アリア
「剝き終わったのここに置いておきます」
「ありがとう。じゃあ、あとは私がやるからゆっくりしてて」
「はい」
翌日、レオンはユーリの手伝いをしていた。今は夕飯の野菜の皮むきを終えたところだ。
今日は、朝から洗濯や掃除の手伝いをして、それ以外の時間で屋敷のことやヴィクトルの仕える貴族について教えてもらっていた。
ヴィクトルが仕えているのは、カローラル侯爵家。北方に位置する土地を治めるカローラル家は、国の領土の外側である魔境からあふれ出てくる魔物から国を守っているのだそうだ。
村長だった父さんは、たまに貴族の人と話していたが、その人よりもはるかに偉い。それでもって、ヴィクトルはカローラル家騎士団の副団長をやっている。
とんでもない人に弟子にしてもらったものだ。
忙しいのではと思ったが、ヴィクトルに聞いたら、
「暇」
と返ってきたので、案外そうでもないのかもしれないが。
「……ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「おかえりなさい」
夕飯の良い匂いが漂ってきたころ、くたびれた様子のヴィクトルが帰ってきた。おぼつかない足取りで上着をラックにかけると、そのままソファーに倒れこんだ。
「何かあったんですか?」
ヴィクトルを避けるために立ち上がったレオンの目が、ヴィクトルの疲れ切った顔を捉える。レオンの眉は下がり、声を沈ませた。
自分のあれこれで屋敷に向かうと言っていたので、何か自分のことで問題があったのではないかと思っての行動だったが、
「飯」
「はい?」
「おなか、すいた」
盛大に腹の音が鳴るとともに、ソファに顔を埋めたヴィクトルがそう言うと、
「できたわよ」
ユーリがテーブルに料理を運んできていた。
パンと肉とスープ。ユーリ曰く簡素なものだそうだが、レオンにとってはご馳走だった。
「話は食べた後にしましょ」
食べ終わった後、ヴィクトルは穏やかな顔をしていた。
「明日、俺と一緒に屋敷に行くぞ」
満足気な表情のヴィクトルが言った。予定より随分と早い。一週間くらいかかると言っていたのが一日である。
とはいえ、早くなる分には申し分ない。
強くなって、今度こそ守れるように。
「はい!どんな訓練でもやり切って見せます!」
「いや、訓練はしない」
「はい!……はい?」
レオンは目を細めて、急に渋顔になったヴィクトルを見る。
もしかすると、本人が行かなければいけなかったのだろうか。もしそうなら早とちりしてしまった……
「明日、アリア様と会ってもらう。一応言っとくと、カローラル家のお嬢様な」
「――え?」
「もう俺は考えないことにしたんだ。あとは頑張れ」
「え、どういう……?」
「よし!明日の服買いに行くぞ!」
結局、何も説明してくれなかった。
♦♦♦
――数時間前。
ヴィクトルは任務の報告の後、先ほどガント――カローラル家騎士団の団長が立っていた場所で突っ立っていた。
「別にここにいる必要なくね」
口から零れた不満は、先ほど少し席を離すからと代わりにここにいるよう命令してきた団長に向けてのものだ。
扉の先にいる少女――アリアの護衛という任務は、非常につまらないと言うほかない。ほとんど外に出ない少女の護衛のために、一日中ここで立ったままで過ごすのだ。狂気の沙汰である。
アリアもアリアだ。せめて町に抜け出すくらいのお転婆であればこんなことにならないのだが、あの時以来、まったく外に出ることをしなくなった。
――まあ、分からないでもないが。
「ねぇ」
頭の中で団長への呪詛を唱えていると、後ろの扉が開いた。そこから出てきたのは、白みがかった銀髪を腰あたりまで伸ばし、瞳と同じ透き通るような青いドレスを身に纏った少女。
扉から半身を出してこちらを見上げる少女は、返事を待っている。
「トイレでも行くので?まあ、外まではついていきますよ。団長もいることですし」
「そうじゃなくて、さっき話してた子のこと。もっと教えて」
「さっき?もしかして聞いてたんですか?」
「う、ごめんなさい。わざとじゃないの」
扉越しの会話を聞いたことをわざとじゃないは無理があると思う。まあ、聞かれて困ることは話していないつもりだが。
「次から気を付けてくださいね。にしても、さっきの子って?弟子のことですか?」
「そう。ヴィクトルが弟子を連れてきたって聞いて。気になって……」
「はあ、まあいいですけど。任務で寄った村で俺に連れていけって言ってきたんですよ。確か、ちょうどアリア様と同い年だったかな」
「なんでヴィクトルについていきたいって言ったの?」
「えっと――」
なにがそこまでアリアの気を引いたのだろうか。その問いに答えるには、レオンの家族のことを伝えなければならないが、さすがにそれを自分の口から言うのは違う気がする。
でも、ここまで何かに興味をもったアリアもまた、一年ぶりだろうか。
気になる。
「すみません。さすがにこれ以上俺の口からは――」
危ない危ない。昨日おとなしくしようと決めたばかりなのだ。
「分かった。なら、ヴィクトルがたまに町の外に出てることガントに言うから」
「――な、何を言って……」
「知ってるんだから。メイドのみんなが言ってた。町中で空を歩く人が話題になってるって」
「――え」
そういえば、何回か騒ぎになってたってユーリが言ってたような。
――まずい。
「アリア様、そこをなんとか」
普段前線でこもりっきりの団長はそれを知らないはず。ここにいる間も、アリアの護衛で屋敷から出ていないはずだ。
「じゃあ、教えて」
「いや――」
「私が無理やり聞いたってことにしていいから」
していいから、ではなく実際そうなのだが。
「……」
ヴィクトルは話した。
「私、レオンと話してみたい」
「いやですね、まだ礼儀とかも知らないやつでして」
「ヴィクトルがそれ言う?それに、私そんなの気にしない。もし、連れてきてくれたら、護衛をヴィクトルだけじゃなくて、他の人も交代にしてってお父様に言ってみる。そしたら、ずっとここにいなくてもよくなるよ?」
アリアの力を考えれば、これでも足りないぐらいなのだ。自分が護衛から外れることは難しいだろう。
――でも、気になる。見てみたい。
アリアが望むのならば、別にいいではないか。
――よし。
「明日の朝、レオンを連れてきます。そんで扉の外で俺が待機してます。それでどうですか」
「うん、ありがとうヴィクトル」
そう言うと、アリアは部屋へと戻っていった。
果たしてどうなるのだろうか。少し、楽しみになってきた。
それにしても、アリアが変化を見せたのは、俺がお転婆がいいと願ったからだろうか。
「おい」
「――あ」
再び廊下の方に振り向くと、団長がいた。
声も表情も先ほどと同じだ。決して怒ってなどいない。
普段から団長は怒っているみたいに聞こえるんだ、今回もきっとそうに違いない。
「先ほど小耳にはさんだのだが、空を飛ぶ人影とはお前のことか」
「そんなわけないじゃないですか。やだなぁ」
「ふっ、そうか。騎士団の制服を着ていたとの証言もあったそうだが?」
「大変申し訳ございませんでした!」
床に額をつける。
「正座だ」
「はい?」
「そこで正座だ。夕暮れまで」
「え、あの、今午前――」
「何か言ったか」
「なんでもございません!」
その後、死に体となったヴィクトルは何とか家にたどり着いたのだった。




