迫られる選択
「騎士、ですか」
「何か不満があるのかい?」
「……昨日、アリア様に私の騎士にならないかと言われて」
「ふむ、それで? 君はどう答えたんだい?」
ハイドは笑みを崩して、片眉を上げながらあごに手を当てる。
「俺は、答えを出すことができなくて。アリア様がまた今度聞きたいと」
「ふむ……」
片目を閉じて顔を傾けるハイドからは、何を考えているのかは読み取れない。
考え込んでいるのか、はたまたそう見せているのか。レオンにとって無限に続くかと思われた時間の中、ハイドは「だが」と言葉を継ぎ、
「アリアの騎士になるかは一旦置いておくとして。どちらにしろ、君が騎士にならないというのは、あまり現実的ではないな」
「そう、なんですか?」
「ああ。君が纏いを会得したことで、意図せずして名誉騎士になる条件の片方を満たしてしまった。正確には纏いを使えることだけではないけど、君の場合それは問題ない。もしこのことが広まれば、他の貴族が黙っていないだろう。君が平民という所も都合がいい。貴族の派閥なんて無視して、力づくで引き入れてしまえばよいのだから」
ハイドから出てくる言葉に、レオンは目を見開かせる。
貴族のことなど知らないレオンだが、貴族に仕えるのなら守るべき誰かを制限する必要があることは、なんとなく分かる。もし、困っている目の前の誰かが、その制限された誰かであったなら。
「俺は……」
答えを出せないでいるレオンに、ハイドは指を一つ立てて、
「名誉騎士になる気があるのなら、騎士として特定の貴族に仕えないという道もあるけどね」
「特定の貴族に仕えない?」
「ああ。本来名誉騎士は、国の剣として国を守るための存在。誰にも縛られず、自らの剣を貫き通す。そんな存在だからね。ちなみに、そこのヴィクトルもその一人だ」
「え!?」
ハイドが、いつの間にか犬と戯れているヴィクトルを指し示すと、レオンは驚きの声を上げた。
「あれ? 言ってなかったのかい?」
「あ、そういえば」
「え、だって、確かに国の騎士って。でも、え」
普段家ではソファーに寝転がって、ご飯の時に飛び上がるヴィクトルと、村で仇をとってくれたヴィクトルを交互に思い浮かべる。
でも、よくよく考えてみればそうだ。国の中でも纏いを使える人がほとんどいないと知っていた、というか使っていた。
「ヴィクトルさんって、ほんとにすごい人だったんですね」
「おうよ」
もしかしたら、ヴィクトルの弟子になれたことが一番幸運だったかもしれないとレオンは思う。
「話はそれたけど」とハイドが咳ばらいをして、
「名誉騎士っていっても色々あるのだけどね。ヴィクトルのように、貴族に仕える者もいれば、王族に仕える者もいるんだ」
「貴族に仕えない、というのは王族の方々に仕えるということですか?」
「ああ、といっても王族のためだけに動く必要はない。貴族にとらわれたくない名誉騎士が仕える先が王族なんだ。王族の権力で貴族のしがらみから解放される代わりに、王族の護衛や、ちょっとした命令を聞くことを見返りにね」
ハイドは「君ならとても歓迎されるだろうね」と付け加えた。
何となく、そちらの方が自由に思える。王族もまた、その誰かの一人なのだ。だから、拒否する理由としてはあまりない。けれど――
「アリアのことが引っかかるかい?」
「まだ、悩んでいます。俺なんかが、こうして悩むこと自体おかしなことなんですけど」
「実際、今の君なら選び放題だからね。私としては、北部の貴族か、王族に仕えてくれるのなら口出しはしないつもりさ」
「あの、どうして俺に良くしてくれるんですか?」
父さんが言っていた。
偉い人の優しさの裏には、何か別の理由があるのだと。
まあ、すでにヴィクトルさんとアリア様の優しさに甘えている面があるので、今更感はあるが。
今回でいえば、侯爵様が忙しい中こうして俺に丁寧に説明する必要はない。それこそ、ヴィクトルさんに任せてもいいはずだ。
それに、まだよくわからないけど、名誉騎士とは凄い力を持つのだろう。それなら、自分の所で囲いたいと思うのではないだろうか。
「正直な所、優しくしておけば君からの印象が良くなるとかもあるけど、一番は礼だよ」
「礼?」
