21.【芋羊羹の需要と供給、そして正体】
王族の離婚は長い議会の許可が下りないと出来ませんので、王太子妃の申請は現状されただけです。それでも大変な醜聞です。
シルヴィスのお兄様も顔色が宜しくありません。もしかして、王太子でシルヴィスのお兄様達が遊んでいた所為もあると感じている?
「離婚申請だなんて……」
この世界では結婚も離婚も男性優位な所がありますから、女性側が申請する事は滅多にある事ではありません。
まして社会的地位もある王太子妃がやるのですから、影響は大きいでしょう。
「たまには女性もやってみたい気分に駆られるものですよ」
「あり得ない。女性、まして王太子妃が申し出るなんて、周囲からどう思われると思っているんだ……」
「え? どう思われるか心配するなんて段階の話ではありませんよ。女性からの申請ですよ? ガチガチに証拠も何も固めて絶対に勝てる状態になってからの申請に決まっているじゃないですか。つまりこれは、夫への社会的殺害予告です」
申請には王太子妃の実家も間違いなく関わっているでしょうし、激烈ヤバい状況ですね。
「いや……でも王太子はそこまで悪くなかったと思うんだけど」
「そんな訳ないでしょ。リンカ様達の不機嫌の理由の大半が王太子由来という現実ぐらい直視して下さい。取り敢えず、さっさと聖女様に怒られない内に連れ帰って下さい。聖女様に話を聞かない人間なんて思われたら、今の流れだと『良く聞こえるように』巨大な兎耳になるかも知れませんよ」
「……! いっそ面白くなってきた! 王太子が兎耳になったら全員で地方視察を強行しよう」
「兎耳になるのは貴方かも知れませんよ?」
「私に新しい魅力が足されるのだから大歓迎だよ。ふふふ……王太子は兎耳になったところで周囲を微妙な空気には出来ても虜には出来ないだろうね。私達との圧倒的差を見せつけてくれる」
従兄がクライン侯爵家の二人の上の子息、シルヴィスの兄君達について言い淀んだのはこの性格でしょうか。
私的には嫌いな方向ではないのですけど、残念感が強烈な方です。
シルヴィスが大きなため息をついて、
「兄さん、本当に神殿からしたら迷惑だから連れて帰ってくれ。兄さん達が王太子をからかって遊びたいにしても、これ以上は聖女様達の逆鱗に触れるだろうから危険なんだ」
シルヴィスの必死の言葉にもキラキラな笑顔を見せて、
「大丈夫。私達は逆鱗待ち」
「兄さん!」
私達が3人で言い合っている後ろで、つんざくような悲鳴が聞こえました。
男性比率が高過ぎて酸欠状態になった所為か、まさかの男性による高音域の悲鳴ですよ。
「おい……! 何だ、何だ? 誰か助けろ!」
『何も見ないし、何も聞こえないんでしょ!』
私達が振り返った先で、王太子といつの間にか王太子を取り巻いていた侍従っぽい人達の耳には、ふっかふかの大きなイヤーマフがついておりました。
ちょっと可愛いような、兎耳の予想が外れた事に残念なような。
扉の向こうにいる割に、聖女様の怒りが的確な事に戦きました。
食料を得る触手にしても……いや、あれは結局謎しかない聞いてはいけない何かでしょう。それはともかく、リンカ様の嫌がる様子が見えていなかった為に視覚を奪い、今度は話を聞かなかったから耳が聞こえないようにしたのでしょうか?
王太子達から離れていた事で範囲が逸れたのか、シルヴィスの兄君を始めとした高位貴族令息達はイヤーマフ装着を回避した結果、非常に残念そうに歯を食いしばっておられました。この方達は悪友にしても……。
「……聖女様にお願いしたら、皆様でお揃いにして頂けるかも知れませんよ?」
「王太子とお揃いは良いけど、あそこの侍従達は私達のグループのメンバーじゃないからねぇ。彼らとも同じだけは死んでも嫌だね」
後ろの煌びやかな高位貴族令息達も頷きますが……その年齢の男性達の仲良しグループでお揃いで揃えたいって神経が分かりません。と言うか、こんな自分達が面白い事を優先する友人達が周囲にいたから王太子は破滅した気がしなくもなく。
「○~~×~!」
「△○~~! ×○~~□!」
ファンシーなイヤーマフのついた侍従の方々は、どうやら視力もついでに奪われただけでなくタラコ唇にもなり……見えない聞こえない話せない常態になった事に混乱したのか暴れ始めました。
と言うかフルで変化するなんて、他にも何かしてました?
