便利な空の移動
レオンはリアナとの会談後、町に出てきていた。部屋の鍵は開けられず、アリアも留守だったのでぶらぶらと町を見ている。
「ほへぇ」
物珍しそうな商品が並んでいる。村に住んでいたころは時たま来る行商人に欲しいものを頼むしかなかったレオンにとって、こうして商品を見て回るというのは初めてのことだ。
「はぁ」
呑気なことだと思う。なにせ、自分の将来の選択が、侯爵様や他の人たちまで巻き込んだ大事になっているのだ。それなのに王家やら婚約者やら、少し前の自分なら冗談だと思うような選択肢を用意されて、まるで他人事のように考えている節がある。
こうなってくると、アリアの騎士になるというのは一番いいようにも思えてくるのだ。さすがにアリアが貴族の娘だということにも慣れてきたし、侯爵家はあんまり礼儀にうるさく言われない。
ただ、消去法で選ぶのも失礼で、かといってアリアの騎士になりたいという確固たる理由もなくて。
それに、アリアだけを特別とするのはなんだかむずむずとした気持ちになる。
「あの! ちょっといいですわ?」
「ん?」
声の主の方を向くと、そこにはオレンジの少女がいた。
♦♦♦
翌日。
「いくぞ」
「あの、どうして俺はヴィクトルさんに抱えられているんでしょう?」
ヴィクトルの脇に抱えられたレオンは、若干の浮遊感を味わっている。ついでに言えば、レオンは何も持っていない。
昨日魔物を見に行こうと言われていたので、それなりの準備はしていたつもりだ。それで今朝、最低限の水と食料を持ってきてみたら、それは置いてけとヴィクトルが一言。
ヴィクトルを見ても、いつもの白を基調とした騎士服に白のマントをつけているだけだった。
「というか、どこいくんですか? もしかして、近場に魔物が湧く場所でもあるんですか?」
「いや、ここらへんにはない。行くのは最前線、城郭都市プロマクスだ」
「いやどこですか」
「んじゃ、舌噛むなよ」
「え? うわぁっ!」
ヴィクトルが思い切り飛び上がると、レオンを抱えたまま宙に浮く。
「え、まさか」
「おう。一直線だ」
その日公爵家の領地では、叫び声を上げる少年とそれを連れ去る白い怪物の噂が広まったという。
「はぁはぁ」
「ついたなー」
「ついたなじゃないですよ! 途中で一回落しましたよね!?」
城郭都市の傍の平原に降り立ったレオンとヴィクトル。道中、一度手を離されて落とされたレオンはヴィクトルに詰め寄っている。
「なんか生意気に悩んでたから、つい」
「ついじゃないですよ! 死ぬかと思ったんですから」
「でも魔物と戦うときによそ見してたら死ぬぞ?」
「ぐぬ、それは……確かに」
わざわざあんなことをする理由になるのかと思いながらも、同意するレオン。
確かにこれから魔物と戦うのだから、集中しないといけない。
「でも、大丈夫です。一応、答えは出せましたから」
「誰かに言ったのか?」
「いえ、機会がなくて」
昨日町の散歩から帰っても、アリアとも侯爵とも会えなかったのだ。一体どこにいっているのだろうか?
