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嘘ばかりの貴方を愛すなんて誰が出来るの?  作者: 夏見颯一


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14.【リンカは都合に振り回される(第三者視点)】


 リンカ付きの聖騎士であるシルヴィスは、実家のクライン侯爵家から呼び出されていた。


 出家している神官と違い、聖騎士の多くは信仰心があって所属が神殿と言うだけの騎士である。休暇を取った際の行動に神官のような制限はかけられておらず、街に出る事も実家に帰る事も本人の自由だった。

 リンカにとって数少ない信用出来る人間の一人であるシルヴィスであっても同様で、休暇で向かう場所を誰かに尋ねられる事もなく、普通に実家に戻っていた。


 シルヴィスはてっきり呼び出しの理由は『お茶会』の事だと思っていた。

 いつもと変わらず顰め面した父親のクライン侯爵に促されて椅子に座ると、シルヴィスの目の前に封を切られた手紙が置かれた。


「お前にリンカ様との婚約の打診があった」


 その言葉に、リンカを知るシルヴィスは眉を顰めた。


「リンカ様に貴族生活は不向きですよ。いくら私が神殿所属の聖騎士であるからと言っても、配偶者が貴族夫人の義務と無縁ではありません」

「分かっている。話は既に断った。だが、向こうはそれを理解出来ないようでな。お前の方にも直接言ってくると思ったから連絡したのだ」


 手紙を手に取り差出人の名前を確認すると、やはり神殿関係者の一人だった。

 身内とも言える相手だが、シルヴィスにとっては非常に厄介な相手であった。


「……この方は早くから神殿に入ったので、良くも悪くも神殿生活しかご存じない方です。大方、リンカ様の結婚相手が聖騎士なら、結婚後もリンカ様は変わらず神殿でお勤め出来ると考えたのでしょう」

「ついでに我が家をリンカ様の楯にして、自分達は利益だけを貪ろうというのだろう。これで善意のつもりだから浅ましい」


 かねてより神殿上層部が頭を抱える問題の一つが、世間から長期間隔離されて思考が非常に独善的となっている神官が増えている事だった。彼らは自分の行動が何よりも素晴らしく、唯一正しい物と信じているので、外の世界の人間と軋轢を起こす事は珍しい話ではなかった。


 無駄に悪意に晒されているリンカの立場を考えると、保護すると言う意味ではクライン侯爵家も名乗りを上げる事は構わなかった。

 だが、神殿の一部の者達のお為ごかしに利用される気はなかった。


「ふん。出家している割に、発想が聖女を利用したい貴族と同じとはな」

「ラーデン国の悲劇を都合良く忘れているのでしょう。この件は私から上に報告しておきます」


 亡国であるラーデン国は、各国で聖女が召喚(フロスティア達の言う転移)される際に必ず語られる国であった。

 神官なら必ず知っていなければならない国でもある。


 ラーデン国では召喚した聖女とその身内を大切にするどころか、自分達の都合の良い道具のように扱い、ついには聖女の身内を殺してしまったとされる。

 その際には聖女の身に何か起きた時と同様の異変が起きていたのだが、その異変さえも聖女の力不足と断じて、ついにはラーデン国は聖女をも殺した。


 伝承では、聖女の死の直後、ラーデン国には天から絶え間なく火の雨が降り注いだと言う。

 王侯貴族だけに留まらず平民も聖女達を蔑んでいたラーデン国は、人間の力では消す事の出来ない炎の海に飲まれ、滅びた。

 そのラーデン国が滅んでから、今はまだ百年も経っていない。


 僅かに他国に逃げ込み生き残った元ラーデン国の人間は、この国の神殿にも何人かいる。

 聖女達を虐げた者達の末路でもある彼らの姿は、リンカの婚約を打診してきた者達の目には自分達の未来の姿とは映らなかったのだろう。


「……前に他の聖騎士はうちより家格が下の者ばかりと言っていたな。ならば今回を穏便に終わらせたとしても、諦めずに次が来るな」

「この神官達の考えはどうあれ、リンカ様は実に繊細な方で、俗世の荒波に何処まで耐えきれるか分かりません。貴族に限らず誰と結婚してもリンカ様が外に出る事を神殿は認めないでしょう」

「そんな方なら結婚させず、ずっと神殿で過ごさせた方が良いではないか……」


 自分の善意を押しつける人間ほど質の悪いものはない。

 クライン侯爵は暢気な息子を睨み付けた。


「もういっそ、お前が誰かと婚約した方が早い。誰かいないのか?」


 そう言われたシルヴィスの脳裏にぱっと一人の令嬢が浮かんだ。

 先日、未婚の貴族令嬢にも関わらず外聞を一切放り投げ、派手な姉妹喧嘩を繰り広げていた令嬢の姿が、良くも悪くもシルヴィスの記憶に鮮烈に残っていた。

 白紙化したとは言え、ソリウスとか言う発想が奇妙な騎士の元婚約者と言う点が気になるが、普通の令嬢より精神がタフであるのは間違いなかった。これまでシルヴィスに騎士を止めるように言った令嬢達とは違って。


