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嘘ばかりの貴方を愛すなんて誰が出来るの?  作者: 夏見颯一


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15.【婚約したってよ】


 今の私の気持ちを一言で言わせて貰うなら、「解せん」。

 何がどうなったのか、私は前世で言う所のスナチベ顔となっております。


「貴女らしいわね! 何なのよ、姉妹喧嘩しているのが印象に残ったって!」


 事の始まりは、繋がりのない家であるクライン侯爵家からアステリア伯爵家のタウンハウスに送られてきた手紙でした。

 現在アステリア伯爵家では当主交代の手続き中である為に、アステリア伯爵宛ての手紙は兄が開けるものか母が開けるものかで迷ったのですが、よく考えなくてもどっちでも同じだったと途中で気が付いた母が開封すると。

 私への婚約の申し出でした。


 母もフラーベル侯爵夫人も声を出して笑っています。

 貴婦人として大きな声で笑うものではないと普段私達に注意している2人が、です。それだけ今回の事が面白かったという事ですね。

 横を見るとこちらも笑いを抑えているのか、フラーベル侯爵が俯いて震えていました。

 母達の様子に苦笑いしているカテリーナだけが私の味方なのかも知れません。


「丁重にお断りして下さい」

「何言ってるの、侯爵家からなのよ! うちからはお断り出来ません」


 母が目を釣り上げて怒りました。横のフラーベル侯爵夫人も同意するように何度も頷いております。

 私の他に誰も反対の声もなく、これは決定と言う事でしょうか。

 思わず知らず私の口からはため息が出てきました。


 白紙になったとしてもソリウスの婚約者であった私に婚約を申し込むなんて、さぞかし物好きな人だろうと思って名前を見たら、『シルヴィス・クライン』としっかり知っている方の名前が書いてありました。

 リンカ様の後ろに立っていた時はまともそうな方でしたのに……。

 事が起こるまでは、案外人間の本性?というものは分かりませんね。


「それにしても姉妹喧嘩を見て婚約を決めたって他にある!?」


 再度母が大笑いする事に私は文句を言えません。

 あれは私にとって一世一代の恥です。

 ソリウスの事なんて何とも思っていない筈だったんですけどね……。なかなかソリウスが左遷されず、思っている以上に苛々が溜まっていたようです。

 咳払いをして姿勢を戻したフラーベル侯爵が、


「フロスティア。王家からまた変な婚約を持ち込まれても嫌だろう? ここは受けておきなさい」

「……ええええ」

「第二のヤイリス侯爵令息を紹介されたらフラーベル侯爵家も困る。婚約にしろ結婚にしろ、余っていると余り物を押しつけられるからな」


 余り物の自覚がある私も、本当に難のある余り物と結婚させられるのは嫌です。

 仕方ないと言えば仕方ないのですが、二度ある事は三度あると言いますから、私としては気が進みません。


「これでお茶会で『貴女の娘さんは婚約しておられないとか』なんて嫌みもなくなるわ!」


 母の心からの叫びに、私は反論しかけた口を閉ざすしかなく。

 最早なるようにしかならないと諦める事にしました。




 とは言え、婚約が決まった事は一般的に喜ばしい事です。

 その晩、伯父様達がお祝いの食事会をしてくれる事になりました。


 急な事だったので予定が入っていた兄夫婦と、外出許可がおりそうにないエウリシアは後日と言う事で、今回はフラーベル侯爵一家と私と母だけの食事会でした。

 父? まだ諦める事なく情だけでソリウスの再婚約を謎に提案してくる方は離れから出られる訳がありませんよ。


 その食事会の席で従兄が思い出したように、


「昼に妻の実家に顔を出した時に伺ったのですが、またリンカ様に婚約話が出ているそうですね」


 従兄の伴侶である夫人は妊娠中で、現在は体調が思わしくなく一旦実家に戻っているそうです。

 それを聞いたフラーベル侯爵夫人が渋い顔で、


「また? リンカ様の為にもそう言った申し出は控えるよう神殿から通達があった筈です」

「そうなんですが、王太子殿下がリンカ様の婚約者にならないかと自身が贔屓する有望な貴族子弟に声をかけていたらしいですよ。実に分かりやすい下心ですね」


 下心が何かを指しているかは分かりませんが、また誰かがリンカ様を利用しようと考えている事は私にも分かりました。

 正直、気分の悪い事です。


「従兄様、リンカ様は貴族が嫌いというか怖いのですよ。婚約なんてリンカ様が怯えるだけで無意味だと思うのですけど」

「王太子殿下はそう言った自分に都合の悪い話を聞かないからさ。今回の件も王太子妃の方に苦情が入っているらしい。誰にとっても迷惑な話だよ」


 フラーベル侯爵夫人が一息でワインを飲み干すと、


「今の所、私達の所には婚約したと言う話は届いていないわ。その婚約話って、所謂先に情報を流して外堀を埋めるタイプの噂ではないの?」

「どうでしょう? どちらかと言うとメイドなどの下級使用人に広まっている噂らしく、作為のある噂と言うより、何処からか漏れ出しただけの話だと思います」

「ふうん。随分使用人の管理が杜撰な家ね……明らかに碌な貴族じゃないでしょう」

「王太子に贔屓されている貴族ですから」


 従兄の言葉は凄く説得力があったようで、母もフラーベル侯爵一家も押し黙ってしまいました。

 王太子は思っていたよりも評判悪い?


