第一部 第4章 中央神殿
7/10 第十四章まで完了。
2026.09.27
一部修正。
馬車と並行して上り坂を進む。
リオンは、歩きながら退屈していた。
「ねえ、ガレス、ずっと黙って歩いてるのって、たいく…」
と、一瞬、視界が白く光った。
リオンはその場で目を瞑って立ち尽くす。
気付いたガレスは、リオンに声を掛けようと半歩踏み出した。
そのとき、まるで呼応するかのように、馬車を引く二頭の馬が棒立ちになり、神経質そうに鼻を鳴らした。
「?」
「どうし…」
声が終わらないうちに。
ガガガガガッ!
大きな横揺れが起こった。
ヒヒ、ヒヒーンッ!
馬たちが後足で立ち上がって嘶いた。
「どうどう」
「落ち着け」
ユルトとガレスが手綱を引いて馬を宥める。
「リオン、離れて」
エリシアがリオンの手を引いて、馬車から引き離した。
「馬はとても神経質な生き物なの。今の揺れで怯えているのよ。蹴られたら危ないから、こういう時は近づかないように」
男二人が馬を宥めている間、リオンは「動物たちが不安がってるのに、人間は何とも感じないの?」と疑問に思っていた。
リオンは知らない。
今、この揺れが世界の中心にまで届いていることを――。
同じ頃。
中央神殿――その名の通り、世界の中心に位置する神殿だ。
その、中央神殿の最奥、白一色で統一された部屋に、ひとりの少女が眠っている。
しかし、百年の歳月を寝台の上で眠り続けた少女は、苦悶の表情で荒い呼吸を繰り返していた。
「まだ落ち着かないのか?!」
ざわつく室内で、一人の老神官が神経質な声を上げた。
「各地で柱が倒れています。ミリヤにかかる負担が増しているからでしょう」
眠る少女――ミリヤの体を調べていた神官が答えた。
「そんなことは解っている!倒れた柱の代わりはまだなのか!ミリヤを失えばどうなるか…!」
老神官はひとり、喚いている。
少女の寝台の周囲を落ち着きなく歩き回る老神官を、他の神官たちは半ば無視していた。
「この百年、なんとか均衡を保ってきたというのに…何故急にこんな事態になるんだか」
ぼやき続ける老神官を無視して、他の神官たちは慌ただしく部屋を出入りしていた。
「ぐっ…!」
突然、ミリヤが呻いた。
次の瞬間――
ガガガガガッ!
足元から突き上げるような揺れが起こった。
「あああー!」
「何だ?!」
「地震か!?」
方々で声が上がる。
「なんてことだ!これ以上待っていられん」
揺れが収まるや否や、老神官は足早に立ち去ってしまった。
他の神官たちは、ミリヤの様子をくまなく調べる。
「変化なし」
「周辺の被害状況と他の柱の状況を調べろ」
部屋の緊張は高まっていた。
夜。
昼間の地震から体がふわふわする感覚が抜けないリオンは、「体調がすぐれない」からと早々と就寝した。
規則正しい寝息が聞こえてきたのを確認して、ガレスが話し始めた。
「中央神殿は、この地震をどう捉えているんだ?」
ちらとユルトを見やってエリシアが答えた。
「『各地で柱が倒れている』と。それによって魔力が不足し、世界が不安定になっていると考えているようです。地方には『柱の代わりを提供せよ』と指示が出されています」
スープを啜りながら、ユルトがガレスに聞いた。
「なあ、この子が十五年前の赤子なら、柱の候補ではないだろう?『存在しないものとして見過ごせ』と西の神官長に言われたんだ。出生記録は存在しない」
「ユルト、中央神殿には強力な柱がいる。リオンはその柱と並ぶ素質を持っているかもしれない。だが――」
そこまで言ってガレスは鋭く周囲を窺った。
そして声を潜め言い切った。
「柱にはしない。神殿に利用させるつもりはない」
エリシアが後を受ける。
