第1話 「データアナリスト、ブラックギルドを定時退勤します」
流行りに乗ってみます。(今更)
大体、二万字あたりの中編で構成してみます。
「──おい黒野。お前、明日からもう来なくていいよ」
国内最大手冒険者ギルド『サウザンド・レイズ』の総帥室。
高級な革椅子に深く腰掛けた神宮寺剛は、葉巻の煙を吐き出しながら冷酷に告げた。
その手元にあるのは、俺が昨日提出したばかりの『ダンジョン運営効率化に関するA4・五十枚の提案書』だ。
「……解雇、ということでしょうか。理由を伺っても?」
俺──黒野怜司は、感情を動かすことなく淡々と問い返した。
「理由? そんなものお前のその『態度』だよ!」
神宮寺が机を激しく叩く。灰皿がガタガタと音を立てた。
「我がギルドのモットーは『気合いと根性、命がけのロマン』だ!」
「なんだこの提案書は? 『前衛の生存率を高めるため、ポーションの配備数を三五%増やすべき』? 『ダンジョン突入周期をシフト制にし、週休二日を厳守せよ』? 」
「馬鹿馬鹿しい!!」
神宮寺は提案書をゴミ箱へ投げ捨てた。
「冒険ってのはなァ、死線の向こう側で限界を超えるからこそレベルが上がるんだよ! 数字だけ弄って安全に稼ごうなんて甘えだ。お前のような根性のないデータアナリストは、我がギルドには必要ない。現場の戦士たちからも不評なんだよ。『戦いもしない裏方が偉そうに指示を出すな』ってな」
現場の戦士たち、か。
俺の脳裏には、彼らのデータが浮かんでいた。
【サウザンド・レイズ・直近三ヶ月のデータ】
現場冒険者の平均睡眠時間:四・二時間
重軽傷者発生率:七八%
死亡率:一二・四%(業界ワースト)
精神論という名のコストカット。
若者を使い潰して得た利益で、この老害総帥は高い葉巻を吸っている。
「分かりました」
俺は一礼した。
「データに基づかない経営は、いずれ破綻します」
「──では、定時ですので失礼します」
「おい待て! 捨て台詞のつもりか! 」
「どこへ行こうとお前のような無能、拾うギルドなどあるわけ──」
怒号を背中で受け流し、俺は総帥室を後にした。
引き止められることもない。
俺の固有スキル【魔力構造可視化】は、周囲からはただの『計算が得意なだけの無能スキル』だと思われていたからだ。
翌日。
俺はハローワークを通り過ぎ、ある公募の面接会場へと向かった。
国が管理を諦めかけ、万年赤字で放置されている超危険ダンジョン──
国営『中野ダンジョン』の最高経営責任者の募集だ。
予算は格安。誰もやりたがらない死地。
だが、事前に入手したそのダンジョンの魔力ストリームを見た瞬間、俺のアナリストとしての血が騒いだ。
「あそこは地獄だぞ? 本当にやるのかね」
面接官の役人は哀れみの目を向けてきたが、俺は即答した。
「はい。労働環境のホワイト化と、利益の最大化をお約束します」
こうして俺は、初日から唯一の職員として、国営ダンジョンのCEOに就任した。
就任当日。中野ダンジョンの入り口。
そこは、神宮寺のギルド以上に荒廃した現場だった。
「おいおい、新しい責任者ってのは、その優男かよ?」
声をかけてきたのは、ボロボロの防具を着た日雇い冒険者たちだ。
国営ダンジョンは、行き場を失った低ランクの冒険者が命を削って素材を拾う。
そんな吹き溜まりのようになっていた。
「今日も死人が出るぞ」
「奥のエリア、魔物の湧き周期がバグってて、進んでも進んでもゴブリンが無限湧きするんだ」
「あんなの、気合いで突撃するしかねえよ……」
彼らの顔には絶望と疲労が張り付いている。
だが、俺は武器すら持たず、ダンジョンの入り口に折りたたみデスクとノートPCを設置した。
「皆さん、今日の突入は中止です。ここで待機していてください」
「はあ!? 何言ってんだ、日銭を稼がねえと干からびちまう!」
「安心してください。日当は全額補償します。私のポケットマネーから」
どよめく冒険者たちを無視し、俺はノートPCを開いた。
固有スキル【魔力構造可視化】を発動する。
キィン、と頭の奥で音がした。
俺の視界が一変する。
薄暗いダンジョンの通路が、無数の『セル』に分割され、魔力の流れがすべてデジタルログとして流れ込んできた。
【中野ダンジョン・エリアA-1】
・魔力ストリーム:異常(バグ発生中)
