力の代償
森を巨大な光が包み込んだことで、辺り一帯の影が消えた。その影響はリーベの夢幻牢獄にも及び――
「――アリア様」
閉じ込められた場所で、服を血に染めたヴィクトルが影の支配から解かれていた。ヴィクトルはすぐに周囲を見渡し、
「あそこか」
森に入ってすぐくらいにある木の根元で、銀髪を揺らしながら叫ぶアリアがいた。すぐさまアリアの元に走ったヴィクトルは、その光景に目を見開く。
「――アリア……様」
そこには目を覆いたくなるような状態の人間がいた。体中が黒く染まり、炭化している。まだうっすらと息をしているが、今にも止まりそうなか細いものだ。
アリアは、その体にしがみついて、必死に魔法をかけようとしている。
身体的特徴と、アリアの反応からして――
「レオン、か?」
「ヴィクトル! 魔石をあるだけたくさん集めて! 魔力が足りない!」
ヴィクトルが零した声を拾ったアリアが、ヴィクトルに言った。薄青の眼に涙をためながらも、その目はまだ諦めていない。
状況の把握もまだできていない中で、アリアを護衛なしで放置するのはよろしくないが、
「分かりました」
すぐさま走った。自分が倒した三つ首の化け物の場所へ。
魔石は魔物の体を構成する、人間でいうところの心臓だ。潤沢な魔力を持つ魔石からは、魔法使いに必須の魔力が蓄えられている。ただ、黒犬のような雑魚個体からはほとんどとれない。
しかし、あの異常個体ならば、レオンとついでに周りの部下たちを治せるだけの魔力を持っているだろうと――
「あった」
灰が積もる中で、ひと際黒く輝く、大きな結晶。自分の片手には収まらない魔石を持って、ヴィクトルはアリアの元へ戻った。
「アリア様、これを」
「ありがと」
アリアは魔石に手を置き、もう片方の手でレオンに触れる。焦げ付いたレオンの体は、アリアの白い手を容赦なく熱するが、それでもアリアは顔色一つ変えずに魔法を行使した。
「お願い。治って――」
アリアの祈りが通じたのか、純白の光がレオンの体を包み込むと、黒く焼け焦げた体を徐々に元の姿へと塗り替えていく。
三十秒ほどだろうか、レオンは完全にいつもの姿を取り戻しており、傷一つない。
「……よかった。よかったぁ」
レオンの息が吹き返したのを確認したアリアは、縋りつくようにレオンに倒れこむ。
これで一安心だと、ヴィクトルも安心した時、
「こっちを見ろ!」
そこにいたのは、白衣を着た眼鏡の男。自らをリーベと名乗った小太りの男は倒れていた騎士の一人の首に刃物を突き立てている。
「お前は――」
「動くな。こいつを殺されたくなければ、おとなしく聖女をこちらに渡せ!」
血走った目で叫ぶリーベを前に、ヴィクトルは頭を掻いた。
そもそもの話として、護衛である騎士の命とアリアの命は等価ではない。とはいえ、部下が死ぬというのも後味が悪い。
というか面倒くさい。
先ほど影の牢獄の中で謎にこちらに殺意をぶつけてくる敵と、闘気を用いない戦闘をしたばかりなのだ。
最後は頭と胴体を切り離したことで決着と相成ったが、こちらも多少傷を負った。
「あ、そういや、借りがまだ返せてなかったな」
「ぐだぐだ言ってないで――」
「よし。断・乱舞」
「!――」
リーベの体は、一瞬にしてばらばらとなった。
「殺したのはまずったか?」
貴重な情報源を失ったかもしれない選択を悔やみつつ、まだレオンにしがみつくアリアに、部下たちを起こすように頼んだ。
「周囲の捜索、死体処理、共に終わりました!」
「おう、休め」
アリアが倒れていたヴィクトルの部下たちを起こすと、アリアの口からその後の状況を知らされた。
自分たちが倒れている中、まだ成人を迎えていない少年がたった一人でアリアを守りきったという事実。それを聞いてヴィクトルの部下たちは、まだしびれの残る体に鞭を打って、せわしなく働いた。
その間に、来る途中で別れた者も合流する。全員が集まると、ヴィクトルは休む間もなく働いている部下たちに休むよう命令して、自身もアリアとレオンのそばで休むことにした。
「アリア様、そんなに見つめても変わらないですよ」
「ヴィクトル……ううん、私はちゃんと傍にいないと。レオンが起きたときに私がいないと心配するから」
「まあいいですけど。ところでなんですが、レオンが炎を出したというのは本当で?」
「うん。レオンの体からいきなり炎が出て、私を守ってくれたの」
「はぇ……まさか、本当にできるようになるとは」
ヴィクトルは驚いたというように肩をすくめ、地面に座り込む。
ちょっと前に教えたばかりの纏い。自分が閉じ込められた魔法の維持のために、周辺の魔力が少なくなっていたのだろうが、それでもこの短期間で習得するとは。まぁ、一回使って死にかけてたら世話ないが。
それに、アリア曰く、森全体が炎に包まれるほどの範囲。空に届く炎。犬もどきの巨大な肉体を灰にするほどの火力。
いまごろ周辺の村や都市では騒ぎになっているかもしれない。
そして何よりも、レオンの纏いの現象が炎だということ。
「もっと他になかったのかね」
これから起こるであろう厄介ごとを前に、ヴィクトルは心の中でため息を吐く。
とはいえ、ヴィクトルに文句を言う資格がないのもまた事実だ。自分の実力をはき違えて、アリアを危険にさらしてしまった。これは、ヴィクトルの思うかっこいい姿とは程遠い。
「アリア様、ちょっといいです?」
「いいけど。何?」
「早めに囲っといたほうがいいですよ」
「どういうこと?」
「ちょっとしたアドバイスです。まあ、そのうち分かりますよ」
「?」
首をかしげるアリアに、ヴィクトルは含みを持たせた笑みを向けた。
ある種、自分の失態のおかげでレオンは覚醒したと言える。そのおかげで、自分の代わりにレオンをアリアの護衛に据えるという目的は、大きく前進した。
まあ、前進しすぎて崖に落っこちてしまいそうだが。
「侯爵様も大変だな、こりゃ」
アリアには聞かれぬように小声で呟きながら、最近になって以前のような元気を取り戻したような義兄を思う。
炎の纏いを扱う者は、引き継がれている歴史の中では一人しかいない。
初代国王、クライベル・エル・トルマン。
かつての三英雄の一人であり、人間が存続の危機に陥った時、魔物の軍勢を焼き尽くした人物。たった一人で今の王国の版図を取り戻した伝説は、今でも語り継がれている。
そんな伝説上の人物と似た力を持ったらしいレオンと、同じく聖女の力を引き継ぐアリアが同時期に、同じ場所で引き合わされるとは、なんという運命だろうか。
「でもまぁ、俺の方が強いな」
師匠として、弟子に負けるわけにはいかない。
名声はともかく、実力は。
とはいえ、帰ったら鍛え直そうと思うヴィクトルだった。




