23.【実はもう少しで成功していた】
芋羊羹を食べた所で神罰(そもそも何故芋羊羹でどうにかなるのか不明)が治ったにしても、王太子は本来の仕事以外の事にかまけるでしょう。
「神罰(血糖値の心配あり)を受けた状態で芋羊羹を食べると確かに目や耳は戻りますが、口はただひたすら聖女様を讃えるようになります」
「面倒な事を言い出さないだけ良いかもしれないと思ったけど……それなら止めた方がいいかしら」
「四六時中讃える事になるので、更に鬱陶しくなりますから」
一切歯に衣着せない私の言葉に一瞬止まった後、王太子妃はコロコロと笑い出しました。
「確かに、それは面倒そうね」
「しかも讃える事に関しては、いつ治るか見当もつかないそうです」
「それは寧ろ危険じゃない」
「ええ。なのに、王太子殿下のご友人の方達は調査中と言いながらキラキラしているだけで、芋羊羹の取り締まりが始まっていないんですよ。はっきり申し上げて、あの仲良しグループとは何なのでしょう?」
本来沈黙を守るべき王城のメイドは吹き出し、王太子妃は笑顔こそ優雅さを保ったものの僅かに目が泳いでいました。
やっぱりあのグループ、明らかに問題なのですね。高位貴族令息できっちり固めたグループですから、何か誰の話も聞かなさそうなのが、また……
「ああ……でも、人気のある食べ物ですし、急に取り締まると暴動が起きてしまうかも知れないと考えられたのかも知れません。あの方達はあれでかなり優秀な方達ですから」
まさか、本当にシルヴィスのお兄様は仕事をしていたのですか!?
驚愕の事実に私が心を千々に乱されていると、王太子妃は表情明るくコロコロ笑いました。
「ふふふ……そう言えば、貴女は神殿の外で行う新しい結婚式の形を提案したと伺いましたわ。フラーベル侯爵夫人が大変自慢されておりましたよ」
「私は田舎の結婚式の話をしただけです。提案という程では……」
「このいつ終わるか分からない騒ぎの中で、結婚式が出来た女性達は貴女にとても感謝しているそうよ。相手の男性達の多くは時期をずらしてやる気はなかったそうですし、貴女の提案がなかったら、彼女達の人生の門出が早々に地獄になっていたでしょうね」
私も先日カテリーナから聞かされて、結婚式の重要性を知った所です。
この世界の貴族の結婚式は親族同士の顔合わせを兼ねており、省略すると新婚夫婦はどんなに遠方だろうが親戚の家を一軒一軒尋ねて挨拶をしなくてはいけなくなるそうです。
そして、それが終わらない限り、夫婦になったと認められないとか。
「結婚式が出来たのは良かった事だと私も思います」
「そう、良い事なの。例年仕事にかまけて結婚式を省略した一部の貴族が長期休暇を取る羽目になったり、長時間の馬車移動で新婦と不仲になって認められる前に離婚協議に入ったり……ええ、私も仕事が減って大いに助かったわ」
そんな弊害まであったのですか……。
そこまで聞くと王太子が微妙に仕事していない感が出て来るのですが、一応優秀なのですよね?
流石に王太子の真の実力を問う勇気はなく、お茶を二杯飲んで王太子妃とのお茶会は終了しました。
「楽しかったわ。またお茶に来て下さる?」
別れ際まで王太子妃はずっと笑顔でしたけど、結局、私への呼び出しの理由は何だったのでしょう?
……もしや、芋羊羹の可能性と危険性を確認する話だった?
それなら私ではなく、芋羊羹を生み出した元凶を呼び出すべきでしょう。
考え事をしながら私が案内の侍女の後ろを歩いていると、廊下の先でさっと物陰に隠れた騎士がいました。
あれは、
「ソリウスの上司の方ですね!」
何故か私の声から逃げるように走り出したのですが、周囲にいた親切な他の騎士の方々が何も言わないまま捕縛してくれましたよ。
仲間から引き摺られながら私の前に連れてこられたソリウスの上司は、私が何かを言う前に涙目でぷるぷるしております。おお、まさしく王都の男。
「先日ぶりです。今日も震える事で忙しいようですね」
「嫌みか!?」
「何故私が嫌みを言わなくてはいけないのですか?」
心底不思議だったので聞いてみたのですが、ソリウスの上司はそっぽを向いて答えてくれませんでした。
これは……もしや、守秘義務が発生しているという事ですか。
騎士の仕事は多岐にわたると言いますから、私の質問は何処かで引っかかったという事ですね。
「申し訳ありません。高度なお仕事中に。ソリウスの上司として、部下を庇う姿勢から厳しく接する態度に変えたかと伺いたかっただけなのですが」
「……前から聞きたかったんだが、お前は何の話をしている?」
「貴方の仕事の話ですが? 貴方の仕事と部下に対する姿勢には、私も深く感銘を受けております」
裏口入隊だけどね!