・座標 (X:105, Y:44) にて魔力構造の「淀み」を確認
・ゴブリンの湧き周期:0.02秒(無限ループ状態)
なるほど。
神宮寺の言う「命がけのロマン」の正体はこれか。
ただのシステムエラーだ。
仕様書通りに動いていない故障を、人間が根性でカバーさせられていただけ。
「……構文エラーだな。ならば、ここをこう」
俺はカタカタとキーボードを叩く。
武器はいらない。
世界の構造が数式で見えているなら、ほんの少し変数を書き換えるだけでいい。
俺は日雇い冒険者たちの中から、土木魔法が使える数名を呼び寄せた。
「そこの三人、私の指示する通りに地面を削ってください」
「まず、この通路の傾斜角度を──『三度』変更」
「え? 三度? そんな微調整で何が変わるんだよ」
「いいからやってください。次に、あそこの壁の窪みに、この『風の魔石』を設置」
彼らは首を傾げながらも、指示通りに土木魔法で通路を削り、魔石を埋め込んだ。
「これで、デバッグ完了です」
俺がエンターキーを静かに叩いた、その瞬間だった。
『ギャアアアアア! 』『ギィイイイイ!』
ダンジョンの奥から、無限湧きした数百匹のゴブリンの群れが猛烈な勢いで走ってきた。
「うわあああ! 来たぞ! 迎撃しろ!」
冒険者たちが武器を構えて悲鳴を上げる。
だが、俺はコーヒーの入ったマグカップを手に、動かない。
「大丈夫です。見ていてください」
突進してきたゴブリンの群れが、俺の変えた『三度の傾斜』に足を踏み入れた。
その瞬間──。
通路に仕掛けられた「風の魔石」による突風と、絶妙な傾斜のせいで、ゴブリンたちはバランスを崩し、まるで滑り台を転げ落ちるように一箇所へと滑り落ちていった。
そこは、元々残置され作動不良を起こしていた、
「侵入者を切り刻むための、自動回転刃」の真上だ。
俺が修理したことで、罠が正常に作動した。
さらに……
その先にある動く床の床板を組み替え、即席のベルトコンベアに改造しておいた。
ズガガガガガガガガガ!
凄まじい音と共に、奴らが一切の抵抗もできず、次々とミンチにされていく。
ジィイイイイ……。
コンベアが静かに回り始める。
運ばれてくるのは、綺麗に仕分けされた『ゴブリンの魔石』と『素材の牙』の山だ。
それは自動的に、入り口の回収ボックスへと次々に放り込まれていった。
「……え?」
日雇い冒険者たちが、武器を構えたまま硬直した。
一歩も動いていない。誰も傷ついていない。血の一滴すら流していない。
ただ、通路の角度を三度変えただけで、世界を恐怖に陥れる魔物の群れが、全自動で『素材』へと変換されていく。
「な、なんだこれ……俺たち、何もしてないぞ……?」
「魔石が……勝手に集まってくる……」
腰を抜かす冒険者たちに向き直り、俺は腕時計を見た。午後五時ちょうどだ。
「お疲れ様でした」
「本日の『全自動素材回収ラインver1.0』の稼働テストは終了です」
「回収された素材は皆山分けにしてください」
「通常稼働の三倍の利益にはなるはずです」
俺はノートPCをパタンと閉じ、カバンに収めた。
「では、定時ですので私はこれで失礼します」
「完全週休二日制ですので、次は月曜日にお会いしましょう」
「安全第一で退勤してください」
呆然と立ち尽くす冒険者たちを置き去りにし、俺はタイムカードを押した。
ブラックギルドを追い出されたデータアナリストの、本当の『効率化』はここから始まる。
ちなみに、俺も後ほど知ることになるのだが…。
この『中野ダンジョン』の最深部には、前任のCEOたちを全員狂わせた、
国家予算級の『最大の巨大バグ』が眠っている。
――続く。
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【中野ダンジョン・本日の業務報告】
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・魔物討伐数:342匹(無限ループ停止により適正化)
・人身事故・死亡者:0名(完全無災害)
・本日の営業利益:4,120,000ゴールド
※日雇い冒険者への分配・諸経費を差し引いた営業利益
・CEOレイジの残業時間:0分(定時退勤)
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