「アリアをこうして外に出して、命の危機からも守ってくれた。一年間、何もできなかった私からすれば、礼の一つでも渡さなければ気が済まない。君が金が欲しいというのなら、一生困らないくらいの額は渡せるよ?」
「いえ、それは大丈夫です。でも、ありがとうございました。どうするべきか、少し考えが纏まりました」
「それは良かった」
そう言ってハイドは都市の方に歩き出した。
「あの!」
「まだなにかあるのかい?」
「さっき言われてたことなんですが」
言うべきかは迷った。
でも、言った方がいいと思った。
何もできなかった後悔は、深く心に残っているから。
「一年間、何もできなかったって言われてましたけど。アリア様は、とても感謝しているって、いつも言ってたので」
「――そうか。……はぁ、僕の方でも頑張ってみるよ」
ハイドはレオンに背を見せたまま、手を振って歩いて行った。レオンはその様子を、余計なことを言ったかと不安になりながら見ていたが、
「お前はどれだけ貸しを作ったら気が済むんだ」
「菓子? なんですか急に。菓子なんて作ったことありませんけど」
「はぁ」
なぜかため息を吐くヴィクトルに、頭を雑に撫でられた。
♦♦♦
城郭都市アスピスの中心、石造りの城の頂上。
普段はこの城の主しか立ち入りを許されていない場所で、二人の男が席についている。
「それで、件の少年はなんと言ってきたのだ。ハイド」
そう述べるのは、赤色の髪を短く切りそろえ、鋭い目つきをした今にも襲い掛かってきそうな顔立ちの大男。
「それがですね……私の方からちょっと提案がありまして」
「何? ……まあいい、言ってみろ」
対面に座る大男――ジャクライ・ソドア、この城の主であり現公爵。長い付き合いになるジャクライは、実際そのつもりではないのだろうが睨むようにこちらを見ている。
「件の彼、レオンのことですが。アリアがどうやら先走っていたようで、アリアの騎士にならないかと言われたそうなんですよね」
「何? 返事は」
「保留、ということらしいです」
「それなら別に問題あるまい。主人と騎士がすでに主従の関係ならば崩すのは主義に反するが、そうでないのなら予定通り我が娘を娶らせるか王家に預けるかすればいいだろう」
「そうなんですけどねぇ」
はっきりとした態度を示さないハイドに、ジャクライは「なんだ」と先を促した。
これまでその提案で進めてきたのに、いきなりその相手があやふやな態度をとるのだから公爵は大いに困惑していることだろう。
かくいう自分も困惑しているのだ。
「アリアの騎士にしてしまうのはどうかと」
「は? 先ほど自分で言っておったではないか。これ以上名誉騎士を抱えることはしないと」
「私もそう思っていたんですがね。彼と話して気分が変わりまして」
「気分……」
眉間を指で挟むジャクライに、ハイドは苦笑いを浮かべる。少しの沈黙の後、ジャクライはため息を吐いて、
「ようやく調子を取り戻したかと思えば、大きく様変わりしてきよってからに」
「私はいつも通りですが」
「まあいい。それより少年は何が不満なのだ。アリア嬢に惚れでもしたか? だが、それこそ王家に行けば、王女殿下を嫁にもらうこともありえる。というか今の国王陛下ならそうする。確か第四王女殿下は年が近かったはずだ。それか故郷から離れがたいなら、俺の娘にすればいい。少々落ち着きがないが、逆にその方が何かと都合がいいだろう」
「これは、私の想像でしかありませんが」
面倒そうに頬杖をつくジャクライに、ハイドはそう前置きして語り始めた。
付き合いの長い友人とはいえ、立場が上のジャクライに情でこれまでの方針を覆すのは初めてのことだ。
私にそうさせた少年は、自分が見てきた中でもかなりの変人である。初めて会ったとき、彼の目には畏怖や恐怖が宿っていた。だがそれとは別に、その更に奥深くから感じたのは――、
例えるなら、兄が妹を守ると宣言する時のような、青くまっすぐな視線。彼はそれを誰しもに平等に向けている。
これにヴィクトルから聞いた話を合わせれば、彼の中で私達は等しく守るべき存在なのだろう。そして、それと似たような視線を私はすでに知っている。
「彼とアリアは、あまりにも相性が良すぎるのです」
アリエルがまだ生きていたころ、アリアが目をそらすようになる前。誰しもを助けようとしていた、慈愛の目を。




