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第3話 「職場の環境改善は、経営者の義務です」

 国営『中野ダンジョン』のCEOに就任して二週間。


 保安部チーフとして轟笑歌とどろき・えみかをヘッドハンティングした我が法人の快進撃は、とどまることを知らなかった。


「……よし、セーフティエリアの拡張工事、及びインフラ敷設がすべて完了したな」


 俺は中野ダンジョン五層──


 かつては多くの低ランク冒険者が命を落とした中層の境界線に立ち、ノートPCのエンターキーを叩いた。


 瞬間、薄暗く不気味だった石造りの広場に、パッと眩い光が灯る。


 魔力ストリームから電力を供給する自家発電式LED照明。それだけではない。


「レイジCEO! エアコンの室外機ユニットの設置、完了しました!」


 赤髪をポニーテールに結んだエミカが、大剣を片手に、もう片方の手で最新型の業務用エアコンを軽々と担いで走ってきた。


 【一週間前まで過労死寸前だったエースの肉体疲労度:〇%】

 

 完全週休二日と定時退勤、および高品質な社食の成果が完全にデータに表れている。


「ありがとうございます、轟さん」


「これで五層セーフティエリアの『環境改善クリアランス』は完了です」


 俺たちが構築したのは、冒険者の常識を覆す『前線基地』だった。


 魔物の湧き座標をズラして安全を担保した広場には、

 ・常時接続可能な超高速『魔力式Wi─Fi』

 ・設定温度22度固定の『冷暖房(エアコン)

 ・HPと魔力を急速回復させる『ポーション(ドリンク)バー』

 ・状態異常を完全除去する『回復室サウナ


 これらがすべて完備されている。


「す、すげえ……なんだよこれ、ここダンジョンの中だぞ……?」


「冷えてる! 麦茶がキンキンに冷えてやがる……っ!」


 下層から命からがら逃げてきた日雇い冒険者たちが、天国を見つけたかのようにエリアへ転がり込んでいく。


 彼らはドリンクバー形式の“ポーション(スポドリ味)”を貪るように飲み、スマホで動画を見ながら涼み始めた。


 命がけの冒険? 泥臭いサバイバル?


 非効率極まりない。


 適切な休息バッファのない現場は、生産性を著しく低下させるだけだ。


 さらに、エリアの中央には巨大な電子掲示板を設置した。


 俺の固有スキル【魔力構造可視化スプレッドシート】で解析した、一分単位の『魔物リスポーン予報』だ。


【中野ダンジョン・五層:魔力予報】

 ・14:15〜14:30:ゴブリン群(警戒度:低)


 ・14:35〜14:50:オーク発生確率8%(安全時間帯)


 ※15:00より防衛機構の定期デバッグ(清掃)が入ります。


「予報通りにいけば、あと十分はオークが来ねえ! 今のうちに素材回収だ!」


「シフト交代の時間だ、俺は回復室サウナに行ってくる!」


 冒険者たちは、まるでテーマパークの待ち時間をアプリで確認するかのように、安全かつ効率的に稼ぎ始めた。


 結果として、中野ダンジョンの素材流通量は、俺が就任する前の暗黒期と比較して『四百二%』に爆増。我が法人の利益は青天井で膨れ上がっていた。


 要は、環境を整えれば労働者は勝手に最大のパフォーマンスを発揮する。


 経営者として当然の義務を果たしただけだ。


 だが、この中野ダンジョンの『ホワイト化』という名の異常事態は、当然、外の世界へもデータとして漏れ出していた。


──キキィッ!!


 夕方。


 定時退勤の準備をしていた俺の前に、一台の高級外車が急ブレーキをかけて止まった。

 

 ドアが乱暴に開け放たれ、中から現れたのは、顔を真っ赤に怒らせた巨漢。


 俺を無能と罵って解雇した、ブラックギルド『サウザンド・レイズ』の総帥──神宮寺剛だった。


「おい、黒野ォ!! お前、一体何をしやがった!?」


 神宮寺はトレードマークの葉巻をへし折り、俺の折りたたみデスクに掴みかからんばかりの勢いで怒鳴り散らした。


「……何か問題でも?神宮寺総帥」


 俺は視線すら上げず、淡々とタイピングを続ける。


「大問題だわ! うちのギルドの低ランク冒険者が、今週だけで一斉に登録を解除しやがった! 」


「どいつもこいつも『中野のバイトの方が冷房もWi─Fiもあって稼げる』だと!? 」


「おかげでうちの下層素材の回収ラインは完全にストップだ! 大赤字だぞ!」


 なるほど。転職ログ(データ)の通りだな。

 

 サウザンド・レイズから我が法人への『人材の流入』は、完全に指数関数的なグラフを描いていた。


「さらにエミカだ! あの不良品め、うちを無断欠勤したと思えば、なぜお前のようなゴミの隣にいる!?」


 神宮寺の濁った眼が、俺の背後に控えるエミカを捉えた。


 エミカは一瞬、過去のトラウマから身体を強張らせた。

 

 ──が、すぐに大剣の柄に手をかけ、神宮寺を鋭く睨みつけた。


「私はクビになったのです、神宮寺総帥」


「今の私は、中野ダンジョン法人保安部チーフの轟笑歌です」


「黒野CEOの安全を脅かすなら、元上司であっても容赦はしません」


「なっ……お前、あのサウザンド・レイズを裏切るというのか!? 」


「冒険者のプライドはないのか! 泥をすすり、死線を越えるロマンを忘れたか!」


 神宮寺が喚き散らす。


 周囲の日雇い冒険者たちが不安そうにこちらを見つめた。

 

 だが、俺は静かにノートPCをパタンと閉じ、カバンに収めた。


「神宮寺総帥。あなたの言う『ロマン』とやらの途中ですが」


 俺は腕時計の針を示す。


 ──十六時五十五分。


「あと五分で定時です。無駄な時間外交渉(残業)に付き合う気はありません」


「続きは後日、我が法人のオフィスで『データ』を元にお話ししましょう」


「な、ナメやがって……! 数字だけの無能が、気合いの入った本物の戦士たちに勝てると思うなよ!」


「……国営の分際で、いつまでもその席にいられると思うなよ!」


 捨て台詞を吐いて車に乗り込む老害を見送りながら、俺はタイムカードの前に立った。


 精神論という名のコストカットで肥え太った帝国が、データ不足で内側から崩壊していくログが、俺の頭の中の“スプシ”にはっきりと記録されていた。


 ちなみに、この老害総帥が、さらにこちらの利益を掠め取ろうと「役人への根回し」という最も愚かな悪手をデータ通りに指してくるのは、また数日後の話だ。


 ──続く。



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【中野ダンジョン・本日の業務報告】

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 ・施設更新:五層セーフティエリア(Wi─Fi、エアコン等完備)

 ・本日の営業利益:7,240,000ゴールド

 ※魔物予報による回収効率向上により過去最高を記録

 ・CEOレイジの残業時間:0分(定時退勤)

 ・保安チーフエミカの残業時間:0分(定時退勤)

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