20.【暇人と掛け合わせて混沌を作る】
説得も悩ましい問題ですが、生まれたての子鹿の方がまだましな震え方をし始めたブレール子爵令息の体は、そろそろ大丈夫なのかも気になってきました。
人間にそんな動きが出来るなんて非常に驚きです。これぞ異世界と言って良いのでしょうね。多分?
「お前のようなおかしな女がリンカ様の友人である筈がない!」
「貴方のような詐欺を働いた上に良い所を誰にも見せられず身分も理解出来ずに言い返されて泣いて震えて聖女様達を説得も出来ず現実も見えない方など到底婚約者である筈もありませんね!」
何処からか「1言ったら10返すなんて恐ろしい……」と聞こえてきました。
はて、私は精々7つくらいしか言ってませんよ。文句を言うならちゃんと数えて下さい。
古今東西の見本的貴族であるっぽいブレール子爵令息は、貴族らしくボロボロ泣き出してしまったので、近くにいた神官長に私は、
「子息のメンタルがバキバキに折れている内に移動させましょう」
「あそこまで折らなくても……」
「折れやすかったのは自分の芯を腐らせた当人の責任でしょう。と言うか、自分の行動を突きつけられて折れたのなら、やはり御自分の責任では?」
闇が濃い筈の神殿長は私の言葉に返答はせず、ブレール子爵令息の後ろにいた従者と他の神官達に指示を出し、バイブレーション機能全開のブレール子爵令息を外に連れ出して行きました。
これでちょっとは静かになると思ったのですが、周囲に人が減った事で物凄い形相の見知らぬ神官が私に近付いてきました。
「早く! 聖女様の説得を!」
「貴方の謝罪が先に決まっているでしょう! 誠心誠意、低頭平身、五体投地で真摯に正しく謝罪をしましたか! 人に頼むのはやるべき事を全てやってからです。謝罪をチョロく適当に省略しようという心根は、私的には大いに理解出来る所ではありますが、即時破棄して下さい!」
これ幸いに私の方から詰め寄って耳元で大声で言ったら、尊大な神官は耳を押さえて床に沈みました。
私の声は良く通るし大きいので、攻撃になったのかも知れません。不可抗力ですから、ごめんあそばせ。
しかし、相手はやはり王都の男。ぷるぷるとバイブレーションをしながら涙をにじませた神官は私を睨み付け、
「大声を出すな! 穢らわしい外の世界の人間のくせに!」
『フロスティアに酷い事を言うなんて!』
ボンッと謎の音と共に煙が立ちました。
昭和的な漫画で見たような演出に、私は思わず数歩後退りました。
しばらくして謎の白煙が消えると、そこにいたのは明らかに飛び出している大きすぎるタラコ唇の神官でした。
誰ですか、この変化をチョイスしたの。
「~~~~!」
唇が尋常ではなく大きくなった所為か、まともに口が動かなくなった模様です。これではちょっと喋るどころか食べる事も難しくなったかも知れません。
見た目通り重いのか、唇を必死に押さえる神官に、私はそっと寄り添いました。
「……取り敢えず今度こそ、きちんと聖女様達に謝罪しましょう。貴方にはそれしか術はありません」
「~~! ~□○!」
「なるほど……今までの非礼を詫びて、自分の未熟さを真摯に受け止め、一から神官をやり直して、今後の人生はひたすら人の為に尽くすと」
「~~~! ×~○~~!」
「ほほう。これからはしっかりと心を入れ替え、毎日早朝には神殿中の掃除をし、他の方々の手伝いを誰よりも積極的にこなし、罪を憎んで人を憎まずと広く教える為に旅立つと」
「アステリア伯爵令嬢、明らかに言っていない事をさも言っているように代弁しないで頂けませんか?」
神殿長に肩を叩かれました。
「こういう感じで反省してね! と言う話も駄目ですか」
『良いね!』
またしてもボンっと昭和的演出が入り、神官の方のタラコ唇は元に戻り、
「目が……目が見える!」
『フロスティアが言った事を全部やらないと光も失ってタラコ唇だからね』
聖女様の言葉に私達の胸に去来したものは、恐らく絶望です。
この部屋にいた異常を来していない者達の視線が無責任な発言をした私に集まりますけど、私にしても不可抗力です。
実現不可能な注文を受けるしかない神官は、天国から一気に地獄に落ちた所為で目を開けたまま気絶しているようでした。
これは諦め案件でしょうか?
