18.【まともな相手は大概売却済み】
大神殿で最高権力者の神殿長が来られた事で、家名しか価値のない男・ブレール子爵令息は置物となりました。
「ほう……神殿内で男女が一緒に芋羊羹とは実に不埒な事を」
芋羊羹を一緒に食べたから何かどうなるのか、私には一切合切検討がつきませんが、シルヴィスから経緯を報告された神殿長達はブレール子爵令息を強く睨み付けました。
ただでなくてもリンカ様はこの婚約を認めていません。そこにきてブレール子爵令息がまさか浮気(芋羊羹を誘ったとき限定)を持ちかけるなんて、ソリウスがましに見えてきます。
怒りのあまり震える神殿長は、
「芋羊羹を一緒に食べたいなんて、そんな! 何と言う破廉恥な事を願ったのだ!」
それにしても、芋羊羹に何処までどういった付加価値や意味が付与されているのでしょう。
これは最早大量に追加された価値の所為でお腹を壊しそうなので、今後食べて良いか迷うレベルになってきました。
「芋羊羹を何だと思っているのだ! お前はリンカ様と婚約をしているのだ。醜態を晒すな。即刻謹慎せよ!」
え、謹慎だけ?
ここまでチートしてきた芋羊羹が肝心な所で役に立たないなんて!?
芋羊羹で一気に婚約解消まで押し切れないかなと思っていた私の淡い期待は、神殿長の言葉で呆気なく潰えました。
「お待ち下さい。まずは、私の婚約者に浮気を持ちかけるような者は、リンカ様には相応しくありません。婚約は解消すべきです」
流石シルヴィスは芋羊羹などに頼らず、正論で押しますね。
本来、聖女と聖女の関係者に近付く者には異常なまでの身の綺麗さを求める神殿です。ちょっとした浮気や芋羊羹(何なら今回は本当に何も起こっていない)も許されるものではない筈です。
「……確かに相応しくはない。だが、今回は王家が認めてしまったのだ。聖女達の婚約には解消も白紙も認められん」
そう言った神殿長は苦々しい顔をしておりました。身綺麗な相手に執着していると思いましたが、一度決まった婚約はどうする事も出来なくなると言う理由もあったのですね。
「長年の慣例は分かりました。ですが、一番大事な聖女様達は婚約を始めから望んでいませんでした。それでも無理なのですか?」
「離婚は直ぐに出来ます」
意味が分からん。
ちょっと頭痛を感じながらも私は神殿長に、
「……そもそも提出された婚約の書類にリンカ様がサインしているとは思えません」
「サインは偽造したのでしょう。リンカ様はまだ文字を習っている最中です。私達も妙な事を企む者を警戒して、そもそもサインの書き方を教えていません」
なら無効に出来そうなんですが、王家の名前で一旦世に出てしまったものは撤回出来ないと言う事ですか。
てっきり神殿はリンカ様の完全な味方だと思っていたのですけどね。
王家に阿った神殿長をつい恨めしげに見てしまいます、
「王家が認めたとは言え、詐欺師と結婚する事がリンカ様の幸せに繋がるのでしょうか。しかも婚約したと胡座をかいて聖女達の説得にも加わらず、浮気相手を見繕っていたのでしょう? 結婚したとしても問題を起こしそうな男は、存在そのものが瑕疵ではないでしょうか」
本当に置物になったのか、ブレール子爵令息は一言も言いません。
子息の肩に手を食い込ませているシルヴィスの圧でしょうか?
「ではどうせよと?」
「ブレール子爵令息そのものを白紙化しましょう。存在をなかった事にすれば瑕疵も何もありません」
「なるほど。出生関連の管理は神殿の管轄です。生まれた事もなかった事にいたしましょう」
頭のいい人は私の雑な提案でも具体的な形に出来るものなのですね。
そう、ブレール子爵令息なんていなかった。
暗殺でもないので聖女様回りは元通り真っ白白になります。
全てが解決した。
そんな顔をした私と神殿長に冷静な神官長が、
「王家の広報で婚約の話は回っておりますが、それはどう対処しますか?」
そっちが残ってました。
神殿長は私の顔を見ます。そんなに良い考えなんて出てきませんよ。
「夢でも見たのでしょう。そんな人物が婚約者だったという」
「ええ……我々はリンカ様に素晴らしい婚約者が出来る事を望んでいました。考えすぎて皆で夢を見てしまったのでしょう」
「リンカ様に素晴らしくない婚約者なんて存在しませんからね」
うふふ……と笑い出した私と神殿長に、
「無理です」
一言でばっさりいったのは、シルヴィスでした。
現実に引き戻さなくても良いじゃないですかー。
「他の記録や書類が色々残っています。人一人とは言え、そう簡単にいなかった事には出来ないものですよ。父達がよくぼやいておりました」
最後の部分の闇はいらない。
クライン侯爵は誰をいなかった事にしようとしていたのか、義父となるかも知れない人の闇は、なるべくなら一生知りたくなかったと思います。
「ではシルヴィス殿はどうしたらいいと?」
「リンカ様の夫になる為に相応しい実績を得る為に功を焦って事故死。これなら話は不自然さがありません」
騎士らしい発想ね。でもそれは聖騎士の割に真っ黒じゃない?
