怯だぞ!」
一部の貴族令息は褒め称えられるのが当然の環境で育ち、人から邪険にされる事にめっぽう弱いと、シルヴィスのお兄様から最近教えて頂きました。
私としては甚だ邪険にしているつもりはないのですよ? ただ、ブレール子爵令息のように女性に対して乱暴な命令口調で話すのに、言い返されるときは相手に細やかな配慮を求めるのを、ちょっと面倒だって思っているだけです。
「私の心をよくも傷付けたな! 貴族院に言って慰謝料を要求するからな!」
「では、順当に侮辱罪で訴えます。その私への慰謝料請求もしっかり事実を精査してお出し下さいね。侮辱罪の根拠にしますから」
いつになったら私が格上の伯爵令嬢だと理解して頂けるのでしょう。
訴えを出しても絶対に勝てない事だけは分かったらしいブレール子爵令息は、またもぷるぷるし始めました。アイマスクで隠れているので涙目かどうかまでは分かりません。そのガラスのハート、面倒臭いです。
「……いい加減ブレール子爵令息も気のない女性に縋るのはすっぱり止めて改心し、祈りの間で一生世界平和とリンカ様の幸せをお祈り下さい」
「だから、リンカ様は私と結婚した方が幸せだと言っているだろう!」
「根拠がさらさらない事を仰るのはお止め下さい」
「私と結婚するのだから、当然だ!」
自意識過剰とガラスのハートは同居出来るものなのですね。更に面倒です。
取り敢えず、私は大きく息を吐き、
「いいですか。貴方のような詐欺を働いた上に反省もせず良い所を誰にも見せられず反省せず身分も理解出来ずに反省せず言い返されて泣いて震えて反省せず聖女様達を説得も出来ず反省もせず現実も見えない反省の足りない方が婚約を申し込もうなど反省するべき点しか御座いません」
「そ、そこまで言わなくても良いだろうが! 貴族だぞ!」
「貴族と結婚すれば幸せになれるなら、貴方に限る必要はありません。もっと人格が素晴らしく家格も高く周囲からの評価も高くて誠実に頭も良く会話術も長けて空気も読めてしっかりとした貴族がたくさんおられますので、そちらにお願いするだけです」
「な……貴様、ブレール子爵家を馬鹿にするのか!?」
「御自分に家柄しか売りがない事は理解されていたのですね。子孫として家の歴史と実績に誇りを持つ事は大変素晴らしい事ですが、御自分の行動次第でその歴史と実績に終止符を打つ可能性は何処まで考えておられますか?」
ブレール子爵令息は一から十まではっきりと言わないと分からない方ですね。
これで神罰(摩訶不思議ではなく聖女の気分)を受けているのは目だけである事が不思議でしたが、言って聞かせる余地があった事は良かったと思わなくもありません。
年老いた父親以上にぷるぷるし始めたブレール子爵令息の目の前に私は立ちました。いや、まともに見ると笑ってしまそうになるアイマスクなので、立ち位置は失敗でした。
「私の婚約には王太子殿下が……」
「貴方の婚約という名の詐欺の片棒担いだ事で王太子の廃太子が決定しました。素晴らしい貴方の活躍の結果に感服いたしましたわ!」
先日、何故か参加させられた会議で決まった事です。
前から何度も議題に上がっていた事でもあり、この件には守秘義務を課さない事も淡々と決定したその場には、ブレール子爵がいらっしゃった筈なのですが、良くも悪くも子息に話せなかったのでしょう。
ブレール子爵令息の表情はアイマスクに阻まれ、辛うじて唇が震えている事だけが分かりました。
王太子が廃される原因の一つとなってしまったブレール子爵令息の今後は、父親のブレール子爵の顔を立てたとしても、非常に暗澹たるものです。
そして、同時に王太子の側近や侍従をしていた者達の未来も完全に閉ざされてしまいました。
特に問題なのは、シルヴィスの兄達の仲良しグループに仕事を押しつけていた側近達という話です。彼らは時流を見て早めに王太子から離脱する事も出来なかった者達であり、既に自分で仕事をする側近達がいる第2王子殿下には近付く事も出来ないそうです。
「ブレール子爵令息。今日はよく無事に神殿に来る事が出来ましたね?」
ブレール子爵令息からは返答がありませんでしたが、今のブレール子爵令息の傍には従者も護衛もいない事は一つの応えなのかも知れません。
王太子の従者や側近は、元凶となったブレール子爵令息を間違いなく恨んでいます。
人望がある父親のブレール子爵本人も高齢ですからね。このまま国内にいたら危険なので……あれ、やっぱり諸国行脚?
大臣達が私にブレール子爵に対して譲歩させたのも、もしやこの結果が分かっていたからでしょうか。有能で賢い方達は人の一歩先を考えていらっしゃるので、私のような凡人は時間が経たないと分かりません。
「でも、王太子殿下は……」
「ついでに、晴れて王太子妃殿下とも離婚らしいです。信頼と愛を育む過程を面倒だと思うような方は、リンカ様の気持ちも王太子妃の御心もお分かりになれなかったと言う事ですね」
「まさか……王太子殿下と妃殿下は愛し合っていただろう!」
「結婚しただけで愛がどこからともなく湧いて出て来る訳がないでしょう! ブレール子爵令息、書類を揃えたぐらいで女性から愛されるなら、この世界は随分楽しい世界になっていたでしょうね」
膝をついたブレール子爵令息に、私は欠片も同情する気はありません。
よりによって『自分がリンカ様を愛している』からではなく『自分はリンカ様に愛されている』との思い込みで行動していたなんて、完全にストーカーの発想じゃないですかー。
流石、王太子に友人と言わしめた男。
……そう言えば、ソリウスも元々は王太子の護衛をしていたとか。王太子と繋がっているのはシルヴィスの兄を含めて要注意人物ばかりなのかも知れません。
「……」
黙って俯いていたブレール子爵令息のアイマスクが、不意にぽろっと落ちました。
キラキラと端から光の粒子になって消えて行くアイマスクというのもシュール……ではなく、これはもしかして反省したという事でしょうか?
私には判断出来るものがなく、誰か神官で詳しそうな人を探していると、
『それで、光を灯すのは鼻だけで良いの? 目とかもチカチカ光らせてビームを出したら何処かの駅舎みたいに皆喜ぶと思うんだけど』
「それは普通に怖がると思います」
扉の向こうにいるので何が起こっているのか知らない聖女様の発言に、東北地方の駅舎のことを思い出しました。あの光るのって電車の到着を知らせる合図じゃなかったでしょうか。王太子も光らせる事で何を通知すべきか。
「あ、廃太子となるのに、モールス信号で『王太子』はないですね。ギリギリ嫌み設定にしなくて良かったです」
『じゃあ、廃太子ってモールス信号で伝えるんだ……ハードルが上がりまくったね!』
「それも嫌み設定では……」
私が聖女様とそんな話をしている間に、これまで様子を窺っていた神官達がそっとブレール子爵令息を外に連れ出していきました。
その姿だけは可哀想に見えましたが、本人の行動の結果で同情はしてはいけないでしょう。
まあ、でも、これで何とかブレール子爵令息は退けた……で良いのでしょうか?




