蘇りの脅威
「蘇り?」
「ああ。お前も聞いたことあるだろ? 死体をそのまま放置していると、蘇って殺しに来るってやつ」
「はい。ってことは、さっきのは蘇った魔物ってことですか」
「そうだ。そんであいつ、強かったろ? これが最初の奴の魔石だ、比べてみろ」
ヴィクトルがポケットから取り出した魔石と、先ほどの蛇の魔物の魔石を見比べる。一目見ただけで大きさが違うのが分かった。最初の奴は掌に乗る程度だが、今落ちているのは掌から少しはみ出している。
「こっちは隠されてるんだがな。死体を放置された魔物は強くなって復活する。そんで、強さに見合った魔石を落とすってわけだ。強さの幅は大体階級一個分上がると思えばいい」
「じゃあ、体が霧みたいに消えたのは?」
「蘇るのは一回だけだからだ」
「へぇ、じゃあ俺は今ので最上級魔物を倒したことになるんじゃ」
「まあ、一応そう言えなくもないが……はっきり言ってあれは雑魚すぎる。素で最上級でないとやっぱだめだな」
「……そうですか」
達成感を感じたレオンだが、ヴィクトルに冷や水を浴びせられた。
いつものいたずらめいた、悪い笑みを浮かべるのではなく、普通に言っているので本当にそうなのだろうが。
だが、今のは弱かったといっても最上級魔物であることには変わりないのだ。ヴィクトルが認めるレベルが相手でも、多少の怪我は避けられないにせよ、倒せないということはないだろう。
レオンの中で多少の余裕が生まれるのを感じたのか、ヴィクトルは「いや」と言って、
「お前の場合、怪我無しで倒せないと認めねぇからな」
「へ?」
「そりゃそうだろ。毎回毎回自分で傷負ってたら世話ないわ。特にお前は一回死にかけてる実績があるからな」
「……はい」
それを言われると何も反論できないのがレオンだ。それに、毎回怪我をしてアリアに治してもらうわけにもいかない。これは、騎士になるにしてもとならないにしてもだ。
それによく考えれば、一回の戦闘ですべてが片付くとも限らない。守りきるためには、何度でも戦える力が必要だ。
でも、さっきの奴には傷を負わない範囲で抑えた威力では足りなかった。どうしたらいいのかレオンの知恵を絞っても何も出てこなかったので、素直に聞くことにする。
「でもその場合、俺はどうやって魔物を倒せばいいんですか?」
「まず剣で倒せと言いたいところだが、お前にはまだ早いしな……、やっぱり必殺技だな」
「必殺技?」
「おう、相手を倒しきるときとかに使う技な。お前は放出する闘気の量を増やすことで炎の威力を上げてるが、別にそれ以外にも方法はある」
「どうやるんですか?」
目を輝かせるレオンに、ヴィクトルはにやりと微笑して、
「闘気ってのは密度が高いほど威力が上がるんだ。だから増やさなくても、範囲を絞るだけでいいんだよ」
「なるほど」
「やってみろ」
ヴィクトルが顎をしゃくって見せると、そこには狼のような魔物がいた。
理屈では分かる。分かるが、こうしていきなり実践というところがヴィクトルらしい所だ。でも、やるべきことは変わらない。後ろに守るべき人がいるのなら、やらない選択肢はない。
まだ痛む掌を前に掲げて、闘気を流す。
いつものように手のひら全体から出すのではなく、更にその中心。圧縮した闘気を集めて、流して、吐き出すイメージで。
狼が残りあと一歩の距離まで近づく。
闘気の操作にいつもより時間がかかっているのだ。でも、間に合う。
後ろ脚を支えに、前へ踏み込むように、炎を穿つ。
「ふっ――!」
迸る炎は、狼の魔物の顔半分を消し去ると同時に、命を刈り取っていった。音を立てて倒れ込む狼の顔を間近で感じながら、レオンは安堵の息を吐く。
「……できた」
「まあまあだったな。次からはそれに名前を付けるか、技を放つ前に何かしらの決まった動きをするといいぞ。そしたら勝手に体が覚えてくれる」
「はい、ありがとうございます。ってあれ、また消えた」
レオンの足元に倒れていた死体が、蛇と同じ大きさの魔石を残して霧のように消えていった。
「結構いるんですね、蘇り」
「いや、珍しいはずなんだけどな。普通は死体になったら他の魔物に食われるはずだ」
「じゃあ、たまたま遭遇したんですかね?」
「一応報告しとくか。よし、お前も怪我してるし、さっさと帰る――」
「――うわぁ!」
突如、大きな揺れが一帯を襲った。
尻もちをついたレオンは、訳も分からない状況のままヴィクトルの顔を見て、
「ヴィクトルさん?」
頬を強張らせるヴィクトルは、地面にいるレオンではなく、その頭を越してさらに遠く。ここに来る前に教えられた魔物が巣くう場所――魔境。そのとある場所を見つめていた。
レオンもヴィクトルが見ていた場所に視線を向けると――
「あれは――」
荒野であるがゆえに視界を塞ぐものがないとはいえ、まだ遥かに離れた所にいる二人からも見えてしまうほどの巨躯を持った蛇。
先ほど倒した白黒模様の奴とは何もかもが違う。黒一色に染まり、赤い靄を周辺に纏うその姿は、恐怖を抑え込めていたレオンすらも飲み込むほどの圧を放っていた。
「氾濫だ」
小さくつぶやいたヴィクトルの顔からは、先ほどまでの笑みは消えていた。
ヴィクトルはレオンを抱えて、城郭都市へ向かって走り出す。
「ヴィクトルさん、今のは一体……」
「氾濫は、魔境から魔物が溢れてくることだ。んで、その氾濫にも二種類ある。一つは冬明けの毎年恒例のやつ。こっちは別に大した事ねぇ。問題は今起きてる方だ。最上級魔物が蘇って、そこから逃げるように魔物が溢れてくる」
「じゃあ――」
「ああ、多分一時間もしないうちに近くの都市まで届く」
「なら俺たちも戦わないと!」
レオンの叫びに、ヴィクトルが思案気な表情を浮かべる。
「一応言っとくとな、公爵家の土地で俺たちが暴れまわるのは基本的にだめだ。今回もお前の実践演習って名目で許可が下りてるだけで――」
「俺は――!」
「ああ、分かってるよ。お前はここで逃げねぇよな。それに俺もここで逃げたらユーリに嫌われちまうし。てことでレオン。――盛大な実践演習、したくないか?」
「ヴィクトルさん!」
ヴィクトルがにやりと笑えば、レオンもそれに応えるように笑う。ただ、このままだとまた無茶をしそうな弟子にヴィクトルは「いいか?」と言って、
「まずはここの指揮官にこのことを話して、俺たちは指示に従うこと。んで、お前は俺に従うこと。いいな?」
「はい!」