そこは真面目に仕事している方には面と向かっては言えませんよ。
「だから、嫌みか?」
「何処が嫌みだと仰るのですか? 私からしたら話を聞く必要性を感じないソリウスでも貴方は公明正大に判断する為に、きちんとソリウスの聞くだけ時間の無駄っぽい意見を確認しようとなさったではないですか。私はその姿勢に甚く感銘を受けました。ですから、須く上司という存在は貴方の如き方であれと、令嬢方とのお茶会では幾度となくお話しさせて頂きましたわ」
「あの噂の出所はお前かぁ!!」
「私は事実しか話してはおりません。噂って何の話です?」
ソリウスの上司を押さえる騎士達までもが俯いてぷるぷるし始めております。
あのぷるぷるって伝染するのかしら?
それとも単に振動が伝わっただけなのでしょうか?
「私はお前が流した『公明正大で立派な騎士』の噂の所為で、他の騎士達から白い目で見られたり笑われたりしているんだぞ! ただでなくてもソリウスの件で上から叱責を受けているのに、どうしてくれるんだ!」
「堂々としていれば宜しいのでは?」
「巫山戯るな! 何だその回答は!」
「『公明正大で立派な騎士』である事は、貴方が聖女様のお茶会でソリウスを止めなかった理由ですよね?」
そう尋ねると、ソリウスの上司の方は顔色悪く言葉を飲み込みました。そして、周囲の騎士達は何故か一層ぷるぷるし始めます。
世の中は悲しい事に、正義を貫いたとしても冷遇される時があるのですよ……。
「私はソリウスに何も言わなかった事も、貴方の真の優しさからだとちゃんと理解しています」
私は拘束されているソリウスの上司の目線に合わせてしゃがみ込み、
「話を聞かないソリウスに、自分の力で考える事を身につけて欲しいから敢えて口頭での指導しなかったのでしょう。私はちゃんと分かっています。ですが、それは万人の部下に通じる育成方法ではなかったのです。貴方はソリウスを殴るべきでした。良いですか、ぶん殴るべきでした」
ぷるぷるする事を止め、ソリウスの上司は目を限界まで見開いて私を見ております。
「ぶん殴る……べきだった……?」
「そうです。貴方はこの世に二人といない素晴らしい上司です。ですが、ほんの少し向けるべき慈悲が間違ってしまっただけなのです。その慈悲は慈悲で伸びる部下に向けるべきであり、ソリウスのように人の話は聞かないし、好き勝手やるし、何なら婚約の白紙と解消の差さえも理解出来ていなかった全ての元凶を、慈悲では導けない事を理解するべきだったのです」
「全ての……元凶」
「元凶の名はソリウス。貴方を真に苦境に陥れた、諸悪の根源です」
「そこまでにしてくれ、アステリア伯爵令嬢」
私とソリウスの上司の間に立ったのは騎士団長様でした。
「うちの騎士を洗脳しようと試みないでくれないか」
「私はそんな力は持ち合わせておりません」
ソリウスの上司は騎士団長の指示で、あっという間に何処かに連れて行かれてしまいました。
次はいつお会い出来るでしょうね。
「取り敢えず、私としてもアステリア伯爵令嬢にはもう少し話を聞きたい。時間は良いだろうか」
「はい、構いませんよ」
改めて聞かれるような話はない筈ですが?
不思議に思う私とは対照的に騎士団長は神妙な顔になり、
「貴女はソリウスの上司に話しかけ、謹慎中のソリウスの状態を確認したかったのだろうか? それともソリウスを殴りたかったのか?」
「当然、社会的に抹殺したかったのですよ」
迂闊に正直に答えてしまった私は、その後、騎士団長に一頻り怒られる事になりました。
いやだって、乙女なら絶対にソリウスを消去したいって願望は抱きますよ!