「誰かというのが誰でも良いと言う意味で仰っているならば、私はアステリア伯爵令嬢との婚約を望みます」


 女性については普段は消極的な息子が望むとまで言った事に、思わず知らず目を見張ったクライン侯爵は、息子の気が変わらない内に慌ててアステリア伯爵家に婚約の打診をする手紙を書き始めた。





 別の場所では解決策の見出せない問題に頭を抱える女性達がいた。

 専用のサロンに集まっていた高貴なる女性達は、いずれも身分に相応しく美しく整えられた身なりをしていたが、顔色は誰もが優れず、ドレスが皺になる程に掴んでいる者もいた。


「王太子はリンカ様も駒に見えるようです」


 その言葉に長年王太子に付き合ってきた王太子妃は、自分の思いは届かなかったと項垂れた。


 これまではたまたま上手くいっていただけなのだ。


 元から失言が多かったものの、王太子は発案した計画の割り振り、特に実行者の選択が絶妙であると称されていた。

 これについては相手が駒に見える王子だからこそ、能力と資産状況を鑑みて最適な人間を選ぶ事が出来たと言って良いだろう。実際、有形無形に大きな結果を出していたのだから、それは一見間違ってはいないように見えた。


 だが、王太子妃のように一歩引いた場所から見ると、王太子の成功は偶然が積み重なっただけで、たまたま上手くいっただけ、失敗しなかっただけだった。

 貴族には爵位があり歴史があり、人間なのだから当然関係性がある。それらを一切無視した王太子の言動は、一歩間違えれば取り返しのつかない貴族同士の軋轢を生みかねなかった。

 運良く気付いた文官や当事者の貴族が辛うじて手を打っていなければ、ほとんどの計画が大惨事となっていただろう。


 忖度の結果、成功だけを知っている王太子は、人間に感情がある事が未だ理解出来ていない。


 元ヤイリス侯爵令息とアステリア伯爵令嬢の婚約も王太子の采配だった。

 間に入ったフラーベル侯爵家の立ち回りが良かっただけ。当事者で被害者となったアステリア伯爵令嬢の機転がきいただけ。たまたま面白おかしい話になって、話を持ちかけた王太子の批判に直接は繋がらなかっただけ。


 とは言え、周囲が必死になって整えてきた王太子のメッキも、調子に乗って無茶な支持が増えた所為で確実に剥がれつつあった。


 そこだけは何故か王太子は薄々気が付いていて、最近はかなり焦った様子を見せるようになっていた。

 自分の評価を取り戻す事が出来るような、大きな評価を得られそうなものを常に探した結果、聖女の妹であるリンカの婚約の成功に固執し始めていた。


「神殿から、王太子の側近が許可を得ないまま何度もリンカ様に接触を試みようとしていたと訴えがあります」

「自分を支持する派閥の貴族に、リンカ様との婚約を持ちかけたと聞きています」


 王太子はラーデン国の話など、ただの昔話と考えているのだろう。

 王太子妃達は一様に重苦しい表情となり、その中でも外交官の夫に連れられ外国に行った事のある夫人は体を震わせていた。


 ラーデン国は滅んで数十年が経った今も、国全体が炎に包まれたままだった。

 今なお天は許さないと言わんばかりに炎の雨が一日に何度も降り注ぎ、あちこちで立ち上る火柱は国への出入りを拒絶している。最早国内の何処にも燃やす物など残っていないだろうに、激しく舞い続けている炎が何を燃やしているのか、誰にも分からない。

 ただ、隣国のラーデン国を見下ろす高台にいると、不意に風に乗って悲鳴が聞こえる事がある。


 物見遊山の軽い気持ちでその高台に立ち寄る事を決めた外交官の夫も、地獄の一部がそのまま現れたような光景に言葉を失った。帰り着くまで夫婦で恐怖に震えた事を夫人は思い出してしまったのだ。

 王太子の行動は、いつかラーデン国と同じ悲劇をもたらしかねない。


「この国にいてはリンカ様は王太子に利用されます。リンカ様の安全の為にも隣国の神殿に向かって頂きましょう」


 聖女と聖女の身内は召喚した国が保護するのが望ましいが、王太子妃は夫が愚行を犯す前に手を打つ事を決断した。

 だが、その決断を下すのが遅すぎた。



「では、当家でリンカ様を迎えましょう」


 王太子が持ちかけた方が早く、欲深い者程早く動き出すものだ。

 しかも王太子と仲良く出来るのはやはり同類と、王太子妃達が知るのはもう少し後の事である。





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