額に手を当てていた神殿長がぱっと顔を上げ、
「つまり……これは女神の与えられた試練なのでしょう。そして、彼は真摯に謝罪をして許される道を自ら捨て、より厳しい試練を背負う事にした……。彼の女神への深い思いを私は感じ取らせて頂きました。さあ! 皆も彼の試練への旅立ちを祝福しようではありませんか!」
わっと歓声が上がりました。
神官長の言い換えって怖いですね。何かよく分からない壮大な物語に生まれ変わりました。
でも、普通に芋羊羹食べて改心した方が早いと思います。
残念な事にそう言った突っ込みは入る事もなく、試練で納得した事で周囲の神官達の混乱と困惑は収まりつつあります。と言うか、本人の意思ガン無視……いえ、リンカ様達の意思を無視した方達ですから自分へ跳ね返ってきただけですね。
まあ、これで割り込んでくる人はいなくなったでしょうし、神秘暴走系聖女様達の昭和部分を説得……。
「まだ説得出来ていないのか! 何をいつまでやっているんだ!」
部屋にどやどやと新しい貴族が入ってきました。
完全に締め切れないので仕方ないのですが、取り敢えず偉い人の可能性もあるのでめっちゃ仕方なく私は振り返りました。
「聖女に謝るだけだろう! そのくらいの事にいつまで時間をかけている」
まず目に飛び込んできたのは、華美の方向性を間違えて完全に舞台衣装のレベルとなり、それちょっとないわと令嬢からヒソヒソ言われる系の衣装でした。そして、それに埋もれるように非常に地味な顔立ちの青年が、視線も定まらず周囲に怒鳴り散らしていました。
まあ、全体の方向性はブレール子爵令息と同じ方ですね。
ただ、ちょっと周囲にいるのが従者? ではなく、立っているだけであふれ出る品の良さとレベル違いの煌びやかさを兼ね備えた高位貴族令息達なんですよね。何か変な組み合わせです。
更に後からこの方達を追いかけて現れたのは、王城でも見かけた外見が飛び抜けた近衛騎士達でした。
神官が頭を抱えて、
「王太子殿下! 神殿の許可なく奥に踏み込んではいけないと以前も申し上げましたよね!」
「五月蠅い! 待たせるのが悪いだろう。兎に角早く謝罪するなり説得するなりをしろ! この私であっても目が見えないのであれば仕事にもならん!」
この顔面だけ地味系青年が、失言だけでなく余計な仕事をする王太子でしたか。
王太子も目が見えなくなっていたのですね。よく考えればリンカ様の婚約を王太子権限で認可したのですから、そりゃあ聖女様の怒りを受けるのも当然ですね。
御自分が謝る方が手っ取り早いという事も理解せぬまま、何故か誰も芋羊羹で何とかなる事も教えないまま、部屋の入り口で神官達と喧嘩を始めました
……何でしょうね。王太子の衣装はド派手でも、周囲にいる高位貴族令息達や近衛騎士達の方が何倍もキラキラして目を引く外見で……。
正直、もう少し周囲に置く人間を選んだ方が良い気がしたのですけど、
「私のこの美しい顔も何日も見ていないんだぞ!? これでは私は生きていけない!」
………………自分の容姿にとっても甘いタイプの人ですか。
周囲にいる人と同等の容姿だと思い込んでいる感じなら仕方ありませんね。
一部の方達から何とも言えない生ぬるい視線を向けられている王太子に、神官長は大きなため息をつきました。
「神殿にいらっしゃっても解決はしませんので、どうぞお帰り下さい」
「私が監視していなければ説得しないだろう!」
「見えていたとしても王太子に監視の才能は欠片もございませんから。言うなれば、邪魔」
どこからか「神官長がアステリア伯爵令嬢に毒された」と聞こえてきました。