声に出せなかった私は、自分の方こそ婚約を見直した方が良いのではないかと思案しました。
「ですが、ブレール子爵令息は文官です。功を焦ってと言っても、前提的に難しいかと思いますね」
神官長も消す事に積極的ですね。
今更ですが、神殿そのものも真っ黒ではないのかしら。
「フロスティア嬢はどう思う?」
そして、私に質問が飛ぶのですか。
聖女の説得に来た筈が、完全犯罪の計画を立てる事になるなんて、人生何が起こるか分かりませんね。
「人知れず倉庫で圧死で大丈夫なのでは?」
「ふむ。資料を取りに行った体でか。それならいけそうだ」
「おふざけはそこまでにして下さい!」
意見が纏まった所で神官の一人が声を上げた。
「目の前でそんな事を話すなんて! 反省を促すにしても程があります!」
見ると、ブレール子爵令息は恐怖なのか目を回していました。
何も言わないのが不思議な気はしてましたが、これでは私達の話に口を挟めませんね。
こんな程度の話ぐらいで失神する繊細な神経で、よくもまあ王太子も巻き込んで詐欺ったものです。
プリプリしている神官の方に私は、
「では貴方はどうすれば良かったと仰いますの?」
「普通にブレール令息を出家した事にすれば、結婚も婚約も白紙扱いになります」
頭が一番良かったのは、どうやらこの方でした。
誰の手も汚さず、王家に極端な泥を塗る事もなく、神殿も手間は少なく。
素晴らしい案が降って湧いた事で何人かが喜んだ一方で、私はラーデン国の悲劇も元は聖女達に無理矢理こちらの手順や方式に合わさせた事だったと、ふと思い出しました。
私達のこの案も微妙に……
『お前らのやっている事は、おためごかしって言うんだ! 嫌がっているのがそんなに見えない目なら、見えなくなっても困らないよな!』
突如神殿中に響き渡ったのは、ドスのきいた聖女様の声でした。
そして、遅れて四方八方から悲鳴が聞こえてきました。
「……何か起きたようです。私は確認に向かうので、神殿長、フロスティア嬢を頼みます」
「ああ……」
何でしょう?
走って行くシルヴィスに対しては不安は感じません。
どちらかというと、既に終わってしまったような感覚が?
「ううう……」
開いた扉の向こうにいた神官が顔を押さえ、呻いておりました。
他の神官達が駆け寄っていきました。
「どうした?」
「目が! 何も見えません……」
その後部屋に飛び込んで来た複数の神官も、神殿内で目が見えなくなった神官が続出していると報告していました。
「どうなっている……?」
突然の異常事態に神官達も一様に不安そうにしておりますが……何が起きたのかなんて簡単な事ではないでしょうか?
「これは神罰でしょう。ラーデン国のように、聖女達の意に添わぬ事をしたと言う事ですね」
「そんな事はしていない! 私達はいつでも聖女様達の事を思って!」
「なら、どうしてリンカ様が嫌だと言っているのに婚約した事にしたのです? 婚約の書類を当たり前のように偽るクズ男なんて、リンカ様に限らず女性全員が嫌ですよ。貴方達はその底辺中の底辺をリンカ様に押しつけたのです」
家名最上主義の方達にはいちいち説明しないと分からないので面倒な事です。
息がくさいとか服が何日も変えるのを忘れているだとか、女性の前では挨拶代わりに下ネタを言う人がましに感じてしまう程に、家名を盾にして嘘をつくブレール子爵令息は最低辺男です。
この異常事態の対応に追われる事になった神殿は、聖女様達の説得どころではなくなりました。
私はフラーベル侯爵家に帰されましたが、混乱は数日経っても収まるどころか更に広がりを見せておりました。
「目が見えなくなったのは、リンカ様の婚約を後押ししたり協力していた方みたいね」
フラーベル侯爵夫人がお茶会で聞いてきた事を教えてくれました。
これで神罰だと引っ込めれば終わったのでしょうが、
「兎に角聖女様達を説得してくれ」
善意の方々は諦める事を知らず、私は再び呼び出されました。
そろそろ私は領地の奥に帰りたいのですが。




