第4話 「ログは、すべて蓄積されています」
「──おい黒野。国営『中野ダンジョン』の管理権限を、今すぐ我が社へ譲渡してもらおうか」
神宮寺が捨て台詞を残した翌週。
中野ダンジョン法人の最高経営責任者オフィスに、再びあの老害総帥が乗り込んできた。
だが、今回は一人ではない。
神宮寺の隣には、高級なスーツに身を包み、いかにも傲慢そうな態度で鼻を鳴らす中年の男が立っていた。
「……何かご用でしょうか、神宮寺総帥。そちらの『データ不足』そうな方は?」
俺はデスクのノートPCから視線を上げず、淡々とキーボードを叩く。
「フン、相変わらず無礼な小僧だ。こちらはダンジョン管理協会の副会長、大河原氏だ!」
神宮寺がふんぞり返る。
大河原という男は、これみよがしに国が発行した『ダンジョン査察・特別執行令』の書面を俺のデスクへ叩きつけた。
「君が、黒野君かね」
「中野ダンジョンの『ホワイト化』とやら、色々と噂は聞いているよ」
大河原は冷酷な笑みを浮かべ、ねっとりとした声で言った。
「しかし、ダンジョンは国の重要資源だ。それを『サウナ』だの『ドリンクバー』だの、お遊びの場に変えるなど言語道断」
「協会は君の管理能力を疑問視している」
「よって本日付で君を更迭し、ダンジョンの全権を、実績のある『サウザンド・レイズ』へ委託することに決定した」
なるほど。
過去の行動ログから導き出したシミュレーション通りだな。
『役人への根回し』──お得意の権力による強奪だ。
「おいおい、聞いたかよ? このダンジョン、あのブラックギルドに買収されるらしいぞ……」
「嘘だろ、せっかく定時で帰れて稼げるようになったのに、またあの地獄に戻るのかよ……っ!」
オフィスの外で聞き耳を立てていた日雇い冒険者たちから、絶望に満ちたざわめきが漏れる。
「ガハハハハ!見たか黒野! これが本物の『大人の戦い方』だ!」
神宮寺が新しい葉巻に火をつけ、勝ち誇ったように煙を吐き出す。
「お前がいくら数字を弄ろうが、国を動かす俺の『根回し』の前には無力なんだよ!」
「 エミカも連れ戻して、また死ぬまで前線で働かせてやるわ!」
俺の背後で、保安部チーフの笑歌が怒りに大剣の柄を握りしめた。
だが、俺はそっと手を挙げて彼女を制し──
静かにノートPCのエンターキーを叩いた。
「大河原副会長」
俺は初めて大河原の目を真っ直ぐに見据え、冷淡にタブレットの画面を提示した。
「我が中野ダンジョンの更迭理由として『管理能力の不足』を挙げられました」
「現在の法人の純利益は、あなたがたが癒着している『サウザンド・レイズ』の八倍です」
「これのどこが不足ですか?」
「くっ、うるさい! 利益の問題ではない、伝統と規律の話だ!」
大河原が顔を引つらせて怒鳴る。
「では、規律の話をしましょう」
俺はタブレットの画面をフリックし、別の“スプシ”を開示した。
【国家ダンジョン協会・監査ログ:通信解析】
・発信元:サウザンド・レイズ総帥室
・受信元:大河原副会長・個人口座
・フラグ:『裏金:金貨五百枚』(名目:中野ダンジョン譲渡の確約)
・付随データ:直近三ヶ月の『冒険者死亡数・データ改ざんログ』
「な……っ!? なんだこれは……!?」
大河原の顔から、一瞬で血の気が引いた。
「神宮寺総帥、および大河原副会長」
「あなたがたは重大な規律違反を犯している」
「サウザンド・レイズが業界ワーストの死亡率を隠蔽するため、協会のシステムデータを改ざんしていたこのログ」
「端的に言って、今回の中野ダンジョン強奪の『裏金』のやり取り」
「──すべて、世界の魔力循環をログとして扱う私の【魔力構造可視化】の網に引っかかっています」
「ば、馬鹿な……! そんな裏データ、一般の職員がアクセスできるはずが──」
神宮寺が葉巻を落とし、ガタガタと震え出す。
「世界の構造が数式で見えているなら、隠蔽されたログをサルベージすることなど初歩的な関数に過ぎません」
俺は冷酷に言い放ち、デスクのタイムカードの時計を見た。
──十六時五十五分。
「すでに、この『贈収賄およびデータ改ざんのログ』は、ギルド協会本部の最高監査局、ならびに国税庁の査察部へ一斉送信済みです」
「あと五分で、執行プログラムが作動します」
「な、なんだとォ!?」
その瞬間、大河原のスマートフォンと、神宮寺の端末が同時に、狂ったような警告音を鳴らし始めた。
──ギガガガガ!
『【警告】不正アクセスおよび重大な法令違反を確認。管理権限を凍結します』
「ひ、副会長職が……私のライセンスが剥奪された……っ!?」
「総帥、大変です! 本部から『サウザンド・レイズの資産差し押さえと業務停止命令』が出ました!」
神宮寺のスマホから、本部の秘書の悲鳴がスピーカー越しにオフィスへ響き渡る。
「精神論という名のデータ改ざんで肥え太った帝国の、これがデバッグです」
「感情ではなく、六法全書に従ってください」
「う、うわああああ! 俺の、俺のサウザンド・レイズが……っ!」
神宮寺はその場にへたり込み、大河原は「私は知らん!」と老害総帥を突き飛ばして逃げるように部屋を飛び出していった。
「レイジCEO……圧倒的です……っ!」
背後でエミカが、その美しい瞳を尊敬と興奮で輝かせていた。
外の冒険者たちからも「ざまぁみろ!」「ホワイト企業万歳!」と割れんばかりの大歓声が巻き起こる。
ジィイイイン……。
オフィスに、十七時を告げるチャイムが鳴り響いた。
「轟さん。お疲れ様でした。不審者の処理も終わりましたので、定時退勤です」
“保安チーフ”は嬉しそうに頷き、
「はい、レイジCEO! 今日も残業時間、〇分ですね!」
俺たちは今日も二人並んで、美しくカチャリとタイムカードを押した。
ブラックギルドの崩壊というログを頭の中の“スプシ”に刻みながら、俺はスマートに私服へと着替えるのだった。
だが、この時の俺はまだ予測しきれていなかった。
サウザンド・レイズという『業界最大の防波堤』がデータから消滅したことにより、周辺エリアの魔力ストリームが完全崩壊──。
中野の街を飲み込む、数万単位での“魔物の大氾濫”という『最悪のエラー』が秒読み段階に入っていることを。
──続く。
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【中野ダンジョン・本日の業務報告】
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・防衛実績:敵対ギルドの不当介入を完全排除(アカウント凍結)
・本日の営業利益:7,890,000ゴールド
※治安安定による日雇い冒険者の増員成果
・CEOレイジの残業時間:0分(定時退勤)
・保安チーフエミカの残業時間:0分(定時退勤)
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