24.【お願いは相手を見て言うべき】
人は後悔ばかりの生き物とはよく言ったものです。
前世でも何度も後悔をして、今世でも教訓を生かせず私は後悔ばかり。
「リンカ様の婚約が拗れているのは、実はリンカ様がソリウスに未練があるからって噂になっているわ」
談話室でカテリーナの話を聞いて、やはり最低でもソリウスは一発殴っておくべきだったと私は酷く後悔しました。
「謹慎中ですよね?」
「周囲が勝手に噂をしているものに、ソリウスの謹慎は関係ないわね」
間違いなくブレール子爵令息、涙目。
これまで家名でブレール子爵令息に味方していた貴族達も、悲恋めいたこの噂を聞けば、態度は一旦保留とするでしょう。やはり本気でリンカ様と婚約したかったのなら、後先の計算が緩い王太子を頼るのではなく、リンカ様と正しく関係を結び誠実に接する事が最短だったのですよ!
やはり世の中はチョロく手間を省くのは失敗の元だという事です。
「その件で王太子妃殿下がお呼びだ。行くのは良いが、くれぐれもおかしな提案はしないように」
昼食後に談話室に移動してからずっと黙っていた伯父が、若干疲れを滲ませながら私に言いました。
今や神殿や王城だけに留まらず、神罰(第三者に対して便利な言い訳)による混乱は王都全体に広がっています。フラーベル侯爵として対応に追われる伯父は大変でしょうね。
「分かっております。ちゃんと王太子妃殿下にソリウスの処刑を提案してきますから」
「「それがおかしな提案だと言っているんだ」」
フラーベル侯爵家全員の声がハモりました。
長い言葉なのに一言一句重なるのは、家族の力という事でしょうか。
こういう家族なら私も作りたいものですね。
「分かりました。処刑がおかしいと仰るのであれば、神殿長に頼んでソリウスが生まれた事自体を抹消して頂く事で我慢をします。ここまでリンカ様を振り回していますし、さっとやって頂けますよ」
「何でお前、着々と権力者の知り合いを増やしているんだよ……」
従兄が滅茶苦茶呆れた目を向けてきますが、私は権力者に近付こうと思った訳ではないのですが。
寧ろ、全力で遠ざかりたいです。
「それとも、従兄様が私の代わりに王太子妃殿下にお目にかかります? 取り敢えず会話では、王太子を下げて下げて下げまくれば何とか乗り切れます」
「何でだよ……王族を下げるなんて侮辱罪が適用されるだろう」
「大丈夫、今なら王太子は聞こえておりません」
ふかふかイヤーマフ自体はこれからの季節、とても羨ましい物ですけどね。本当に聞こえないのだけがネックです。いえ、首ではなく耳なんですが。
「本人が聞いてる聞いてないじゃなくて、言ってはいけないんだ。侮辱罪はそういうものだからね。父上……これは家庭教師を増やすしかないですね」
「全くだ。フロスティアはもう少し常識を覚えろ」
伯父と従兄は私を白い目で見てくるのに対し、私自身は軽蔑を含んだ目をお二人に向けます。
「常識のある家庭教師なら歓迎しますよ。ただ先日、私はフラーベル侯爵家の家庭教師から『貴女は夫人やカテリーナに届いてはいけないのだから、もう覚える必要はない』と言われたとお伝えしましたよね? そちらはどうなりました?」
こちらは私に対する侮辱ですよね。
フラーベル侯爵と従兄が善意で付けて下さる家庭教師は余所では評価の高い方達らしいですけど、最初から伯爵令嬢を教える契約で来ておいて、相手が侯爵令嬢ではなかったと態度を変える人は駄目だと思うのですよ。
カテリーナもフラーベル侯爵と従兄を睨み付けます。
「その侮辱には当然、対応されましたよね?」
忙しさのあまり後回しになっていたのでしょう。言い淀んだフラーベル侯爵に、
「とは言え、お忙しい伯父様達のお手を煩わせてはいけないと、私の方でちゃんと噂は撒いておきました。おかげで今やあの家庭教師の生徒は私だけ……さあ、あの家庭教師はどうするのでしょうね?」
侮辱に自分だけで対応するなと言われなかったので、領地の家庭教師から学んだようにばっちり侮辱は正攻法で叩き返しました。正攻法だと反論出来る余地が少なくなるので、便利ですよね。
フラーベル侯爵家の面々は私の言葉に一瞬呆気にとられたものの、直ぐに苦笑いを浮かべ、
「それも『常識』だな。分かっているなら良い」
さて、伯父様達はあの家庭教師に更にどんな対応をするのでしょうか。
それを確認する前に侍女が時間を知らせてきました。
「では、時間ですから王太子妃殿下の所に行ってきます」
「気を付けて。拾い食いはしないように」
「王都には食べられる実はないのでやりませんよ?」
田舎ではあちこちに実のなる木が生えていて楽しかった事を思い出し、ちょっとだけ切なくなった私には、閉めた扉の向こうで従兄が「貴族令嬢は常識的に拾い食いはしないんだよ!?」と言っている声は届きませんでした。
それにしても、私は王都に来てから何回呼び出されているのでしょう?
誰もそれをおかしいと指摘しない事も私には到底理解出来る話ではありません。
「いやー、アステリア伯爵令嬢が絡んだ……注意した騎士が、生まれ変わったように真面目な騎士になったんですよ!」
侍女に代わり本日の王城の案内に現れた騎士の方が、私の顔を見るなり興奮した様子で話しかけてきた内容も全く理解出来るものではありません。
「……私には注意した騎士など記憶に御座いませんが」
「ソリウスの上司ですよ! アステリア伯爵令嬢に対してあいつに謝らせようとした騎士達が、令嬢が蕩々と騎士の道を語りあいつを導いたのだと感動してました」
はて?
