剣と鞘
「相性?」
胡散臭いものを見るような目を向けてくるジャクライに、ハイドはニコリと笑みを浮かべて、「はい」と言葉を引き継ぎ、
「良き剣には、良き鞘が必要。公爵が普段よく言われるように、主人と騎士の相性というのは、剣の良し悪しに大いに関係します。ゆえに、良き剣は良き鞘を求める。違いますか?」
「それはまあ、そうだが」
「それが国の剣たる名誉騎士ならば、彼の意見を汲んだ方がよいのではと」
「一理ある。まあ、もともと少年がアリア嬢を選ぶのなら、俺もそれで文句はないのだ。……最後に一つ教えろ」
「どうぞ」
ハイドが手を向けると、ジャクライは机に置かれたカップを口に運び、
「今の話は貴様が心変わりした理由ではないな。それなら最初からそう言えばよい話だ。なぜ今更になって、いや。その少年の何が貴様にそうさせたのだ」
「それは……」
ハイドは目をつぶって腕を組む。椅子の背もたれに背を預けながら、少しの間考えた末に、
「やはり私も彼を気に入ったのでしょうね。あれこれと理屈を練ってみましたが、それ以外に見つかりませんでした」
「貴様にそう言わしめる少年、ぜひ会ってみたいな」
「泣いて飛び出しますよ」
「貴様はもう少し遠慮というものを持て。それにしても、これで貴様も名誉騎士を三名も抱える大貴族か。俺もそのうち寝首をかかれるかもしれんな」
物騒なことを言い出すジャクライに、ハイドは苦笑いを浮かべる。
確かに、その三名を自由に動かせるのなら、自分が公爵になるということもできなくはないだろう。だが彼らはそんなことで動かないし、動かせない。もっとも、そんな面倒なことを私がするはずもないが。
「ご冗談を。形式上は私が剣を預かっていますが、彼らが剣を預ける先は別にあります。それに、私には少々鋭すぎる」
「それもそうだな」
♦♦♦
「ヴィクトルさん、侯爵様が言っていた名誉騎士になるための条件って何なんですか?」
ハイドが都市に戻っていった後、レオンとヴィクトルは更に離れたところで纏いの訓練を再開していた。だが、名誉騎士についてやアリアの発言の答えに頭を悩ませていたレオンは、精彩を欠き、手に多少のやけどを負ってしまう。そしてそれを見かねたヴィクトルが休憩をとらせたのだった。
「なんだ、名誉騎士になりたくなったのか?」
「色々教えてもらいましたけど、俺、そもそも名誉騎士になれるのかなって思って」
「ああ、別に難しいことじゃねぇよ。条件は二つ。一つが、貫く剣が善であること。これはあれな、纏いが使えてかつ国にとって悪ではないってことだ。で、二つ目は、最上級魔物の単独討伐」
「てことは、俺一人で最上級魔物の討伐をする必要がある。……最上級魔物って何ですか?」
レオンは渋い顔になる。
レオンにとって魔物は身近なようで遠い存在だった。村に住んでいたころは、近くの山にいたボアを大人たちが狩ってきて、レオンにはまだ早いと参加させてもらえなかったのだ。
ちなみにボアの肉はとてもおいしい。ヴィクトルの家ではたまにボア肉のステーキが出てくるが、ヴィクトルとレオンは目を輝かせて食べている。
「そこからかよ。こないだの犬……ってお前は見てねぇんだっけか。そうだ、実際見に行くか」
「はい?」
「そうと決まれば今日は終わり。適当に店でも見に行ってこいよ。前みたいに勝手するのなしな」
ヴィクトルは空を駆けて行った。
……なぜこうなるのか。
――その後、レオンは都市に戻った。
まだ日も高い時間、特に何もすることがないレオンは城の周りをうろついていた。来た時に安静にしていた部屋はすでにレオンの部屋ではなく、今はヴィクトルと同じ部屋なのだが、その鍵をヴィクトルが持ったままなのだ。
「どうしよう」
「お困りかな。少年」
「――えっと、あなたは?」
レオンの前に現れたのは、赤い髪でレオンより背の高い女性。胸元に家紋をつけた騎士服を着た女性は軽く笑みを浮かべて、
「おっと、まだ自己紹介をしていなかったね。私はリアナ・ソドア。不審者がいると通報があってきたものだよ」
「あ、すみません。俺は怪しいものじゃなくて――」
「――知っているとも。アリア嬢の友達なのだろう?」
「なんで知って……ソドア?」
レオンを知っているように話す女性――リアナは今更気づいたのかとでもいうような目でこちらを見ている。
ソドア、確かここはソドア公爵様が治める土地である。ということは――
「すみません! 先ほどまでの無礼をお許しください!」
腰を直角にして謝罪するレオンに、リアナは「気にしなくていい」と苦笑いを浮かべている。
「俺なんかがすみません!」
公爵は侯爵よりも偉いらしい。つまり、とても偉いのだ。
侯爵様やアリア様のおかげで麻痺してきたが、侯爵なんて本来話すこともできない、というか見ることさえかなわない立場の人だ。
それのさらに上。雲を通り越して夜空の星である。
「纏いを発現させたと聞いてどんな人物かと思ったが、普通の少年じゃないか」
「はい! 普通です!」
「いや、普通にしてくれると助かる」
「…………はい」
「随分な葛藤があったね」
とりあえずアリアと同じようにしようと思うレオンだった。
「君が纏いを発現させたと聞いて、ぜひ会ってみたいと思っていた。私の夫候補でもあるしね」
「――は?」
レオンは言ってしまったという顔で口を抑える。
思わぬ爆弾発言にレオンが固まる中、リアナは「ここからは中で話そう」と言って、指を指している。
レオンは考えぬまま頷き、城の中の応接室の一つだという部屋に入った。
応接室の中は対面にソファーが二つ。その間に丸机が置かれているだけで、あとは見てもよくわからない絵ぐらいだ。
リアナが腰かけるのを見計らってレオンも座ると、リアナが「話の続きをしよう」と話し出した。
「それで、婚約者候補の件だったな。君は知らなかったようだが、君にはそれだけの価値があるということさ」
「はぁ」
「分かっていないようだね。まあいずれ分かるさ。実際、細かいことは父上とカローラル侯爵が決めるとして、やはり私の婚約者候補ならば事前に顔を知っておきたいというもの」
「すみません、そのことなんですが。俺がまだどうすべきが決められていなくて……」
ここに来てからというもの、人生を決めるような決断を毎日のように迫られている気がする。相手を考えれば、即座に決めるべきだし、選択の余地があるだけいいのだろうが……
「そうか。だが先ほどの反応を見るに、やはり王家に行くべきではないな」
「なぜですか?」
リアナの言葉にレオンは興味を示した。
侯爵の話を聞く限り、王家に行くのも悪くないように思えたが、
「簡単に言えば、私以上の権力者がいる」
「あ」
「他にも、君を利用しようとする輩もいるだろうし、礼儀やらにもうるさいのだ。中央の連中は」
若干私情も入っていそうなリアナの言葉に、レオンは盲点を突かれたと言わんばかりに頬を強張らせた。
公爵家が星なら、王家はなんだろうか。太陽?
ともかく、もしそうなったら緊張でどうにかなってしまいそうである。
「まあ、結局は君の意見次第なのだろう」
「あの、どうして俺の意見がそこまで?」
「決まっている。名誉騎士になるような連中は総じて、やると決めたら誰になんと言われようがやるからだ」
実感のこもる言葉に、レオンは青髪の師匠を思い出し――
「よく分かりました」
そう答えたのだった。




