13.【姉妹の見る夢は違って当たり前】
『リンカ』は聖女のおまけである。
転移した世界で姉は聖女だと判断された。
その時点で、リンカはここでも変わる事のない『自分の価値』を悟ってしまった。
「……」
涙を堪える為に空を見上げる事を止めた今、祈りの間でリンカは教えて貰った作法通りに朝と晩、決まった時間に女神へ祈りを捧げている。
誰かに強要された訳でもなく、自らの意思で毎日祈りを捧げるリンカの姿は、神殿の者には見慣れた光景となっていた。
高位神官達はリンカの横で、普通の神官や一般の参拝客はリンカの後ろで、リンカの祈りを邪魔しないようにしながら共に静かに女神に祈っていた。
リンカの護衛として来ていた聖騎士達も、この時ばかりはそっと心の中で祈りを捧げていた。
「綺麗だな……」
祈りを捧げるリンカの姿は喩えようもなく神秘的でありながら、その周囲は誰よりも穏やかで優しい空気に包まれていた。
誰も拒絶しない、誰も否定しない祈りは、聖女として溢れんばかりの神聖力を持つ姉のカンナの祈りとは根本的に違う。
輝く太陽を避ける酷く傷付いた者達を月の如く穏やかに受け止め、優しく癒やす祈りに、リンカと共に祈る者はゆっくりと増え続けていた。
神殿はリンカの事を聖女のおまけなどとは思っていない。
自分達の都合の良い形で神聖力を持っていた姉を聖女と持て囃し、自分達の役に立たないからと勝手にリンカを弾き出したのは、あくまで貴族達だけだった。
いつの間にかリンカ達の更に後方で神殿長達が祈りを捧げている。
リンカの祈りを妨げないように、『聖女』の祈りを邪魔しないように。
もう一人の聖女は、まだ自分の価値を知らない、
通されたのは以前来たリンカ様の部屋でした。
そもそもスルメなどの匂いのきつい物は神殿内に食べ物であっても持ち込み禁止となっていたようで、早々に回収されてしまいました。
とは言っても併設の孤児院で食べて貰えるそうなので安心です。
「こんにちは。来て下さって嬉しいです」
当たり前ですが、リンカ様の笑い方は普通の女の子って感じです。
こう、正統派というか、何というか。
……もしかして、リンカ様はヒロイン?
聖女や転移なんて、創作物の定番物ですよね。
私も転生したと気付いた時にはちょっと……いえ、正直かなり主人公になった可能性を期待したのですけど、残念ながら生まれからして何ら面白い部分もなく、この年まで結局ダラダラと生活するだけでした。
それが聖女様達が転移してから婚約白紙化など立て続けにイベントらしき出来事が起こり、何だか一気にストーリーが進んだようにも思うのです。
これはもしや?
ただまあ、私が前世で楽しんだゲームや漫画で見たような地名も出来事も何もないので、私はどの道モブ確定ですね。
悪女もソリウスが私以上のポンコツだった所為で上手く定着しませんでしたし、私の転生は何だったのかと思わなくもありません。
本日はお誘いがあってのお茶会の形を取っていますけど、リンカ様に請われての勉強会というか、説明会です。
リンカ様にこの世界の常識を教えている神官達は、基本的にはいずれも出家した方々です。神官達も俗世から隔離されている分、どうしても世間の新しい出来事からは大きくズレやすいという悩みがあるとか。
私達は何がどうなってこうなったのか、少なくとも危険のない令嬢達と神殿からは判断されたらしいです。
良い事なんですよ! これを面倒だとか言ってはいけないのですよ! ズレている田舎令嬢を選ぶなとも言えないのですよ!