その辺りの事情を突っ込んでみたいのですけど、イヤーマフはどうも人の声を遮っているらしく、神官が必死に止める声に反応する事もなく暴れています。
うーん、とっても迷惑。
シルヴィスの兄君やそのお友達は王太子しか興味がないようで、侍従達の騒ぎがエスカレートしていきシルヴィスが走っていったのにも目も向けません。
実に迷惑千万。私はため息をついて、後方に控えていたアステリア伯爵家使用人に、
「馬車に置いてある私の籠を……芋羊羹を持ってきて下さい」
私が食べる分ですよ? 出し渋るに決まっているじゃないですかー。主に苦しんでいる方達はお金持っている層ですから、治療に使う分くらい自前で用意出来る筈なのですよ。それなのに状態異常?がどうにも出来ていないのは、商人か何かに恨まれて『売ってくれない』からでしょうね。
運ばれてきた芋羊羹を神官や聖騎士達が暴れる彼らの口にかなり強引に突っ込むと、大きく痙攣を起こして倒れました。
タラコ唇からはみ出す芋羊羹の図はシュール……ではなく、
「まさかの毒入り芋羊羹だったなんて……シルヴィス、今度は殺人事件かも知れません」
冷静にシルヴィスは倒れた側近の方々の首元に手を当てました。
「残念ですが、生きていますね」
「しぶとい事です」
「芋羊羹を食べた者はこんな風に痙攣を起こした後、まる一日は昏睡状態になります。特に驚くべき事ではありませんよ」
芋羊羹の謎は深まるばかり。
一応治るというのであれば芋羊羹は万能解呪薬なのでしょうが……ここまで来ると、本当に食べ物の範疇に存在しているものなのか不安が押し寄せてきます。
そして、侍従である彼らは貴族籍を持っている方達なのですが、上着だけ剥ぎ取るように脱がせて放置する神殿の方針にも不安になってきました。
石の床に直ですよ?
「ねえ、冷たい床に寝かせるのに上着を脱がせたら……」
「彼らは芋羊羹を食べているので体温は上がりますから。寧ろ、暑くなりすぎて発火しない為の温度調整として……」
「ごめんなさい。その情報は私程度では処理出来ません。聞かなかった事にさせていただきます」
前世の世界と全く同じ見た目と味のくせに……。
食べ物が異世界転生(?)するとこんな事になると分かっていたのなら、前世で何が何でも羊羹の作り方を覚え、大学には行かずに和菓子屋でみっちり修行していたのですけど……なかなか世界は私に都合は良くはありません。
「……色々納得出来ない部分は多いのですけど、これで一応彼らも起きたら元通りですか」
改心が矢鱈ハードルが高いのに、芋羊羹だけであっさり治るなんて納得いきませんよね……なんて考えていたら、当然のように羊羹程に甘い話である訳がありませんでした。
「ええ。元通りですよ。芋羊羹ですから」
闇入り神官長の笑顔が全開でした。
笑顔にも非常に圧があり、理由を聞いたら何かが戻れなくなるような恐怖を感じたのですが、私自身も芋羊羹を食べているので聞かない訳にはいきませんでした。
「……確認させて頂きます。元通りとは一体どういう状態なのでしょう?」
「元通り、聖女様を讃えます。具体的に申し上げれば、口から出る言葉全てが聖女様の賛美となります」
「それは元に戻っていると言って良いのでしょうか?」
「どの道、元の人格と大きく違っていても、これ以上私達には治せないので諦めて頂くまでです」
想像外に危険な物を食べさせてしまったようです。
後、聖女様達と芋羊羹には関係がなかった気がするのですが?
「聖女様?」
『流石に芋羊羹とは無関係だし! と言うか、羊羹なら小豆でしょ? この世界の気候で材料の小豆は育つの? 流行して売り続けられる程度に小豆の在庫が事も不思議だし!』
……羊羹と言われれば確かに小豆がいるような気がしますが、あの黄色い塊の何処に小豆が入る隙間があるのでしょうか。でも、羊羹は羊羹のような。
残念転生者なので、羊羹と芋羊羹の材料の差など分からず……聖女様が仰るなら多分、芋羊羹の材料に小豆が存在する?
取り敢えず、芋羊羹は気が付いた時には存在していたので、深く追求した事はありませんでした。
おかしいと言えばおかしいのですけど、こう、あからさまにおかしいと、おかしいなんて思わないというか……。
改めて思い返すと、私は田舎でも王都でも何度も市場に行きましたが、その中で小豆やサツマイモを売っている店を見た記憶はありませんでした。流行に乗って芋羊羹を売る店は複数あるのにも関わらず、原材料を運ぶ荷馬車が走っている姿も見た事がありません。
「え? 芋羊羹の材料は、どうなっているのです?」
私がシルヴィスと神殿長を振り返ると、どちらも首を横に振りました。
シルヴィスのお兄様を見ると、今度も矢鱈キラキラした笑顔で、
「調査中だよ!」
「王太子で遊んでないで、早く取り締まるべきです!」
芋羊羹は異様にチートなだけだと思っていたら、普通に危険極まりない闇に満ちた物だったかも知れません。
何でこんな暗黒の物質を材料にしようと思ったのだか……。
異世界は、何とも恐ろしい所だと今私は知った気がしました。