「まあいいや。どうせ今日の夕飯の時には会えるだろ」
「ヴィクトルさんも知らないんですか? アリア様の護衛なのに」
「公爵様のとこにいる間はしなくていいんだとよ。確かに、公爵様んとこの兵士は強いからな」
「へぇ、ヴィクトルさんがそこまで言うなんて。というかあれ? 夕飯は一緒なんですか?」
「今日は俺たちも呼ばれてるんだよ。てことで日帰りだ」
「じゃあ、帰りもまた?」
「おう」
レオンは一瞬頭が遠くなった。
途中で落とされたことを抜きにしても、ヴィクトルの移動法は恐怖満載なのだ。落ちたら確実に死ぬであろう高さで、抱えられながら移動しているのだから。しかも、歩く地面は見えないというおまけつきだ。
まあ、その分移動にかかる時間は少ないのだが。
「ここまで普通ならどのくらいかかるんですか?」
「あー、馬で一日ぐらいか?」
「……すごいですね」
「なんだその目は。とりあえず魔物のとこ行くぞ」
城郭都市から更に離れた場所、そこには荒野が広がっていた。
「草もほとんど生えてないですね」
「今の時期は特にな。あ、いたいた」
「え」
ヴィクトルが指差した先には、巨大な蛇。
大きな白い胴体に、黒の文様が巻かれるように広がっている。
「あれが最上級魔物ですか」
「いや、上級くらいじゃね。あ、こっち見た」
赤く鋭い目に、大きく開いた口の中には鋭そうな牙。
五段階の階級の中で、ヴィクトル曰く上から二番目の強さの魔物。目が合うだけで背中が凍りそうになる圧がある。
「動いた」
こちらを獲物と判断したらしい蛇がこちらに勢いよく突進している。大口を開け、涎をたらしながら迫ってきた。
レオンが相対する魔物に怖気づいている中、ヴィクトルが後ろに下がりながら、
「後ろにアリア様がいるつもりでやってみろ。お前は多分それでいける」
「アリア様が……」
後ろにはアリア様がいる。――守らなければ。
「ふん!」
レオンが手を掲げると、そこから勢いよく炎が穿たれる。ちょうどよく蛇の口内に当たった炎は、蛇を内側から焼き尽くした。
「……やった」
「当然だけどな」
喜びを隠しきれないレオンに、ヴィクトルは冷静に言う。そのままレオンの横を通り過ぎて、ヴィクトルは焼け焦げた蛇の死体を切り分け、その中から黒い結晶を取りだした。
「これが魔石な。知ってると思うけど、死体の処理も忘れずにな」
「はい」
レオンは蛇の死体をさらに燃やして灰にする。
死体はちゃんと燃やすか、粉々にしなければならない。そうしなければ、蘇って殺したやつを襲いに来るらしいと聞いた。
「んじゃ、どんどん行くぞ。今みたいに怖がってたんじゃ、最上級魔物なんて倒せねぇからな」
「はい!」
それからも魔物を次々と狩っていく二人。次に休憩を挟むころには、レオンも恐怖を抑え込めるようになってきていた。
「前から気になってたんですけど、纏いってどのくらい使えるんですか」
「ああ、それな」
レオンはすでに一時間ほど纏いを使っているが、疲れを感じない。正確に言えば、動き回っている疲労感は感じるが、魔法でいう魔力切れのようなものはないのだ。
「体力がなくならない限りはいけるぞ。魔法と違って、魔石で回復とはいかねぇけどな」
「へぇ、じゃああんまり長くは戦えないんですね」
「そうだな。お前の場合自分が怪我しないように抑えてるのもあって結構いけるんだろうけど、本気でやったら十分も持たねぇと思うぞ」
「へぇ、気を付けます」
そんな雑談を挟みつつも、レオンは次々に魔物を狩っていく。
順調に狩りを重ね、奥の方へと進んでいく一行。
「ふん!」
先ほどの蛇の魔物が再び現れたが、今のレオンの手にかかれば一撃……
「あれ?」
倒れない。口の中に炎を受けてなお、こちらに向かってきている。
「っ」
レオンはすぐさま横にそれて突進を躱し、横っ腹に炎をぶつける。くの字に曲げて吹っ飛ばすも、こちらに向きなおして再びの突進。
「ふん!」
今度は先ほどまでより威力を上げて、渾身の放射。レオンの炎は蛇の大きな体躯ごと飲み込み、蛇の魔物はそのまま力尽きた。
「やけに強かったな」
やけどによる手の痛みに顔をしかめながら、レオンは蛇の魔物の亡骸を見る。もしかしたらレオンには分からなかっただけで、最初の奴とは別の魔物だったのかもしれない。
「――え」
突然、蛇の魔物の死体が消えた。他の魔物に食われていったわけでも、レオンが燃やしたわけでもない。
突如として、霧のように消えていった。そしてそこにあるはずの死体はなく、魔石だけがぽつんと転がっていた。
「ヴィクトルさん!」
「なんだ?」
後から来ていたヴィクトルに見せると、ヴィクトルは得心したように「ああ」と頷いて、
「蘇りだな」
と、いつもより真剣な顔で答えたのだった。




