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02

「これはこれはシリウス様。参加は久しぶりでございますね」

「あの令嬢はいるか」

「はい。いつもバルコニーに出てから会場に向かっているようです」

「そうか。礼を言う」

「これくらいお安い御用でございます」


 主催者への挨拶を済ませバルコニーに向かう。


 いつも真っ黒の装いだ。目立ちたくないから。

 顔と肩書きが目立つため、服装くらいは地味でいたかった。


 だが今日は違う。

 いつもより参加者達の目がこちらに向いている。


 生地は変わらず黒だが、家の紋章を入れている。紋章も黒だからほぼ見えないのだが、近付けば分かるくらいにはなっている。刺繍や留め具などは金にした。あえて豪勢に作らせた。歩く度に装飾が動く。


 髪型も前髪をかきあげるスタイルにした。

 真っ赤な瞳もよく見えている。


「えっ。シリウス様!?」

「いつも以上に麗しいお姿……!」

「かっこいい……」

「最近お姿を見せていなかったのにどうしたのかしら」

「ま、眩しすぎて近付けない……」


 瞬く間に周りがざわざわするが、シリウスの耳には入っていなかった。これから行おうとしていることだけに集中しているからだ。決して失敗できない。


 バルコニーに着くとモニカがいた。

 空を眺めているようだった。


 三年経ち、背丈が少し伸びた気がする。

 月日の経過を思い知らされた。


 彼女はこちらに向かって歩いてくる。


 途中でシリウスの存在に気付いたらしい。

 一瞬だけ目を見開いたが、すぐに姿勢を正し近付いてくる。


 目の前で止まり、ドレスの裾を持ち上げる。


「シリウス様。ご機嫌麗しゅうございます」

「……楽にしろ」

「はい」


 久方ぶりであるのに彼女は堂々としていた。


 亜麻色の髪は肩を大幅に超えるくらい伸びており、綺麗に編み込み結っていた。顔立ちは少女から女性に変化し、大人びて見える。大きな瞳はこちらを見つめ、微笑んでいた。その笑みだけは昔から変わらない。人懐こい、好感を与える表情だ。


 今日は淡い橙色のドレスを着用していた。以前は少女らしい、丈が少し短いものを着用していたが、今は足全てを隠し、大人としての品を纏っている。所作もよどみがなく、慣れた様子だった。


 成長した。努力したのだろう。

 喜ばしいことだろうに、シリウスは渋い顔になる。


 本当に、なぜ令嬢の道を選んだのか。

 彼女の行くべき道は別にあったのではないか。


 そんなことを考えてしまう。


 だが長居するつもりはない。

 とっとと目的を果たすだけだ。


「単刀直入に聞く」

「なんでしょうか」

「俺のことが好きか」


 モニカは目をまん丸にした。


 そう聞かれるとは思わなかったのだろう。

 返答次第でシリウスは行動を変えるつもりだった。


 すると彼女はふふっ、と小さく笑う。

 ただ、自然とこぼれてしまったように。


「お慕いしております」


(……なぜ、嬉しそうな顔をするんだ)


 何も与えていないのに。

 何も与えるつもりがないのに。


 遠ざけていることくらい、気付いているだろうに。


 この笑みを二度と見ることはないかもしれない。

 それでもいい。彼女の幸せな道を思うなら。


 シリウスは近付きモニカの肩に手を置いた。

 そのまま彼女に口付ける。


「……!?」


 モニカの体が強張った。


 一瞬にするつもりはなかった。口付けされていることを意識させるため、たっぷり十秒くらいはそのままでいた。その間、モニカは抵抗しなかった。逃げることもなかった。しばらくしてから唇を離す。


 後は彼女次第だ。


 絶望か、怒りか、悲しみか。

 どの感情をぶつけられても受け入れるつもりだ。


 それだけのことをした自覚もある。


 シリウスは最初、モニカの顔を見られなかった。

 だがそれは逃げになる。大人としても格好が悪い。


 だから真っ直ぐ目を合わせた。

 すると彼女は。


 真っ赤な顔をして固まっていた。


「「…………」」


 互いに無言になる。

 シリウスは混乱した。


(……なぜ、そんな顔になるんだ?)