「私は、ラーソン村のリオンという少年を保護するように言い付かっています。『保護』の目的が何かは聞いていませんが、『柱候補を連れてこい』とは言われていません」
「神官が逃亡するのはままある事ではあるがあな。身元を隠してどこかで生活してるのはいても『存在しないもの』とまで言われたのは、後にも先にもあの時だけだ。十五年前、中央神殿で何があったんだ?一緒に保護した女神官はどうした?」
ユルトの問いにはガレスは答えなかった。
無言のまま、時間だけが過ぎて行った。
純白の世界を漂う――
ふわふわと浮いているような、落ちているような、なんとも判別つかない感覚にリオンは目を覚ました。
感覚として目を覚ましたのだが、目に映るものがおかしい。
辺りは純白の――闇。
光も影も存在しない。
静かに、全身の神経を研ぎ澄ませる。
右手の平に、魔力を集める感覚を意識した。
ふいに、純白の世界に小さな点が現れた。
ふわふわと、ただ「近づこう」と意識する。
点は次第に大きくなっていく。
純白の世界に溶け込まない、異質な白。
それは天蓋のかかった真っ白い寝台だった。
この白い空間で、はじめて自分以外の存在を感じてリオンは歓喜していた。
寝台を前に、理由のわからない興奮を感じる。
刹那――。
「――!!」
頭を殴打されたような、激しい痛みが襲った。
リオンは天蓋に手をかけ、そのままずるずると崩れ落ちて行った。
リオンは目を開けた。
眼前に満点の星空が見える。
「大丈夫か?うなされていたぞ」
ガレスの姿を認め、リオンは安堵した。
「大丈夫です」の一言だけで、無意識に額を抑えるリオンを見て、ガレスはエリシアに声をかけた。
「少し、診て欲しい」
エリシアは頷いて、近づいてきた。
「不自然な魔力の『揺らぎ』がありました。訓練の影響かもしれません」
エリシアは横たわったままのリオンの空いている手を取った。
リオンには握られた手から、ふわふわした温かいものが流れ込んでくるのがわかった。
「ああ、いい気持ち」
「魔力の流れがいいわね。随分疲労しているようだけど、無理せず休みなさい」
エリシアは、離した手でリオンの頭をひと撫でした。
リオンはまた、眠りに落ちていった。
その様子を見守っていたガレスが、エリシアに尋ねた。
「リオンは特別なのか?」
エリシアはちょっと首をかしげて答える。
「とても魔力の流れが良いです。でも、そういう人はたまにいるので、なんとも」
「中央神殿には知られないようにせんとな」
「今までは僻地にいたので、上手く隠してこれたのでしょう。神殿には、色の薄い人は沢山いますが、魔力の流れに敏い者は多いです。隠しきれるかどうか…」
座っていれば分かる程度に、小さく大地が揺れた。
「それでも、この子しか残されていない」
「まだ子どもなのに、世界を背負わせるのは…私は反対です」
「俺はもう、生贄を求める世界を終わらせたい」
「それは…私も同意です」
「俺たちはもう、見たくないんだ。神殿に連れてった子どもが死んでいく様を」
ガレスとエリシアが振り向いた。
仮眠を取っていたユルトが、決意の籠った目でこちらを眺めていた。
「この世界は、狂っている」
その声に、返事をする者はいなかった。
「ミリヤの魔力が飽和状態です!」
「どういうことだ?」
「原因は調査中。ですが、しばらくは潤沢に魔力供給が行えます」
「それならいい。とにかく、少しでも時間を稼げ」
白一色の部屋には純白の寝台。天蓋は下り、中の様子は僅かに透けて見える程度。
周囲の喧騒を無視して。
寝台で眠る少女は、穏やかに呼吸している。
その表情は、僅かに微笑んでいるようだった。
第一部は十四章までですが、全体を整えて修正を加えていきます。
途中、長くなったら章を分けるかもしれません。
公開が先か、校正が間に合うか…w




