到着
「俺を、連れて行ってください」
騎士の男は驚いた顔をして言った。
「騎士になりたいってことか?なら、俺に言っても無理だぞ」
「俺は、あなたのように強くなりたいんです。迷いなく進める強さが欲しいんです」
「俺みたいに強くなるなら、それこそ血反吐を吐くくらい訓練しないと無理だぞ。それでもいいのか?」
「はい!むしろお願いします」
レオンの黒い瞳を、騎士の男はしばらく見つめた。
「……分かった。騎士見習いとしてなら、連れて行ってやる」
「ありがとうございます!」
レオンは騎士の男に一礼して、家族の元に戻った。
家の中の二人を外に運んで、家族四人最後の空間を過ごした。思い出の詰まった家とも、おそらくこれが最後だ。
「ありがとう」
最後の言葉は、感謝を伝えた。
感謝も、謝罪も、まだまだ足りない。
でも、最後は感謝で終わりたかった。
謝罪は、次会った時だ。
村で焼かれるみんなを見ながら、レオンはそう思った。
♦♦♦
「ここが俺の家だ」
騎士の男――ヴィクトルに連れられて、村を出てから一週間。レオンの住んでいたカローラル領の中心らしい都市の中、大きな家の前に立っていた。
村とは違って周りを壁に囲まれた都市の中心。藁ぶきの屋根ではなく、しっかりとした木製の屋根、二階建ての造り。
目新しいものしかない光景に、レオンは目を見開いていた。
「色々手続きが終わるまで、ここで過ごしてくれ」
「あ、はい。何から何までありがとうございます」
「別にいいぞ。俺としてもちょうどよかったからな」
そう言い残して家に入るヴィクトルを追いかける。
「あら、おかえりなさい。その子がそうなの?」
「ああ、しばらく家で暮らしてもらうことになった」
「よろしくお願いします」
入った先には茶色の長髪を後ろでまとめた女性がいた。道中でヴィクトルに教えてもらった、ヴィクトルの奥さんのユーリだ。
レオンが一礼すると、ユーリが柔和な笑みを浮かべて、
「よろしくね、レオン」
と迎え入れてくれた。
「手伝えることがあったら何でも言ってください。大体のことはできると思います」
「そう?じゃあ明日から色々お願いするわね。でも、今日の所はゆっくり休んで。もうすぐ夕飯もできるから」
「はい」
ユーリの気遣いはとてもありがたかった。手伝うと息巻いたはいいが、村での出来事から道中で慣れない環境が続いたので、疲労はピークに達している。
その日、レオンは夕飯を食べた後、泥のように眠った。
♦♦♦
レオンが寝た後、ヴィクトルとユーリは一階の広間で顔を向けあっていた。
今日、ユーリがレオンに疑問を持たなかったのは事前に手紙を出していたからだ。とはいえ、細かいことは伝えていなかった。手紙が届いてから一日か、多くても二日程度という急なことにもかかわらず、何も言わず受け入れてくれたユーリへの感謝でいっぱいだ。
「レオンのことなんだが、家にいる間に礼儀だったりを教えてほしい。そこら辺はまだ慣れてないだろうから」
「ええ、構わないわ。でも、手紙には新しく弟子にするって書いてあったけど、一体どういう風の吹き回し?今までそんな素振りもなかったのに」
そう言って、ユーリはカップに口をつける。
その問いは、ヴィクトルとしても聞かれると思っていた。
今まで散々弟子は取らないと言ってきた自分が、いきなり弟子にすると連れてきたのは農民の子供。しかも、騎士になるための教育を施すには少々遅い年齢ときた。ユーリは表情にこそ出さないが、疑問は当然と言えるだろう。
「言われ続けるのも嫌だったんだよ。団長なんて会うたびに言ってきやがるし」
「あなたはそんなこと気にしないでしょう?」
さすがに惚れた相手だけあって、この程度では誤魔化されてくれない。というか、今までの行動からして当然かもしれないが。
「嘘じゃないさ。まあでも、一番大きいのは罪滅ぼしだな」
男としては、惚れた相手にはかっこいい所だけを見せたいものだ。できるなら言いたくはなかったが、ユーリの新緑の双眸は逃がさないとばかりにこちらを見ている。
普段なら心が引き込まれる瞳も、今日ばかりはそうはいかない。
