パーティーと難題
「まぁ、さすがは聖女様ですわ! そこまで民のことを考えていらっしゃるなんて!」
「ありがとう。でも、あまりうまくいってなくて」
「いえいえ! そのお志からして、やはり違うのですわね!」
「そんなことは……」
目を輝かせてアリアを称える少女は、オレンジ色の髪をお団子にまとめ、黄色っぽいドレスで着飾っている。
アリアは基本的に青を基調としたドレスなので、自分には縁のない色だなと思う。
「謙遜なさらないでくださいまし! その御立派なお考え! 私も見習いたいですわ」
「本当に大したことじゃないから。全然うまくいってないし」
先ほどからアリアが称えられている理由は、アリアの父であるハイドがアリアが屋敷から出ない理由として最もらしいものを流布したからだ。曰く、アリアの魔法を魔道具に落とし込み、誰でもその場で治療を受けられるようにする。
なんとも壮大な話になっているが、失敗したというところまでがセットだ。
「やはり、素晴らしいお方だったのですわね。私、どのようなお方なのだろうと今日を楽しみにしていましたの。実際に会ってみたら、私の想像以上、いえ。比べることすらおこがましいほど、美しいお方でしたわ!」
「……ありがとう」
「……まぁ」
頬を染めたアリアに、目の前の少女もまた頬を染める。
褒められる体験が久しぶりのアリアにとっては、お世辞であろうとこうして照れてしまう。レオンもこんな気持ちだったのかと、最近は頭にいつもいる少年のことを思いながら、
「でも、メイベルさんもとても綺麗。そのイヤリング、とっても似合ってる」
お返しと、はにかみながらアリアは言う。
「……凄いですわ」
メイベルは耳につけていたオレンジの宝石のように顔を染め、アリアから顔をそらした。
「あれ? もしかして気に障ることいっちゃった? だとしたらごめんなさい」
「いえ、そんなことはないですわ! それより私、用事を思い出したので失礼いたしますわ!」
「ああ……」
「気にすることはないぞ、アリア嬢。あれは取り込もうとして取り込まれた可哀そうな奴というだけだ」
すごい勢いで去っていくメイベルを見て、何かしてしまったのだろうかと不安に思うアリアの肩に手を置いてそう言うのは、
「ソドア公爵令嬢」
肩にかかるくらいの赤い髪をたなびかせ、同じく赤いドレスを身に纏う女性。女性らしい起伏が目立つ体つきに、アリアよりも頭一つ分ほど背が高い。アリア自身も女性にしては高いほうなので、かなりの長身である。
「メイベル嬢と同じで呼び方でいい。私もすでにアリア嬢と呼んでいることだしな」
「では、リアナさん。取り込もうとしてっていうのは……」
「聖女としての力を持ち、なおかつ治療の魔道具を作り出さんとするアリア嬢となんとしてでも繋がりたいやつは多いのだよ。ゆえに、今日のパーティーは派閥内の女だけに制限している」
「お心遣いありがとうございます。でも、メイベルさんは一人でいた私に気を使ってくれたのかも……」
「そういうところだな。まあいい、別に何かする理由もない」
アリアはほっと息をついた。
きっかけがどうであれ、緊張して誰とも話せないでいた自分と、ああして仲良くしてくれたのにはとても感謝している。
そうだ、感謝と言えば――
「レオンのこと、ありがとうございました」
「構わないさ。部屋は有り余っているのでな」
パーティーはソドア公爵家の城内で行われているわけだが、到着してすぐ、目を覚ましていなかったレオンに部屋を用意してくれたのだ。
「さあ、一曲踊ろうか」
「え、でも今日は女性しかいないんじゃ……」
「女同士で踊ってはいけないわけではあるまい? 私が男側をやろう」
「じゃあ、一曲」
二人の踊りは、大いに会場を盛り上がらせた。
♦♦♦
「ヴィクトルさん。なんで外なんですか?」
「制御ができなかったら都市中が火だるまになる可能性があるからだな」
「……なるほど」
都市をぐるっと囲むお堀を超え、平原のど真ん中。少し先の方に整備された道があるのみで、そのほかには本当になにもない。
レオンは今、ヴィクトルと共に城郭都市アスピスの外に出ている。
昨日は一日安静にしていたので、今日は早速訓練だと息巻いていた所、ヴィクトルに連れ出されたのだ。
「つっても、俺はまだレオンの纏いがどんなのか知らないんだわ。ってことで使ってみ」
「はい」
流れ出る闘気を、世界に向けて送り出すように。
掌を前に向け、迸る炎を穿つ。
「おお、ほんとに熱くない。それに他も燃えてねぇな」
「うまくいって良かった。それに今回は抵抗感がなかったです」
「あれは最初だけだからな。でも、流れる闘気の量が少なすぎたら普通に掻き消えるぞ」
「あ、ほんとだ」
試しに半分くらい減らしてみれば、炎は次第に弱まりやがて消えていった。
確かな達成感と共に、この間の感覚との違いに首をひねる。
「あんまりこう、高揚感っていうんですかね。この間はそれがあったんですけど、今回はなかったです」
「ああ、あれな」
「知ってるんですか?」
「知ってるというか、纏いを使える奴なら絶対知ってるぞ。俺もそこまで詳しくないんだが、知ってるやつ曰く、世界との融合ってやつらしい」
「世界との融合?」
レオンは全く分からないと言うばかりに反芻した。ヴィクトルも頭をひねりながら、
「世界の現象そのものになるとかなんとか。ともかく、その高揚感に任せっきりにすると自分が消えるんだと」
「もしかして、危なかったんですかね」
「焼け焦げてたやつが何言ってんだか」
「うぐっ」
「そういうヴィクトルも、あまり褒められたものではなかったけどね」
「うぐっ……って、なんでここに」
痛い所を突かれたとレオンが顔をしかめると、背後からヴィクトルへ攻撃が刺さる。レオンが振り返ると、
「やあ」
「侯爵様!?」
ニコリと笑みを浮かべる侯爵、ハイドがいた。
先に出発していたと聞いていたが、侯爵様は何事もなさそうだ。
「久しぶりというほどでもないか。アリアから聞いたけど、アリアを守ってくれたそうだね。私からも感謝を」
「いえ、当然のことをしたまでです」
「さすがに言うことが違うね。どこかの誰かと違って」
「あの、俺が悪かったんで。もう勘弁してください」
ヴィクトルはバツが悪そうに頬をかいている。
さすが侯爵様である。
「まあ、からかうのはほどほどにしておいて。なぜ私がここにいると思う?」
「散歩、とかですか?」
「それも悪くないけど、あいにく今は忙しいんだ。周囲に混乱を起こさないための手配と、ついでに君の意見を聞いておこうと思ってね」
「俺の意見?」
レオンは頭をひねったが、特に思い当たることはない。ハイドの表情を見ても、相変わらずニコリと笑みを浮かべたままだ。あれ?
「傷が消えてる?」
とっさに口に出てしまったが、あまりよくなかったかもしれない。ハイドは表情を崩さずに、
「ああ、そういえば君には見せていたんだった。普段は隠してるんだ、というわけで君もこのことは内密にね」
「はい!」
目元にあった傷をなぞるようにして示したハイドに、レオンはちぎれんばかりに首を振った。
レオンはこれまでの人生で学んだのだ。
偉い人の秘密など、知っていても厄介なだけだと。
「まあ、それは置いておいて。君の意見というのはね、騎士になる気はあるかということだよ」
「……え」
昨日抱えたばかりの難題を、いきなり突きつけられたのだった。




