交錯する思い
燃えて、燃えて、燃え尽きた先は、何もない真っ白な空間。そこには影も、太陽もなく、ただただ空間が広がっていた。
前に進めと脳が叫ぶ。
何もない空間を歩けば、そこには真っ白で大きい階段。
段差の見分けがつかなくて、転んでしまうのではないか。そんな疑問が思い浮かぶ。
でも、どうしてか体は軽い。風に運ばれる木の葉のように。
ふわふわとする地面を蹴って、階段を上ろうと、
「あれ?」
地面がなくなった。そう表現するしかない出来事だ。
今度は真っ暗で、何もない空間を落下し続けている。
「――あれは……」
真っ暗な中で並び立つ銀の光。その片方から手が伸びてきて、体をつかまれる。
柔らかな温かみを感じさせる手は、やがて銀の光の中に自分を引き込んで――
「――ここは」
知らない天井だ。
体を包み込む温かい感触はもうない。その代わりに、手を握られている感覚があって、
「アリア様?」
「――レオン」
「ここは一体、そうだ、あの後どうなって――」
「レオン!」
アリアはレオンの拳を強く握りしめる。涙を流しながら、握った相手がここにいるのだと確かめるように。心配させてしまっただろうか。肩を上下させるアリアに、レオンはそっと、片方の手を置いて、
「よかった」
「…………それは、私の方。レオンが生きててよかった」
「すみません、心配かけて」
「本当に、本当に心配した。体は治したのに、全然目覚めないから」
「俺にも分かりませんが、知らない世界を旅してきました」
「なにそれ」
アリアは少し怒ったように言う。
嘘ではない。でも確かに、心配していた相手が変なことを言い出せば怒るのも当然か。でも、先ほどまで見た景色を伝えようにも、こうして曖昧に伝えるほかない。
それに、今言うべき理由があるのだ。
「アリア様、ありがとうございます。俺が知らない世界からここに帰ってこれたのは、アリア様のおかげです」
「……私は何もしてない。けど、レオンのためになったのなら嬉しい。それでも、ありがとうを言うのは私の方。私を、守ってくれてありがとう」
「それは……いえ、はい。……なんだか照れますね」
その感謝は、本当に受け取っていいものだろうか。そんな気持ちが浮かんだ。アリアを守ったのは、アリアのためだけではない。それに、アリアを守れるのなら死んでもいいと動いた結果、アリアを泣かせてしまっている。
でも、今はその感謝を受け止めたいと思った。
「なんで照れるの。……ねぇ、レオン。お願いがあるの」
アリアは涙を拭いて、レオンの黒い瞳を見つめる。そしてアリアは、握っていた手をほどいて、腰かけていた椅子から立ち上がった。
息を吸って、吐いて、呼吸を整えて、
「これは、私が友達だとか、貴族だとか全部気にしないでほしい。断っても、今まで通り友達だから」
アリアが言うのなら、本当なのだろう。でも、それだけの前置きを置かなくても、アリアの頼みなら大抵のことは聞くつもりだ。
「なんですか?」
レオンに反して、アリアの唇は開くのを拒否しているかのように強く結ばれている。
一拍おいて、強く結ばれた唇が解かれた。目には、確固たる意志を込めて。
「私の騎士になってほしい」
レオンの中で先ほどの言葉が反芻する。
ヴィクトルを始め、カローラル家には多くの騎士がいると聞いた。それでも、その騎士たちが剣を預ける先は侯爵様だ。
「アリア様の騎士、ですか」
「そう。お父様じゃなくて、私の騎士。これからも私の傍で、私といてほしい」
「それは……」
レオンは黙った。
別に、アリアの騎士が嫌なわけじゃない。ただ――
「答えはまた今度聞かせて。――お願い」
「……分かりました」
今にも泣きそうな声でそう言ったアリアは、そのまま部屋の外に向かっていった。レオンは、アリアに握られていた温もりが残る手を見る。
満面の笑みのアリアの顔を思い浮かべて、目を閉じた。
――アリア様の騎士が嫌なわけじゃない。ただ、守るべき誰かの中で、アリア様が誰かではなくなってしまう。そうなった時、俺はどうするべきなのか。
結局、答えは思い浮かばなかった。
♦♦♦
――泣くな。泣くな。泣くな私。
分かっていたことだ。レオンの中で、私は特別じゃない。
友達だろうと、貴族の娘だろうと、もしくは初対面だろうと、レオンの中では守るべき誰かの一人にすぎないのだと。
レオンは手には収まらないほどの人を助けたいと言った。その中で特別など作ってしまえば、レオンは迷ってしまう。
この間だって、あれが私でなくても、レオンは自分の命を投げ捨ててその人を守っただろう。
勘違いをしてはいけない。
レオンにとって、あれはけじめだ。
レオンは私の近くにいたはずなのに、いつの間にか消えていて、炎が消えると黒焦げになっていた。
炎の中で私は何ともなくて、レオンだけが燃えていたのは、あれがレオンの償いだから。
レオンが優しいから、誰かのために誰かを助けてるんじゃない。レオン自身の償いのために、誰かを助けている。
私は、その最初の一人というだけにすぎないのだ。
これからも、私の命が狙われることがあれば、レオンは率先して守ってくれるだろう。その時他の誰かを守っていても、両方を守るために彼は命を燃やすだろう。
でもいやだ。それはいやなのだ。
私のために、他の誰かのために、レオンが死ぬことを私が許容できない。レオンはもう、私にとってかけがえのない大切な人の一人だから。
でも、レオンが遠くに行ってしまえば、私はどうすることもできない。
私の魔法も万能ではない。手の届かないところにいる人を助けることはできない。
でも、レオンの償いを私が邪魔することはできない。
だから、私の騎士になってもらって、ずっとそばにいてもらえばいいという浅はかな考えに至ってしまったのだ。もし断られても、友達という鎖を残す保険までしておいて。
「……最低、私」
レオンが纏いを使えるようになって、ヴィクトルに言われたときは思い至らなかったけど、纏いが使えるなんて広まってしまえば、レオンが私の傍からいなくなるかもしれない。
私の傍にいれば、私が治せるのに。今回みたいに、私が全部。いや、もうこんな危険な目にも遭ってほしくない。
本当なら部屋に縛って、もう決して、いつの間にか離れてしまうことなどないようにしたい。
けど、それもまたレオンへの裏切りになってしまう。
「私は、どうしたら……」
初めて会った時、レオンは私をすごいと言ってくれた。
ただ、それは今の私じゃなくて、お母様が生きていたときの私。
――もし私が、私に戻ることができたのなら、レオンは私の騎士になってくれるだろうか?
どれだけ悩んでも、答えは出ない。
でも、レオンの答えを聞けて良かった。
公爵家のパーティーが目前に控えた今、悩みっぱなしではいられない。
それに、レオンが離れると言っても、まだ先の話。それまでは、レオンがどれだけ傷ついても私が治せばいい。
「私、頑張るから」




