第5話 「数万程度のイレギュラーなら、シフト制で処理します」
「──緊急事態だ! 中野エリア周辺の野良ダンジョンが連鎖崩壊! 」
「数万の魔物が地上へ溢れ出すぞ!」
神宮寺のギルドが監査によってBAN処分となった、わずか数日後のことだ。
業界最大の防波堤が藻屑と消えた結果、周辺の魔力ストリームが完全崩壊。
中野の街を飲み込まんとする、超大規模氾濫が発生した。
ダンジョンの外からは、街に鳴り響くサイレン。
避難を急ぐ住民たちの悲鳴がオフィスまで聞こえてくる。
「ひ、ひえええ! 終わった! 数万の魔物の群れがこっちに向かってくるぞ!」
「サウザンド・レイズの残党どもは『気合いで特撃しろ!』って突撃して、一瞬で全滅したらしい!」
中野ダンジョンの入り口に避難してきた日雇い冒険者たちが、ガタガタと防具を鳴らして絶望に顔を歪めていた。
精神論の残党どもがデータも見ずに特攻して自爆したか。
非効率の極みだな。
「レイジCEO、周辺の防衛ラインは全て決壊! 」
「魔物の第一波、約五千がこの中野ダンジョンのエリア内へと侵入します!」
エミカが真っ赤な髪をなびかせ、大剣を引き抜いて俺の前に進み出た。
その瞳には折れない闘志が宿っているが、さすがに数万の敵を前に微かな緊張が読み取れる。
だが――。
俺はデスクのノートPCに向かい、いつも通り淡々とタイピングを続けていた。
「轟さん、落ち着いてください」
「すべては過去の行動ログから導き出した計算の範疇です」
「え……計算、ですか?」
「ええ。周辺ギルドが崩壊した際の魔力ストリームの逆流、および魔物の進軍ルート。──一週間前から、すべて頭の中の“スプシ”で予測変換済みです」
「単なる『予測可能な大型システムエラー』に過ぎません」
俺はノートPCの画面をエミカと日雇い労働者たちに向けた。
そこには、中野ダンジョン上層の全エリアが、無数の『セル』として完璧に管理された防衛マップが映し出されていた。
「これより、中野ダンジョン防衛プログラム『全自動素材回収ラインver2.0・スタンピード対応版』を起動します」
俺が静かにエンターキーを叩いた、その瞬間だった。
地響きと共に、街を破壊してきた数万の魔物の群れ──
オークやアーマーベアの津波が、ダンジョンの入り口へと一斉に雪崩れ込んできた。
「うわあああ! 来たぞ!」
冒険者たちが悲鳴を上げる。
だが、魔物たちはダンジョンに足を踏み入れた瞬間、奇妙な動きを見せた。
バラバラに暴走していたはずの数万の群れが、俺があらかじめ配置変更しておいた『魔力誘導壁』の強力な磁場によって、まるで自動改札口に吸い込まれる通勤客のように、綺麗に一列に整列させられていく。
さらに、俺が通路の角度を再計算して設置した『地形トラップ』により、魔物たちは自ら進んで、身動きの取れない狭い一本道へと押し込められていった。
「な、なんだこれ……!? 」
「魔物どもが勝手に整列して、身動きを止めていくぞ……!?」
「ここからです」
俺はコーヒーの入ったマグカップを手に、避難してきた冒険者たちを振り返った。
「さて皆さん。これより『残業代支給対象』の特別防衛業務を開始します」
「机の上にシフト表を置いておきました」
「シ、シフト表……!?」
「ええ。敵は一列に並んで完全に無力化されています」
「前から順番に、安全圏からスキルを叩き込むだけの簡単なお仕事です」
「肉体疲労度を考慮し、三十分ごとの『完全シフト交代制』とします」
「休憩時間はエアコンの効いた休憩室でドリンクバーをお楽しみください」
「ちなみに、一分単位で時間外手当が出ます」
と、俺が付け加えた瞬間、労働者たちの目が一変した。
「おい、これ……命がけの戦争じゃねえ! ただの『超高効率の残業代稼ぎ』だ!」
「前線が安全すぎて、ただの工場稼働にしか見えねえぞ! 」
「よっしゃあ!残業代稼がせてもらうぜ!」
パニックに陥っていた冒険者たちが、今や笑顔で武器を構え、シフト表の通りに整然と配置についていく。
身動きの取れない魔物の群れに対し、一分の隙もない交代制のスキル波状攻撃が叩き込まれた。
ズガガガガガガガガガ!
凄まじい音と共に、数万の魔物の津波が、ただの『素材の山』へと安全かつ高速に処理されていく。
エミカもまた、保安チーフとして要所に立ち、ラインを決して崩さない絶対的な防衛機構として、最小限のスタミナで大剣を振るっていた。
命をかける必要などない。
戦争だろうが、大規模災害だろうが、適切な人員配置とシステム構築さえ行えば、ただの「効率的な工場稼働」へと変貌するのだから。
ジィイイイン……
中野の街に、十七時を告げる定時退勤のチャイムが響き渡る。
その瞬間、ダンジョンの奥から、今回のスタンピードのバグの原因となった超巨大な親玉──「災厄級ロードオーク」が姿を現した。
「ギガァアアア!」
凄まじい威圧感。
だが、俺は腕時計の針をピシャリと指した。
──十六時五八分。
「定時まであと二分です。轟さん、オーラスの一撃を」
「定時退勤の邪魔は許しません」
「──承知しました! 残業時間、〇分で処理します!」
エミカが最高出力の魔力を大剣に収束させ、跳躍した。
夕方のチャイムの音を置き去りにするような神速の一撃が、災厄級の首を一瞬で刎ね飛ばす。
ズウゥゥゥン!!
巨体が崩れ落ちると同時に、俺たちは二人揃って退勤のタイムカードを美しくカチャリと押した。
数万の災害すら定時内で処理しきったログを頭の中のスプシに刻みながら、俺は今日もスマートに私服へと着替えるのだった。
だがしかし、この圧倒的な『数字』を前にしてなお、すべてを失った老害たちが現実を受け入れられず、システムへの「物理的な不正アクセス」を企てている行動ログを、俺の“スプシ”はすでに検知していた。
──続く。
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【中野ダンジョン・本日の業務報告】
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・防衛実績:周辺スタンピードをシフト制にて完全デバッグ
・本日の営業利益:34,200,000ゴールド
※災害規模の魔物素材を一括回収したことによるインフレ報酬
・CEOレイジの残業時間:0分(定時退勤)
・保安チーフエミカの残業時間:0分(定時退勤)
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