「お兄様もお母様も、お祝いの席で崖っぷちな王太子の話は止めましょう。フロスティアはクライン侯爵家の事をあまり知らないでしょうし、上の二人のクライン侯爵子息方の話の方が相応しいと思いますわ」

「確かにあの二人は華やかだ。だが」


 そこで従兄の言葉は止まりました。

 逆接の接続詞で止められたら、続けたかった言葉が怖いのですけど!


 やはり、世の中にはまともな人はほとんどいないと言う事でしょう。

 私は今後とも注意深くあるよう努力をしていかないといけないかも知れません。



 そんな食事会から一週間後。


 リンカ様に婚約を申し込んだという貴族の噂が聞こえてきました。

 ただし、既に婚約しているとの噂も同時に流れてきました。


 王城や神殿で確認した伯父や従兄曰くただの噂だそうですが、ソリウスの時と同様に広がり方が問題です。

 フラーベル侯爵夫人と母はお茶会で話を集めて来ると言って、連日のように出かけていきます。



 一方の私はと言うと、二日前に晴れて婚約者となったシルヴィス・クライン侯爵令息に婚約者同士の交流の為に会いに行きました。

 と言っても、何やら色々不測の事態が重なって休みが取りづらいシルヴィスと会えるのは聖騎士としての職務の休憩中でした。この世界の労働環境は結構緩めで、婚約者と会うのであればと神殿側も私達に部屋を貸してくれた上に、お茶付きでした。


「リンカ様の婚約はどうなっているのでしょう? 巷では既に婚約したと言われております」


 元々顔見知りと言う事もあり、思わず単刀直入に尋ねたのですが、シルヴィスは気にした様子はなく、


「紛れもなくただの噂です。神殿はリンカ様の意志を重んじて婚約は拒否しております」

「本当に?」


 私はエウリシアから手に入れた、『寄付金募集のお知らせ』と大きく書かれた一枚の紙を差し出しました。

 シルヴィスは大きく目を見開き、紙と私の顔を交互に見ます。


「これは……どうされました?」

「淑女学校で神官の方が配っていたそうです」

「まさか、あり得ない……」


 呆然としながらも、シルヴィスは何度もチラシの文字を見返しました。

 これを神官から受け取れば、リンカ様の婚約は神殿公認と思っても仕方ないでしょう。

 チラシを送ってくれたエウリシアの機転は素晴らしいと思いました。お菓子を催促する手紙が入っていなければ。


「それで、神殿ではどうなっているのですか?」

「申し訳ない。これは私達も把握していませんでした。今朝も勝手な噂が流れているなと同僚と会話をした所でした……」

「既にあまり良くない状況です。神殿の外ではすっかり婚約成立だと言われております。早々に対処した方が良いと思います」


 今世間で何が噂されているか神殿の方が知らないのはよくある事ですが、リンカ様の事が大神殿で働いている者達、シルヴィスの耳に入っていない事はちょっとおかしいですね。

 神殿内部で情報操作でもされているんでしょうか?


「すまない。直ぐに確認させて貰う。えーと……」

「休憩の終了時間ですか? では、また後日、都合の良い日に」


 最初から短い時間だけと聞いていたので、伝える事も伝えた私は直ぐに部屋から出ようとすると、


「フロスティア嬢」

「はい?」


 呼び止められた私が振り返ると、シルヴィスは嬉しそうに、


「これだけはきちんと言わせて欲しい。婚約を受けてくれてありがとう」


 流れるような動作で私の手の甲にキスをすると、私の横をすり抜けシルヴィスは神殿の奥へ走っていきました。

 手には私の渡したチラシを持って。


 しばらく私は部屋の出入り口で立ち尽くしていました。


「…………え?」


 まだ前世の人生の方が長い分、前世が滲み出てしまう私は令嬢扱いされた事はほとんどありません。

 魔獣の威嚇にも、なまくら騎士の恫喝程度であれば一切震える事などない、どこぞの下町のおばちゃん扱いだった私に、手とは言えキスですか?


 私はシルヴィスの消えていった方向を向いたまま立ち尽くしました。

 顔は……赤かったかも知れません。



 私はその後フラーベル侯爵家に戻りシルヴィスからの連絡を待ったのですが、


「婚約は王太子が承認した」


 外出先から戻ってきたフラーベル侯爵が実に面倒臭そうに仰いました。

 カテリーナが崖っぷちな王太子と言ってましたが、これで崖下王太子になるのでしょうか。




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