 相手から同意を得ていない行為は、心を傷つけることと一緒だ。てっきり怒られるか嫌な顔をされると思ったのに。それか相手がシリウスだからと、我慢してその場をやり過ごすかもしれないとすら思った。のに、これだ。


 モニカの反応は完全に予想が外れた。


 彼女はただ、人としての愛情を与えようとしてくれた。そこに男女の愛はない。そう思い込んでいただけに、もしやそういう意味の好意も含まれていたのかと、シリウスはその時知った。が、ここで後戻りはできない。


 シリウスは勢いに任せることにした。

 彼女を持ち上げる。


「へっ!?」


 モニカは慌ててバランスが崩れないよう、シリウスの首に手を回す。シリウスは無言で歩き出した。モニカはしきりに「あ、あの」と口にするが全て無視した。


 会場にそのまま入る。


 大勢の参加者がいたこともあり、一斉に目線がやってくる。シリウスが久しぶりに参加しただけではない、モニカを持ち上げたままの状態だからだ。


 シリウスは人々に向けて声を発した。


「シリウス・イーデンは、モニカ・グラディアンと婚約する」

「…………え!?」


 驚いた声を出したのはモニカだ。

 一瞬会場が静まり返ったが、すぐに騒然となった。


「シリウス様が……婚約!?」

「いやぁ! 私達だけのシリウス様だと思ったのに!」

「俺、密かにモニカ様狙っていたのに……」

「諦めろよ。モニカ様、誰に言い寄られても断ってただろ? それにしてもシリウス様かぁ。そういえば知り合いだったみたいな話あったな」

「遂に公爵様もご結婚か。そろそろいい年齢だと思っていた」

「相手はモニカ様? 身分的に差があるような……いやでも、兄上であるロイ様だって侯爵家のアイリス様とご結婚されたものね。あまり関係ないかしら」

「モニカ様に癒されたんだろうなぁ。あの笑顔はいつも元気をくれる」

「意外な組み合わせだけど、相性がいいかもしれないわね」


 否定的な意見よりも惜しむ声や賞賛の声が上がっている。

 モニカが築いた三年のおかげかもしれない。


 シリウスはモニカを下ろした。


「あ、あの」


 恐る恐る聞かれるが無視をする。

 シリウスはモニカの顎を持ち上げてまた口付けた。


 すると一斉に音が飛び交う。

 それは悲鳴か叫びか拍手か口笛か。


 音が大きすぎてよく分からなかった。







 数日後。


「ご婚約ですね。モニカをよろしくお願いします」

「…………」


 シリウスはグラディアン子爵家に来ていた。


 当主でモニカの兄であるロイ・グラディアンは、バルウィンの護衛騎士だ。仕事上顔を合わせることはあるが、極力話すことはなかった。それはモニカの兄であるから、というのもあるし、過去に色々因縁もある。だが彼は比較的温厚な人物で、シリウスのことをあまり気にしていない様子だった。


 さすがに妹のことになると顔色を変えるだろう。三年も待たせた挙句、婚約の話を勝手に進めるなど、絶対に許さないだろうと思っていた。 


 のに。あっさり承諾する。

 彼は妹に似た顔でにこっと微笑む。


「正直もっとかかると思いました。ようやく決断されて安堵しています」

「…………。反対しないのか」

「兄として妹の幸せを願うだけです。それに、イーデン公爵が決断されたことなら、軽い気持ちではないと思っています」


 思わず言葉を詰まらせてしまう。


 確かに生半可な気持ちで決断はしていないが。

 絶対にロイから否定されるだろうと思っていたのに。


 モニカと同様、予想外のことしか起こっていない。


 どちらかに拒否され、二度と顔も見たくない、という流れになれば、勝手に縁が切れると思っていた。のにまさか、受け入れるだなんて。ちなみに両親からもOKをもらっているようだ。モニカがずっとシリウスのことを想っていただけに、嬉しいとすら言ったらしい。


 シリウスの両親はすでに他界している。

 これ以上婚約の話を遮る障害はないということになる。


「モニカを呼んできましょうか」


 ロイの本音が聞きたかったため、モニカには席を外してもらっていた。あの日以来、会っていない。話してもいないし顔も合わせていない。


 彼女はどう思っているんだろうか。


「モニカは会いたがっていました。別室に案内しますね」


 何も言わないからかロイが気を利かせてくれた。

 できる大人というのは彼のことを言うのだろう。

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