01
以前の作品を書き直しました。
少しでも楽しんでいただけると幸いです。
「それで?」
「なんだ」
「あれからモニカ嬢とはどうなの?」
「…………」
この国の第一王子であるバルウィン・シュダルクがにやにやしている。金色の柔らかい髪に亜麻色の大きな瞳。人懐こい柔らかい笑みを浮かべる彼は国民の前では品行方正で通っているが、見知った相手に対してのみ仕掛けてくることがある。
シリウス・イーデンはあからさまに嫌な顔をした。
「どうもしない」
「またまたー。そんなこと言って本当は好きなんでしょう?」
「三年前から言っていることが変わらないぞ」
「変わらないよ。君のモニカ嬢への気持ちが変わらないように」
「急に来ておいて何の話だ」
シリウスはイーデン公爵家の当主で、王族であるバルウィンとは会議などで一緒になることが多い。互いに気を遣い過ぎない間柄で話すのは楽だが、彼の人をからかう趣味には毎回呆れていた。特にモニカの存在を知られてからというもの、何かと名前を出してくる。
「昔、路地裏で会ったことがあるだけの平民だ。過去の話だ」
「そんな彼女に『俺に会いたかったら貴族になれ』と言ったのはシリウスじゃない」
「違う。『社交界の花になれ』と言ったんだ」
「意味としては合ってるよね?」
(ああ言えばこう言う……)
段々シリウスは苛立ってくる。
それはまた会いたいと言ってきた彼女に諦めてもらうために口にしただけだ。あの時は素性を明かしていなかった。身分的にもう会うことはないだろうと思ったから言えたのだ。
結局彼女は貴族令嬢になった。彼女の兄が騎士で、国王から任された仕事を見事成し遂げたからこそ爵位を与えられた。家族が爵位を受け取るかは本人の意志になる。モニカは子爵令嬢になることを選んだ。
「モニカ嬢も健気だよねぇ。毎回のように社交界に顔を出しては、貴族達と交流を重ねているようだよ。知ってる? 彼女は今『社交界の蝶』って呼ばれている」
貴族の噂というのは嫌でも耳に入って来る。
モニカの二つ名くらい知っていた。
「一か所に留まらず色んな場所に行ってはたくさんの人と話す姿が、優雅に舞う蝶のように見えた、っていうのが由来だって。付けた人はセンスがある。『花』は動かないからね。『蝶』は飛ぶことで美しさや優雅さを表現する。愛嬌があっていつも笑顔を向けてくれるから、誰もがいつの間にか心を開いてしまう」
社交界に出ることで友人を増やし、名前も存在も知れ渡れ、今では友人の事業の手伝いなども行っているようだ。令嬢になりたての頃は、血筋にうるさい貴族達が彼女に攻撃していた。が、三年も経つと評判が百八十度変わった。
「そういえばシリウス。最近社交界に顔を出してないでしょう」
試すような言い方をされた。
モニカが社交界に出るようになってから一度も出ていない。それはモニカを避けているわけだが、それを指摘したいのか。シリウスはなんでもない顔をした。
「別の仕事が忙しい」
「今の貴族界がどうなっているのか確認するのも仕事でしょう? 王子命令って言ったら出てくれるの?」
「…………」
どうしたって彼の方が権力がある。
もし命令されたら断れない。
「なんて、強制は僕も嫌だけどね」
さらりと逃げ道を作ってくれる。
暴君じゃなかったことは救いかもしれない。
「でも本当に社交界には顔を出した方がいいよ。最近のモニカ嬢は見合いの話が絶えないらしいしね。全部断っているようだけど」
「……断っている?」
「驚くところ? モニカ嬢は君のことが好きなのに」
「……三年だぞ。俺はあの日以来、彼女に会ったり話したりしていない。俺のことなどもう好きじゃないだろう」
するとバルウィンは顔をしかめる。
やれやれとでも言いたげに溜息をついた。
「なんだ」
思わず苛立ってしまう。
「貴族になったのはシリウスのためだよ? それも君を幸せにするために」
「……そんなこと、誰から聞いた」
「本人から。僕は王族だからね。貴族令嬢一人と話すことなど造作もないよ」
「職権乱用じゃないのか」
思わずツッコむが、まぁまぁと宥められる。
「シリウスのことをどう思っているのか、じっくり聞いてみたかったんだ。どれくらい本気なのかをね」
「あいつは答えたのか」
「案外あっさり答えてくれたよ。笑顔で」
舌打ちをしてしまう。
彼女はそういう人だ。
「君を幸せにするために、貴族令嬢として功績を残すって言ってた。その気持ちで今励んでいるんだよ。彼女の努力は実り、評判も上々。今は目の前のことを頑張りたいから、見合いの話も断っているんだろうね」
「……結婚適齢期だろう」
彼女は今十九だ。
令嬢の中にはその年齢より前に見合い話を進める人が多い。
将来を考えて早めに動いた方がいいというのに。
「だって彼女の願いは君の幸せだからね。ただ君の役に立ちたいって言ってたよ。シリウスは仕事ができる人を重宝するでしょう? 彼女はいい人材だよ。きっと素晴らしい功績を上げてくれるだろう」
「俺を喜ばせるために?」
皮肉混じりに言ってしまう。
「そうだね」
バルウィンはあっさり頷いた。
(虫唾が走る)
三年前、彼女が貴族になってから話したことがある。令嬢になりてただからか、まだ動きはぎこちないものの、正しい教養を身に着け、堂々としていた。皮肉を言っても彼女は微笑んで、今バルウィンが口にしたようなことを言ってきた。一途だから、とまで添えて。馬鹿馬鹿しい。
こちらはそんなこと望んだことなど一度もない。彼女の言動を見るに、人としての愛情を与えようとしてくれたのだろう。
偶然路地裏で出会って一か月ほど話をしただけの関係だったが、人としての情は多少湧いた。正直に言うと彼女と話すのは楽しかった。身分抜きで、人として接してくれる彼女との時間は心地よかった。
と同時に、もう会うべき間柄ではないと思った。純粋に、彼女の幸せを願った。自分のことなど忘れて、ただ自分の幸せを掴んでほしい。そう思った。
それなのに。
見返りも求めずにただ与えたいだなんて。
どれほど傲慢なのだろうか。
(いい加減にしろ)
シリウスは心の中で怒鳴りつけたくなる。
離れたら引くだろうと三年待った。
だが彼女は引くどころかシリウスのために行動する。
シリウス自身はそれを迷惑に思っている。ただ彼女の幸せだけを願っているのだ。会わなければ、関わらなければいつか折れるだろうと思っていたのに。彼女はますます令嬢としての役割をこなしていく。
それがシリウスには耐えがたくなってきた。
(俺が、何も行動してこなかったばかりに)
腹を括る時が来たのかもしれない。
「――バルウィン」
「うん?」
「俺は着飾ったらそれなりになるか」
急な問いにも関わらず彼は動じなかった。
腕を組んで、目を細める。
「……艶やかな黒髪に真っ赤なルビーの瞳。真っ白な肌にしなやかな肢体。『美しい』ってよく表現されているよね。そんな君がとびきり素敵な装いでいれば、誰もが目を追ってしまうと思うよ」
「そうか。なら次の社交界には顔を出す」
「それは楽しみだね」
シリウスの思惑を知ってか知らずか、主人はにこやかに笑う。
対してシリウスは、冷たい表情になっていた。




