17.【芋羊羹、主人公疑惑】
された神殿の奥、聖女様達が閉じこもった部屋の前でその声は聞こえました。
私は声の人物の服装を確認して、静かに案内の神官の方を振り返りました。
「……あちらでお茶でもいかがでしょうか?」
やんわりと別室に私を連れて行こうとします。
あそこで叫んでいるのは間違いなく副神殿長でしょう。
もしや、神殿の不祥事を隠蔽しようとの魂胆でしょうか?
「お願いします! 聖女様の奇跡の拳を私にもう一度……!」
『気持ち悪いんだよ!』
流石聖女様、惚れ惚れする程はっきり仰いましたね。
周囲の神官達はそこらの辺にいるような貴族令嬢より深窓育ちなのか、真っ青になっております。
「これは神殿の修行の一環でして……」
「全員殴られるのが修行で趣味という事ですか? 取り繕う言葉をお間違えになると悲惨な印象になりますよ」
聞こえた時点でもう危険な印象は拭えないのですけどね!
取り敢えず聖女様達の部屋の前は人が集まり過ぎており、神官は私を別の部屋に連れて行きました。
ちょっと格上の感じの客室です。
稀に貴族には風が吹いただけで倒れる方がおられますからね。そう言った方々の為の客室で、つまりは私には本来縁のない客室ですよ。
「せめてものお詫びとして芋羊羹をお茶菓子にお持ちしました……」
平身低頭で持ってこられるような事はされていないのですが、多大なショックを受けた様子の神官は、貴族令嬢の私も同様にショックを受けたと思ったのでしょう。肩書きだけ令嬢の私は何も動揺はしていないので、寧ろ神官に座って落ち着いて欲しい気がしました。
後、本当に流行っていたと私が知ると同時に、解禁とばかりにお茶菓子に現れる芋羊羹。
誰ですか、芋羊羹を作った転生者。だらっと生きている私が人の事は言える立場ではありませんが、やるべき事は他になかったの?
上の神官を呼んできますと案内の神官が退席し、しばらく芋羊羹をのんびり食べていると、扉をノックする音が聞こえました。
「はい?」
「私です。シルヴィスです」
あら、まだお伺いを立てていなかったのですが、誰かから私の来訪を聞いたのでしょうか。
私が許可を出すと、ちょっとだけやつれたシルヴィスが入ってきました。
「すみません。もめ事だけが長引いて連絡も付けられず」
「神殿内部で対立している事は存じ上げておりました。連絡が出来ないのでしょうと思っておりましたし、寧ろ連絡があるなら何か怪我をしたのかと心配しましたよ」
便りがない時は便りを送る程の事がない。要するに伝えるべき事がないと言う事ですよ。
私が前世同様能天気に笑うと、シルヴィスは申し訳なさそうな笑顔を浮かべました。
「……連絡がなかったと怒られると思いました」
「私の方も身を気遣う手紙くらい出せば良かったと今は思っております。こう、無闇矢鱈に盛りに盛って長文で厚さは経典並みに」
「いやいや、同じ王都ですよ!」
一転してシルヴィスは楽しそうに笑いました。
あー……もしかして、『仕事と私どっちが大事なの問題』をシルヴィスは心配していたのでしょうか。
前世でもよくありましたね。
まあ、私の場合は時々婚約者の存在を思い出す程度だったので、どちらかと言えばシルヴィスの方が私に「令嬢達とのお茶会と自分とどっちが大事なの」と聞くべき所かも知れません。
……あれ? 私はどっちが大事でしょう?
「差し入れに芋羊羹を持ってきました。皆様で食べて頂けたら」
答えが出ない自分を誤魔化すようにシルヴィスにバスケットを手渡します。
「良いのですか? 甘い物が好きな騎士も多いので、皆で頂きます!」
「喜んで頂けたら嬉しいです」
本当に嬉しそうなシルヴィスを見て、私は芋羊羹の価値を知りました。
まさか……ここに来て、芋羊羹が真のヒロインだったらどうしましょう?