完全に気のせいです。最初から神官長はそんじょそこらとは比較にならない闇を腹に抱えてましたよ。
「どこにいる! アステリア伯爵令嬢」
名指しされてしまった私はため息がでてしまいました。面倒にも程がありますが、仕方ありません。
無意味にキョロキョロしている王太子に近付き、
「いらっしゃると解決の邪魔になりますから、どうぞお帰り下さい」
「お前がアステリア伯爵令嬢か!? 何だ、その言い方は!」
「殿下がここに存在されると悪しき空気が蔓延し、かつ麗しき乙女の嘆きが聖なる乙女を動かし天より裁きがもたらされますので、どうぞ速やかにお帰り下さい」
「意味が分からん!」
「帰れって行ってんだろ」
思わず一段低い声になってしまった為に、王太子は私の声だとは思わなかったようで、「今のは誰だ!」と再びキョロキョロしております。
それにしても……ようやく軽く会話しただけで涙目でぷるぷる震えない王都男性に会った気がします。
会った所で嬉しくはないのですが、まあ、いたんだなと言うだけの事です。
「早く、説得をするのだ!」
よし、しばらく別室に逃げましょう。
私が何処にいるかも分からない王太子を置いて部屋を出ようとすると、王太子についてきた高位貴族令息の一人に阻まれました。
この方とは目が合いましたので、一応はリンカ様の婚約の件に無関係な方のようです。
「何とか振りでも頑張って頂けませんか?」
「見えてないのに振りをする意味は何でしょうか?」
「世の中にはパフォーマンスも必要なのです。貴女も貴族の一員として、王族を敬う心をお持ちでしょう? その心を限界まで振り絞って、このハリボテをそれっぽく敬った振りを頑張ってして下さい。このハリボテはしつこいですから、適当に合わせて」
……これが説得力!
高位貴族令息っぽい方は本物のように言う事が違います。
「……でも、そんな感じで貴方は王太子殿下を説得されないのですか?」
「私達は無駄な努力と時間の浪費は嫌うのですよ」
とてもキラキラした笑顔で仰いました。
恐らく王太子の友人であっても、かなりドライ?な関係なのでしょう。
「では……適当に?」
「適当にお願いします。味を占めさせてはいけないので、適当に手を抜いて」
「兄さん!」
大声を出して部屋に駆け込んできたのはシルヴィスでした。
兄さん?
私は王太子の友人だと思っていた方の顔を見ました。言われてみればよく似た顔立ちでしたが、私に分かる筈もありません。
弟と言ったシルヴィスにはただキラキラしているだけではなく、親しみを込めた笑顔を向けて、
「義理の妹になる女性なんだ。折角だし、軽く適当に世の中を渡っていく事を説明していただけだよ?」
「遊ぶなら王太子殿下にして下さい! フロスティアはそう言う女性ではありませんからね!」
「兄さんなら末の弟の婚約を喜んで、私以上に王太子を踊らせるえげつない方法を教えられるのに、領地から帰れないんだってー」
「そもそも長兄は公に出来ないえげつない事をしたから帰れないんですよ!」
王太子と高位貴族令息達の関係性が何となく分かってしまいました。
そう言えば、従兄が「確かにあの二人は華やかだ。だが」なんて、含みのある事を言っていました。あの言葉はこれを指していたのかも知れません……。
私やシルヴィスの不審なものを見る目に動じる事なく、はっはっはっとシルヴィスの兄であるクライン侯爵令息が笑っていると、
「王太子妃から離婚の申請がありました!」
王城の文官が息を切らせて走ってきました。
ニヤニヤしていた高位貴族令息達もそのまま固まってしまいました。
貴方達が王太子で調子よく遊んでいたから、こんなにカオスになるのですよ!