リンカ様達の噂に気を取られておりましたが、私の方も身に覚えのない噂を流されているようです。
王都はやはり油断のならない場所でした。
「導くも何も……ソリウスの上司の方なら元より素晴らしい方でした。騎士とは無関係な私程度が導くなんて、非常に烏滸がましい事です」
「ご謙遜を。貴女は聖騎士のシルヴィス様の婚約者でもいらっしゃるのですよね。やはりシルヴィス様の影響で騎士の正しき道を分かっておられると言う事ですか。団長達は洗脳なんて言ってましたけど、普通に説得ですよね?」
「ええ。説得に決まっているではありませんか。ソリウスの上司が一層職務に励まれているなら、騎士として思う事があったからでしょうね」
私の言葉で納得した騎士はそれ以降、他愛のない王都の話をしながら廊下を進みますが、私の中では理不尽への怒りと悲しみが渦を巻いておりました。
何故、少し話しただけで洗脳疑惑?
明らかに危険物であるにも関わらず野放しの芋羊羹を差し置いて、何という理不尽な運命を私は背負わなければいけないなんて……!
心の中でそんな悲劇のヒロインごっこの現実逃避をしていると、あっという間に王太子妃の執務室の前に到着しました。
「何度も呼び出してごめんなさい。貴女の意見が聞きたかったの」
天上に住まう方は困っている姿も美しい事です。
地面を這いずり回る私とはかけ離れた存在でいらっしゃるので、意見を求められるのが逆に不思議な気がして仕方ありません。まあ、それを口にすると本日は部屋に何人も控えている侍女や護衛の騎士に睨まれるだけでは済まないでしょうし、それについては胸に秘めておきます。
「私がお力になれるのであれば、喜んで」
「ふふっ。ありがとう」
出てきた紅茶は前回とはまた違い、季節を感じるフレーバーでした。
とても私好みの香りで私が少し落ち着いてから、王太子妃はゆっくりと話し始めました。
「話は他でもなく、リンカ様の婚約に纏わる話よ。でも、新しい問題が起きたという訳ではなく、周囲が変わらなかった事が問題なのよね」
「変わらなかった、ですか」
「そうよ。王都ではソリウスが婚約を申し込んだ時の事が今でもドラマチックに語られていて、リンカ様の正式な相手は未だにソリウスだと思い込んでいる人が大勢いるのよ。ブレール子爵令息との婚約も神殿からは正式発表がない事で、やはり運命の相手はソリウスなんだって騒いでいるらしいの」
ただ騒いでいるだけ、他人の恋愛話を面白おかしく話しているだけなら、王太子妃の口からは出てきません。
深刻な事になっているのは、控えている侍女達の表情からも分かりました。
「このままだと、ね……」
ラーデン国の二の舞になりかねないと言う事ですか……。
劇的な求婚をして貴族だけでなく民衆も味方に付けたソリウスの行動は、今もある意味正しくソリウスを持ち上げ、考える時間が欲しいリンカ様をただただ追い込んでいる事実に私はとても胸が痛みました。
そして、王太子妃殿下は私を期待の眼差しで見ておられている事に、私は頭が痛みました。
……何も出来ませんよ?
はっきりそう返す事が出来れば良かったのですが、周囲から向けられる期待という圧が物凄く、私は必死に頭を巡らせました。
「うーん……取り敢えず、ソリウスはリンカ様に相応しい立場になる為に国を脅かす魔獣を狩りに行って戦死したと、大々的に発表しませんか」
「まあ、劇的ね」
「その発表時になるべく最初の話をしてから結末を悲劇的に語れば、皆様が喜ばれる素晴らしい悲恋物語になると思います」
シルヴィスが言っていたブレール子爵令息の始末の仕方をほぼパクりました。
まあ、騎士としては定番の話なので、シルヴィスも知っても怒らないでしょう。
「あら、良いじゃない。ならブレール子爵令息はどうする?」
「リンカ様への愛を巡って決闘したブレール子爵令息ですが、ソリウスのリンカ様への真摯な思いを受け止めリンカ様を託し、そして魔獣との戦いでソリウスと共に戦ったものの、ソリウスの死で悲しむリンカ様に申し訳なくなって諸国を行脚する旅へ出かけました」
「あら、決闘でブレール子爵令息は亡くなったとした方が都合が良いのではなくて?」
「嫡男で継嗣でもあるらしいブレール子爵令息は、今後も『生きて』いる扱いとした方が手間が省けるかと」
忖度ではなくある種の面倒回避である事を言わずと理解して下さった王太子妃は、また楽しそうにコロコロ笑って、
「ソリウスは残念な事ね」
「本当に。私との婚約を早く白紙にしていれば、本当に望む通りの人生が待っていたのですからね」
残念としか私にも言い様がありません。
そして、最後にもう一つ残念な事に、そろそろ王太子妃の部屋をお暇しようとしたら、礼儀を無視して勢いよく扉が開き、
「アステリア伯爵令嬢、お願いします! 聖女様の説得を!」
「せめて目だけでも戻して仕事が出来るように!」
「王太子がより面白くなるように!」
護衛騎士達もなりふり構わない貴族令息達の様子に一瞬戸惑い、拘束するのが遅れたようです。
そう言えば、シルヴィスのお兄様達仲良しグループの中でも神罰(適用範囲不明)を免れなかった人がいると聞いておりました。
「聖女様と検討させて頂いても良いのですが、お話を具体的にして欲しいなら、まずは芋羊羹を食べてからにして下さい」
相手するのが実に面倒なので、反省する気がないと思ったら問答無用で芋羊羹を口に突っ込む法律を作って欲しいのですけど、無理でしょうか?