イケメンが芋羊羹を手に「君とはもう離れない」、「君を独り占めしたい」、「君の味を知るのは、僕だけで良い」とか言い出したら……。
いや、普通に芋羊羹が好きなだけですね。
私も副神殿長の暴走に知らぬ内にショックを受けていたのかも知れません。
「それで、フロスティア嬢がリンカ様の事で呼び出されたと伺いましたが、本当なんでしょうか?」
「そうです。私が来た所で何とかなるものではないと思ったのですが、神殿の頼みを無下には出来ませんでしょう?」
「確かにそうですよね……」
シルヴィスも一番の解決策はリンカ様の婚約を解消か白紙にする事だと分かっているのでしょう。
ただ立場的には意見も言える訳ではないので、難しい所です。
「ラーデン国の事を考えれば、リンカ様の意志に従うべきだと誰も思わないのですか?」
「良縁と思い込んでいる方々には何も通じませんよ。……こう言っては何ですが、芋羊羹で買収出来る人は何とかしようと思っております」
ごめんなさい、意味が分かりません。
何やら私には到底理解の及ばない価値を秘めていた芋羊羹。
私ではない転生者は、一体どのような付加価値を芋羊羹に与えたというのでしょうか。
「失礼」
考え込んでいる私とシルヴィスがいる部屋に、突然ノックもなしに入ってくる者がおりました。
見た所普通に貴族のようですが……突然踏み込む程の緊急性がありそうな様子ではなく、ニヤニヤしながら、
「花の香りに誘われたのだが……まさか聖騎士が逢い引き中だったとはな。神殿の上層部に報告しよう」
どうやらこの人物は嗅覚に異常があって、芋の匂いを花の匂いと勘違いしたようですね。締め切った扉の向こうの匂いに気付ける鋭敏なものをお持ちなのに、そこはかとなく残念な異常の出方です。
早めに病院に行かれた方が良いでしょう。
「私と彼女は婚約中だ。それに許可は取っている。そちらこそノックもなしに無礼ではないのか?」
「……婚約者でしたか。それは失礼しました」
一応シルヴィスも手加減して睨み付けたのでしょうが、相手は目に見えて顔色を変えて後退りました。
どうやら多くの王都の男性は睨み付けられると怯える習性があるようです。繊細すぎてどうやって生き延びてきたのかと私には驚きです。
田舎では家畜も日常的にガンを付けてくるので、王都男性は絶対に移り住めませんね。
「それで、君は誰だ?」
「私はブレール子爵家の次男、ダルメール・ブレールだ」
おお、出会い頭に必殺技の家名を繰り出してきましたか。
教本でもあるのかと思う程に見事に家名を強調するなんて、流石家名は最高の口説き文句です。
ただ、ブレール子爵令息は自分の方が爵位が高いと思い込んでいる様子?
「私は聖騎士のシルヴィス・クライン。こちらは婚約者のアステリア伯爵令嬢だ」
「すみませんでした!」
直ぐさまブレール子爵令息は私達に頭を下げました。
シルヴィスの実家であるクライン侯爵家の方が必殺技でも格が上ですからね。
「それで、何用だ?」
「はい……リンカ様のご友人がいらしていると聞いたので、彼女達を説得して頂きたいと思いまして」
そんな理由で必殺技・家名なんて繰り出しますかね?
何か他の目的があったに違いないと私が睨むと、
「まあ……お近づきに一緒に芋羊羹を食べる事が出来たら良いなと思わなくもなくて……」
「何で!?」
何で、ここでも芋羊羹?
何で、芋羊羹が万能感を醸しているの!?
この世界に転生して十数年目にして、芋羊羹が転生チートしている恐ろしい事実を知ってしまいました。あまりのショックに、私は思わず体がふらつきました。
素早く支えてくれたシルヴィスは、
「婚約者がいる女性に芋羊羹なんて浮気を持ちかけるような誘いをしたら、ショックを受けるに決まっている。ブレール子爵家ではどのような教育をしているのだ。これは父に言ってブレール子爵家に抗議を出して貰う」
「本当に申し訳ありません!」
深窓の御令嬢ではないので、私はそんな事にはショックは受けていないのですが。
男性優位のこの世界だと、一周回ってむっちゃ女性が繊細だって思っている男性がちらほらいますね。
ただ……要所要所に挟み込まれる芋羊羹が私のメンタルをゴリゴリ削ってきます。浮気の道具にまでなるなんて、なんて恐ろしき漆黒の細長き甘味。
私はブレール子爵令息ににっこり笑い、
「ふふふ……リンカ様の婚約者を名乗っている割に、リンカ様の友人の私を芋羊羹に誘おうとするなんて、ブレール子爵令息は何と罪深い事でしょうね」
「え……あ……!」
ブレール子爵令息の立場で私に下心を持って声をかけるのは、かなり問題です。元のリンカ様への婚約は打算だろうと思っていましたが、打算以上に女性関係にだらしないとしたらもっと致命的です。
私もシルヴィスも、ブレール子爵令息にはただただ白い目を向けました。
「よりによって神殿で浮気をしようとしたこの男がリンカ様の婚約者だと?」
「落ち着いて。聖女の妹と婚約しておきながら他の女性に浮気を持ちかけたって訴えれば、リンカ様との婚約はさくっと白紙に出来ませんか?」
「ああ、確かにそれは良い考えですね。早速神殿長に訴えに行きましょう」
思わぬところで解決策がふって湧いてくるとは、私も思いませんでした。
シルヴィスも大変嬉しそうで、芋羊羹があって良かった?のかも知れません。
「お、お、お待ち下さい……!」
ブレール子爵令息が私達を焦って引き留めようとしますが、私もシルヴィスも実家の爵位は令息より高いのでさらっと無視出来ます。
ですが、ブレール子爵令息が開け放ったままだった入り口からもう1人入ってきました。
「おお、お待たせして申し訳ありません。アステリア伯爵令嬢、先日の芋羊羹はありがたく皆で頂きました。大変美味しい物で、私もお恥ずかしながら一気に三本頂いてしまいました」
後ろに神官長を従え、大神殿の神殿長が笑顔で私に話しかけてきました。
と言うか、またしても芋羊羹がインサート。先日なんて一体いつの芋羊羹の話か一瞬考えましたが、それってスルメと共に没収された? ……孤児院に行く物を横取りは感心しませんね。
「神殿長……」
「賄賂ではない差し入れの芋羊羹に浮かれてしまって」
私はどうやら、芋羊羹をもっとたくさん持ってくるべきだった。
深く考える事など放棄して、それだけを深く後悔しました。