リンカ様自体は悪くないので、私は頑張ってここまで培った貴族令嬢スマイルを浮かべて対応します。
「私とそこまで仲良くもないのにアステリア伯爵令嬢様達に講師を頼むなんて、非常に失礼なのかも知れないと思ったんですけど……他の貴族の方はちょっと怖いので……」
「良いのですよ。その気持ちは分かります。私達も新しく来る家庭教師が威圧的な方か温厚な方か、実際に会ってみるまで分かりませんし、不安になって直前で断ってしまう事もよくある事です。微力ながら、私も講師を務めさせて頂きますわ」
吹けば飛ぶような微力である不安はありつつも、私は事前に神官達から頼まれていた通り、歴代の転移者、転生者の作った物品の話を始めました。
その隣でエウリシアが座ったまま眠ろうとしたので、テーブルの影に隠れて足を踏みました。
異世界の知識を元に作られた道具や料理は、思った以上にこの世界で広く出回っています。
前世の世界程、何かと便利で整っている訳ではありませんが、揃えればそれなりに快適に過ごせると思うのです。
「クーラーもあるのですか?」
「クーラーだけでなくヒーターもありますよ。ただ、クーラーもヒーターも適温にする発想がない人が大半なので、クーラーは冷蔵庫の冷却器扱いで設置され、ヒーターは乾燥室の乾燥機扱いを受ける事が多いですね」
この世界では人体の機能がほとんど解明されていないので、この世界の人間はなかなか寒暖差で体調を崩す事を理解出来ないみたいです。
特にこの国では極端に暑い日はないので、クーラーは必要ないのですよね。
真っ先にクーラーを聞いたリンカ様はやはり湿度の高い日本から来たのだと、私もしみじみ思いました。
実際の所は分かりませんが、転移者も転生者と同じく、元の世界では亡くなっているので二度と元の世界に帰れないと聞きます。
転移と転生に分かれる理由については今の所断定したとまでは行かないそうですが、そのままの姿で生まれ変わる理由がある者が転移となるなんて説が最有力とされています。
リンカ様と聖女様も、姉妹のままこちらの世界に来る事に意味があったのでしょうか。
それが少しだけ気になりました。
しばらくは同じ年頃の3人ですので、私とリンカ様の話にエウリシアも加わり、補足を加えたりしている内に、話は飛んだり跳ねたりし始め、お菓子やドレスなどの話題も楽しく話していたのですが、
「お二人は仲の良い姉妹で羨ましいです」
私とエウリシアが些細な事で言い争いを始めると、不意にリンカ様から出た言葉に私は首を傾げました。
私とエウリシアは結構激しく言い争っていた気がするのですが、リンカ様の目は何を……ではなく、もしかして、リンカ様と聖女様の間で何かあったのでしょうか?
あのお茶会でも、聖女様は未だにリンカ様に執着するソリウスへ怒りを見せておられました。私は割と姉妹仲が良いと印象を受けていたのですが。
「……お忙しい聖女様と喧嘩でもされました?」
「喧嘩だなんて……私ではお姉ちゃんとは喧嘩にならないもの」
そう言ったリンカ様はとても寂しそうな顔でした。
……腕力の話かしら?
確かに一朝一夕の訓練では聖女様との彼我の差は埋められないでしょうが、今後たゆまぬ努力をコツコツ続けていけば……。
「聖女として活躍するお姉ちゃんと、何も出来ない私。比べるまでもないから」
……口にしなくて良かったです。
リンカ様が聖女様にコンプレックスを持っている事は、私も何となく気が付いていました。
この世界はリンカ様に優しいとは言えません。
特にリンカ様が神聖力を持っていない事で酷く当たった上で聖女様に阿る貴族がいる事も聞き及んでいます。
そんな事をしたら、回り回って聖女様が不快に思われ排除されるでしょうに、所謂太鼓持ち気質の貴族の考えは分かりませんね。
「月並みな話ですが、お姉様と比べるものではありませんよ?」
「姉妹は別人なんだから、違っていて当たり前です」
私の言葉を妹が援護してくれました。
ただ、どうしても私達の言葉は無難なものと言うか、何処か薄っぺらくなってしまうんですよね。言葉とは難しい事です。
「……急に変な事を言ってごめんなさい。慰めて頂いて、ありがとうございます」
どうしたらリンカ様の心は晴れるのでしょうね?
