友達
翌日、レオンとヴィクトルは屋敷へと訪れていた。
「わぁ」
都市を見渡せる高所に位置する屋敷は、その存在を誇示するように雄大にそびえたっている。門を通れば、屋敷を中心に様々な建物があり、右手には花々が咲き誇る庭園があり、左手には多くの馬が厩舎で過ごしている。
今回会うアリアが住む屋敷までは一本道が通っており、迷うことはなさそうだが、その道のりもかなり長い。
屋敷というより城のような場所だ。
そして、今から会うのはこの屋敷に住むお姫様である。
「ヴィクトルさん、せめてなんで呼ばれたのかくらい教えてください」
「知らん」
ヴィクトルは昨日からこの調子である。
まさか本当に知らないわけでもないだろう。何も知らないまま会わせるなんてそんなことはしないはずだ。
そのまま無言で道を歩いていくと、屋敷の前に立った。
「大丈夫なんですか?俺なんかが入っちゃって」
「今更だろ。アリア様が呼び出したんだから大丈夫だよ」
「なんで俺なんですか?何話していいのかも分からないんですけど。少しくらい教えてくれたって……」
「俺もほんとに知らないんだよ。まあ、なんとかなるだろ」
ヴィクトルは笑みを浮かべながら言う。レオンはジト目を向けながら、ヴィクトルを睨んでいた。
村で多少同年代の女子と話したことはあるが、多分その経験は役に立たないだろう。なにせ、これから会うのはお姫様みたいな暮らしを送ってきた人だ。
もしかすれば追い出されるのではと一抹の不安を抱えながら、レオンは屋敷に入ったのだった。
♦♦♦
花や絵画が並ぶ廊下を歩いていく。窓ガラスから見える景色が流れていくたびに、その場所へと近づいていく。その度に、心臓を掴まれているような圧迫感が強くなっていった。
「ついたぞ」
目の前には、両開きの扉がある。
ヴィクトルがノックをする。
「アリア様、連れてきました」
「どうぞ」
心地よい声が返ってくると、ヴィクトルはドアノブをまわした。
音を立てて扉が開かれると、花のような香りが鼻をくすぐる。部屋の中はきれいに整理されていた。
「わぁ――」
圧倒されていると、背を押されて部屋の中につんのめるように入っていった。
とっさに後ろを向くと、にやりと笑ったヴィクトルの顔が見え――扉が閉じた。
――ついていく人を間違えたかもしれない。
最初に感じた印象から大きく変わりつつあるヴィクトルに、レオンは少し不安を覚えた。
「――ふふ。あ、ごめんなさい。大丈夫?」
鈴の音が鳴ったような声が耳をなでると、正面のソファーに座る銀髪の少女――アリアが口に手を当てて笑っていた。
すぐに心配の声をかけてくれたが、恥ずかしさで体が熱い。
「すみません。変な所を見せました」
おぼろげな記憶を頼りに頭を下げ、謝罪を口にする。
「ううん、今のはヴィクトルが悪いから。それより、ごめんね。いきなり呼び出して」
「……いえ、大丈夫です」
気を使わせてしまっただろうか。でも、貴族から気を使われるというのもおかしな話だ。
少なくとも、父さんと話していた貴族はこんなではなかった。
ちょっとだけ安心したレオンは頭を上げると――
「――ぁ」
アリアの姿に、思わず息をのんだ。
綺麗だとか、可愛いだとか、表現する言葉はたくさんあった。でも、それでは足りない。どこか、神秘的な雰囲気を纏う少女。
腰まで伸ばした銀髪に、晴れた日の空のように澄み渡る青の瞳。瞳と同じ色のドレスを身に纏い、ソファーに佇むその姿。
想像上のお姫様のような、もしくはそれ以上の何かを見たレオンは、改めてその違いを思い知った。
山を駆けまわっていた自分とは違う、まさしく空のような、高く、高く、はるか先の場所で生まれ育った、おとぎ話の天使のようだ。
「ねぇ、大丈夫?」
「――あ、はい!大丈夫です!」
声がうわづる。首をかしげてこちらを見るアリアは、それだけで絵になるだろう。
「じゃあ座って。私は、あなたとお話がしたくて呼んだの」
「――はい」
――いけない。いつまでも引き込まれていては失礼になるかもしれない。
気を引き締めたレオンは、促されるままにソファーに座る。
それにしても、話とはなんだろうか。こうして会うと、改めて謎は深まってきた。
「あ、そうだ。お茶を出さないと」
アリアは両手を合わせて立ち上がると、おそらくお茶を淹れに部屋の端に行った。むず痒い気分に襲われたが、お茶の入れ方など知る由もないレオンは、されるがままだった。
「どうぞ。あ、お砂糖いる?」
「大丈夫です」
レオンはカップに口をつけた。口の中に広がる渋みを感じながら、気軽に砂糖を使えるという事実に、またしても心臓が震えた。
「あの、お話というのは」
これ以上は心臓が持ちそうにないと、レオンから切り出した。失礼になるのではと危惧したが、もうそんなことは言ってられない。
「うん。えっとね、私と……友達になってほしくて――」
頬を赤く染めながら言ったアリア。意図せずして上目遣いでレオンに目を向けて――
「――は」
心臓が限界を迎えたレオンは、一音零すのが精いっぱいだった。
「だめ……かな」
声を下げるアリアに、レオンは心臓の動きを再開させる。
――なぜ?
思いつく限りの疑問の言葉を投げかけたい気持ちを抑えて、目に映るアリアの姿を焼き付けた。
からかわれている感じはしない。意味が分からない。自分は農民の息子で、周りと違うと言えば父さんが村長だったことくらい。
貴族のお姫様から友達になろうと言われる覚えはない。
「――はい。俺で良ければ」
「――ほんと!よろしくね!」
笑みを浮かべるアリアに、レオンは苦笑いをこらえた。
結局のところ、拒否などできないレオンはこうするほかなかった。ただ、その笑みに少しだけ罪悪感を覚えた。
「じゃあ、ちょっと悩み相談をしたいんだけど」
「?はい、頑張ります」
理解できる悩みだといいなと願うレオンを他所に、アリアは語り始めた。
「ねぇ、レオンは過去に戻りたいって思うこと、ない?」
アリアから先ほどまでの明るさは消え、何かに思いつめているような声に変わる。
表情は、俯き気味に発せられたために読み取れなかった。
「ない……ですけど」
思いはせていた願望だった。過去に戻れたら、自分は何ができるだろうか。
アリアが述べた、叶うはずのない願望を知っているレオンは、声のトーンを落とした。
「私はある。毎日、朝起きたら誰かに日付を確認するの。でも、一日が過ぎるたびに、ちゃんと一日分次に進んでる」
アリアは「もちろん」と付け加えて、
「私だって分かってるよ?当然のことだから。でも、もしかしたらって思うの。そうでもしないと、私がなんのために生まれてきたのか分からなくなるから」
「……なんでそう思うのか、聞いてもいいですか」
「もちろん。友達だもん」
アリアの表情を見れば、先ほどまでの笑みを維持している。ただ、それはどこか痛々しくて――
それと同時に、レオンの心がずきずきと痛んだ。




