第2話 「元S級冒険者は、定時退勤を厳守する」
国営『中野ダンジョン』のCEOに就任して一週間。
俺が構築した『全自動素材回収ラインver1.0』は、文字通り現場の常識を破壊していた。
「おい見ろよ、今日もゴブリンどもが勝手に滑り台を転がり落ちてミンチになってるぜ……」
「俺たち、ただ入り口のコンベアから流れてくる魔石を箱に詰めるだけとか」
「これで日当三倍とか、マジでバブルだな」
ダンジョン入り口。
日雇い冒険者たちが、エアコンの効いた休憩用テントで麦茶を飲みながら、ベルトコンベアを眺めている。
命をかける必要はない。
必要なのは、ラインが詰まらないように監視する『工場作業員』だけ。
吹き溜まりだった中野ダンジョンは、今や都内で最も安全な「高収入バイト先」へと変貌を遂げていた。
そんな中、俺は折りたたみデスクでノートPCを開き、次なるデバッグ作業に没頭していた。
固有スキル【魔力構造可視化】のグリッド線が、俺の視界に中野ダンジョンの下層データを映し出す。
「……やはり、エリアAの自動化だけでは片手落ちだな」
「下層から上がってくる魔力ストリームのノイズが大きすぎる」
この時点で、このダンジョンの最深部に眠る『巨大なバグ』。
その余波が、じわじわと上層のシステムにもエラーを吐き出し始めていたのだ。
抜本的な仕様変更が必要だが、そのためには下層の安全を確保する『強力なセキュリティ』が要る。
俺がキーボードを叩いていると、不意に、休憩所の冒険者たちがザワつき始めた。
「おい、おい見ろよ……あれ、『サウザンド・レイズ』の……」
「轟笑歌じゃないか!? なんでこんな落ちぶれた場所に……」
見れば、ダンジョンの入り口に、一人の少女が立ち尽くしていた。
燃えるような赤髪を一本に結び、身の丈ほどもある大剣を背負っている。
──轟笑歌。
俺の元職場である『サウザンド・レイズ』が誇る、最年少のS級冒険者。
そして、神宮寺の老害経営によって最も過酷に使い潰されていた──俺が前々から「真っ先に救済すべきデータ」としてマークしていた。
要はあのギルドの『最高資産』だった少女だ。
だが、今の彼女に、かつての天才剣士の覇気はなかった。
防具はボロボロで、何よりその瞳には、限界を超えて心が折れた人間の『絶望』が張り付いている。
「……ここが、国営の中野ダンジョンですか」
エミカは掠れた声で、俺のデスクへと歩み寄ってきた。
「私…神宮寺総帥に『お前はもう前線でエラーばかり吐き出す不良品だ。使い物にならん』と、ギルドをクビになりました」
「行き場がなくて……ここで日雇いの仕事をもらえると聞いて、来ました」
彼女の細い肩が、微かに震えている。
「どんな危険な肉壁でもやります」
「気合いと根性で、死ぬ気で戦いますから……どうか、使ってください……!」
痛々しい精神論。神宮寺に植え付けられた呪いだ。
俺は何も言わず、キーボードを叩いて、エミカの直近の戦闘ログを画面に呼び出した。
【轟笑歌・直近の戦闘ログ】
・大剣による一撃の最大出力:S級適正(異常なし)
・過去三ヶ月の連続出撃時間:平均18時間
・肉体疲労度:92%、精神エラー率:88%(過労死寸前)
不良品? 使い物にならない?
笑わせるな。ただの重度のオーバートレーニング、慢性的な睡眠不足だ。
「轟さん」
俺は冷淡に、タブレットの画面を彼女に向けた。
「あなたの剣技の軌道データを見ました。結論から言います」
エミカが、ビクッと身体を強張らせ、判決を待つ罪人のように俯く。
俺は淡々と告げた。
「あなたの無駄のないスイング、および魔力収束の効率は極めて美しい」
「我が中野ダンジョンが今後展開する『自動化ライン・最終防衛機構』として、最も誤差が少ない」
「──端的に言って、最高の人材です」
「……え?」
エミカが、信じられないという風に目を見開いた。
「神宮寺総帥は、あなたの最大出力が落ちたのを『根性が足りない』と判断したようですが、ただのキャパシティ超過です」
「週休二日を厳守し、適切な休息時間を設ければ、あなたは再びS級の出力を出せる」
「これは精神論ではなく、純然たるデータです」
「私が……最高の人材……?」
「ええ。ですので、あなたを我が国営法人の『保安部チーフ』として、基本給月八十万、さらに法定超えの時間外残業代を一分単位で全額支給」
「完全週休二日、有給消化率百%で正式にヘッドハンティングします」
「は、はちじゅっ……!?」
エミカだけでなく、周囲の冒険者たちからも「ブラックギルドの四倍以上の待遇じゃねえか!」と驚愕の叫びが上がった。
「ただし、条件があります。業務時間外の『居残り特訓』や『命がけのロマン』は一切禁止です」
「私の許可なく残業した場合は、ペナルティを科します」
「な、残業したらペナルティ……!?」
エミカは呆然と立ち尽くした。
今まで「死ぬまで働け」としか言われてこなかった彼女にとって、俺の合理的な評価と、徹底されたホワイトな条件は、世界がひっくり返るほどの衝撃だった。
「う、うあ……」
彼女の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出す。
初めて、一人の人間として、その価値を論理的に肯定されたのだ。
「私……働きます! レイジCEOの、あなたの絶対的な盾になります……!」
「 不良品なんかじゃないって、証明してみせます……!」
エミカが涙を拭い、俺の前に跪いて忠誠を誓った、その瞬間。
『──ギチギチギチギチギチッ!!』
ダンジョンの奥から、エリアAの自動化ラインでは処理しきれない、巨大なノイズ──『下層のバグ』によって変異した、通常の三倍はあろうかという巨大な「変異種アーマーベア」が姿を現した。
「うわあああ! なんだあのバグったサイズは! ラインを突破してくるぞ!」
日雇い労働者たちがパニックになる。
「レイジCEO、お下がりに!」
エミカが即座に大剣を引き抜き、俺の前に立った。
その構えはまだ、疲労で少しブレている。
「轟さん。初仕事です。今のあなたの体力での『最適解』を提示します」
俺はPCのエンターキーを叩いた。
「正面から斬り合う必要はありません。通路の座標(X:12、Y:30)に、今“再配置”した『重力倍加床』のスイッチがあります」
「そこへ敵を誘導してください」
「──承知しました!」
エミカが地を蹴った。
折れていたはずの彼女の心が、俺の『論理』という名の救いによって、圧倒的な熱量を持って再起動する。
エミカの誘導通りに床を踏んだベアが、通常の十倍の重力に圧し潰されて身動きを止め──
そこへ、寸分の狂いもなく作動した自動回転刃に吸い込まれていった。
ズウゥゥゥン!!
わずか五分で決着がついた。
「轟さん。お疲れ様でした。定時です」
十七時〇〇分。俺たちは二人揃って退勤のタイムカードを押すのであった。
──続く。
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【中野ダンジョン・本日の業務報告】
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・新規採用:1名(轟笑歌・保安部チーフ就任)
・本日の営業利益:5,890,000ゴールド
※エミカ就任による下層素材の試験回収分を含む。
・CEOレイジの残業時間:0分(定時退勤)
・保安チーフエミカの残業時間:0分(定時退勤)
・人身事故・死亡者:0名(完全無災害)
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