取り敢えず、誤解されてはいけないので口には出来ませんが、人とは違う腕力を持って全体的に浮世離れした聖女様より、見た目も何もかも普通なリンカ様の方が好感が持てるのですけどね。
何の利益も生まない貴族から押しつけられた価値観で、リンカ様は悩む必要はないと思うのですよ。
私は先日のようにリンカ様の後ろに控えている聖騎士の方に目をやりました。
聖騎士の方は困ったように微笑まれるだけで、何も仰いませんでした。近しい人でもどうにもならないなら、私達には無理でしょうね。
落ち込んで黙っていたリンカ様が不意に、
「……ソリウス様はどうしていらっしゃいます?」
「ソリウスですか?」
左遷寸前です、と即答しかけた私は慌てて口を押さえ、もう一度聖騎士の方を見ました。何度も強く首を振るので、ソリウスの事はどうやら言わない方が良いようです。
ならば何とか誤魔化そうと私は考えを巡らせましたが、リンカ様が本当に聞きたかった事は私達の頭に浮かんだものとは異なっていました。
「ソリウス様って貴族だったんですよね」
「……そうです。伯爵家の……何番目の息子だったかしら?」
「やっぱり。婚約って言っても、結局ソリウス様も私を利用しようとしていたんですね」
深い深いため息をリンカ様はつきました。
「聖女の妹だから、ソリウス様も私と婚約したかったんですよね。私、聞いたんです」
誰からだよ?
私が聖騎士を睨み付けると、聖騎士はさっと目を逸らしました。その反応速度だけが速い事。
細かい手続きばかり気にしていた神殿は、普通にリンカ様に対する貴族の悪意への対策が十分ではなかったようです。
てんで手抜かりじゃないですかー。
心なしか聖騎士以外の方達もリンカ様の発言で顔色が悪くなっています。
「リンカ様……」
「私、やっぱりそんな価値しかないのですね……」
何よりもまず、諸悪の根源だったソリウスの左遷の方を優先するべきだったんですよ!
腹が立ってきた私の頭では上手い慰めの言葉が出て来ず困っていると、横にいたエウリシアが立ち上がりました。
「リンカ様、ソリウスなんて騎士もどきに悩む必要はありません。私達が妹だから何なんですか? 妹の横にいたら姉からの何かのおこぼれが来るなんて、それこそ騎士もどきらしい甚だしい見当違いです。良いですか、二人の姉妹であれば姉の恩恵を受けられるのは妹だけ。その横にちょーっと立ったからって何ですか? 私の姉は私だけの姉であり、姉の愛は妹だけのもの。余人の入る隙間なんてないのです」
前半分はそれなりに分からなくもないですが、後ろ半分はエウリシアの姉である私には納得出来ません。
「エウリシア、奇妙な持論は止めなさい」
「いいえ。これは妹の存在としての大事なお話なんです! お姉様は黙っていて下さい」
「貴女の発言だと私が貴女に搾取されている気がするの! 訂正して頂戴」
「搾取はしてません。これこそ、おこぼれですよ。姉が優秀なら「いいだろう、私の姉だ」と大きい顔をするのが何処が悪いんですか!? 妹の正当な権利ですよ!」
「貴女、普段そんな珍奇な事を考えていたの? だけど、私が優秀ではないって知っているでしょう! どこで大きい顔が出来るの?」
「私には「姉がいるんだ」って大きい顔をしているわ!」
「優秀がないじゃない! 貴女、遠回しに私を馬鹿にしてるでしょう!」
野放しソリウスの話は私にとってもセンシティブな話題です。
いつも以上に苛ついていた私と暴露に反省もないエウリシアが揃っては、最早喧嘩は避けられません。
リンカ様も私達の本気の喧嘩に呆気にとられ、聖騎士の方が困惑しつつも私達の間に仲裁に入ろうとしますが、私達は互いに譲れないものがあり止まれません。
最後は女性神官達が集団で現れて、私達を強引に連れ出し個別の部屋で説教となりました。
リンカ様にはそのまま帰る挨拶も出来ず、馬車で妹は淑女学校へ、私はフラーベル侯爵家へ送り届けられました。
そこでもまた神殿から話を聞いた母親に、懇々と説教をされてしまいました。後から来たフラーベル侯爵夫人にも。
「エウリシアだけ怒られないから狡いです」
「あの子は淑女学校の神官にもっと怒られているわよ。そういう場所でしょう」
これは……エウリシアにわざわざ来て貰わなければ良かったと、頼んだ私は深く反省しました。
エウリシアが外出止められたら、どうしましょうね? 詫びのお菓子をいくつか買っておきましょうか。
その晩。私がリンカ様への謝罪の手紙を書き終える前に、リンカ様の方から手紙が届きました。
『また話を聞いて下さい』
怒っていないのなら安心とは言え……リンカ様の問題は私には荷が重いと今後の誘いに頭を悩ませました。