「最近あそこら一帯で賊が出てるって報告が来て、だいぶ大きめだっていうもんだから俺が行ったんだ。でもまあ、色々あって盛大に失敗してな。その逃げ残りがレオンの村を襲ったってわけだ」
「それだけじゃないでしょ。それだけなら騎士見習いどころか、面倒だからって他の誰かに任せるでしょ」
「……ああ」
少し棘のあるユーリの言葉に、日頃の行動を改めようと思わされるヴィクトルだったが、一旦それは端においておくとして、
「確かにそうなんだけどな。俺に頼み込んできたときの目が、飢えてたんだ」
「飢え?」
「ああ。強くなりたいって言ったあいつの目には、たしかに飢えが混じってた。他の何よりも、成し遂げたい何かへの飢えが。だから、放っておけなかったのかもしれない」
あの時感じたのは、レオンすら燃やしかねないような炎の意志。
あれを見て、そのまま燃え尽きてしまうのなら、その過程を見てみたいと思った好奇心が抑えきれなかった。
「あと――」
もう一つ、理由があった。
今任されている、雇い主――カローラル家当主の令嬢、アリア・カローラルの護衛。
ここ一年ほど、護衛の任務のために外へ出ることも難しい。というかそのせいで、ユーリといられる時間が少ないのだ。
なんとか代わりを見つけたい。
希望は薄いが、もしレオンが強くなれたのなら――
「何?」
「……いや、なんでもない」
最後に漏らしかけたことに、ユーリはジト目を向けてくる。
――儚げで、可憐で、宝石のような輝きを放つ瞳を、このままずっと見入っていたい。
そんな感想を抱いていたからか、ユーリは大きく息を吐いて、
「分かった。少なくとも、すぐに飽きて追い出すなんてことはしなさそうね」
「そんなに信用ないの、俺」
「日頃の行いを思い返しなさいよ」
「……」
ヴィクトルは、しばらくおとなしくしようと決めた。
♦♦♦
翌日、ヴィクトルは城塞都市の南にある屋敷に来ていた。
屋敷は、くねくねと曲がる坂道を登り、門をくぐった先にある。そこから町を見下ろせば、高層の家々が立ち並んでいる。
いつ見ても爽快な気分だ。
「さて、いくか」
屋敷の中に入って、とある部屋の前に行く。
「ただいま帰りました、団長」
扉の前に立つのは、カローラル家騎士団の団長――ガント・エル・フォーリン。赤い髪をオールバックでまとめた巨人は、その体をずっぽりと甲冑で覆っている。腕を組んでいるだけで、廊下一帯に圧を振りまく風格を持つ。それに恥じない実力は、国でも指折りだ。
「ご苦労。報告が終わり次第交代だ」
「俺と任務変わってくれません?ずっと突っ立ってるのは性に合わないんですけど」
「結果が分かっていることを言うな。それより、さっさと報告を終わらせて来い」
「もう終わってるかもしれないじゃないですか」
「今までそうだった試しがない」
相変わらず低く唸るような声でそう言う団長は、ため息を吐いている。確かにその通りなので、全く言い返せない所もいつも通りだ。
「いえ、ちょっと団長にも報告があるので先に寄ったんです」
今回の山賊は規模は大きかったが、取り逃がすほどではなかった。
――大きなイレギュラーさえなければ。
「なるほど。共有しておこう」
団長も顎に手を当てて、目を細めた。今回、山賊を取り逃がす程度で終わったのは運がよかった。俺がいなければ、間違いなく全滅していただろう。
そういえば。
「団長。俺、弟子を取りました」
「――は。お前が?」
考え込んでいた団長は、突然の告白にぽかんとした表情を浮かべた。こんな表情は初めて見たかもしれない。
「はい、ちょっと拾ってきました。というかそんな驚くことですか?団長はいつも弟子をとれってうるさかったのに」
「――確かに、弟子の一人でも取れば落ち着くだろうと言ったが……まさか本当に作るとは」
「まあ、若干罪滅ぼしの面もありまして。いっぱしの騎士くらいにはしてやろうかと」
「嘘をつけ。大方気まぐれなんだろうが、拾ったからには最後まで責任を持て。分かったな」
「もちろんですよ」
最後にもう一度念押しされて、団長を後にしたのだった。
――その時、扉の向こうで聞き耳を立てていた少女の存在には、誰も気づいていなかった。




