第一部 第二章 隠されたもの
まだ第一部を書き終えていませんが、先行して投稿開始します。
(毎週土曜日、15:10予定)
2026.09.27
細部修正。
昼下がり。
リオンが剣を構えた瞬間に、地面が揺れた。
「うわっ!」
思わず叫びながらも、なんとかその場に踏みとどまる。
「リオン、大丈夫か!」
広場の入り口からガレスが駆け寄ってきた。
心配そうにリオンを見下ろす。
「リオン、今日の鍛錬は中止だ。お前に客が来ている」
こんな小さな村に来客とは珍しい。しかも、子どもを訪ねてくるとは?
なにがなんだかわからないまま、リオンはそそくさと片付けをすます。
ガレスは無言でリオンを村長の家に連れて行く。ただ、心配そうにリオンを振り返っただけだった。
村長の家の戸をガレスが開けた。
リオンは気が重いまま一歩を踏み出す。
リオンは、目を見開き息を吞んだ。
ここではリオンたち親子だけが持つ、肌の色が薄い人がいた。
栗色の長い髪を後ろで一つに束ね、見たこともないような真っ白いローブを纏っている。
その女性の緑の瞳は、静かに、だが観察するように、リオンを捉えていた。
「お前がリオンだな」
女性は、少しぶっきらぼうな口調で言った。
リオンは頷く。
「私はエリシア。コリトナー――西の神殿の神官だ」
神官――。
リオンは緊張で喉が渇く。
神官は御使いに仕える特別な存在で、ずっと神殿にいると思っていた。
母さんのように様々な奇跡を起こすことができる、世界を支える人たち。こんな辺鄙な場所に、直接訪れるなど考えられない。
同席している村長が横から口を開いた。
「リオン、エリシア様は遠路はるばる、お前に会いに来てくださったんだ」
「単刀直入に言おう。リオン、お前には魔力の素質がある。高い資質だ」
「…え?」
リオンは、自分の耳を疑った。魔力の素質――それは神官になれる?母さんのような…?
エリシアは懐から小さな箱を取り出した。
「信じられないのも無理はない」
そう言いながら、エリシアは小箱の蓋を開け、中身を皆に見せる。
「これは感応石。魔力を持つ者が触れると輝く。試してみなさい」
差し出された水晶に、リオンは恐る恐る手を伸ばした。
瞬間。水晶が眩しい光を放った。
「う?」
思わず手を引っ込めたリオンの視線の先で、水晶が発する青白い光は部屋中を照らしている。
ガレスが固唾をのむ音が聞こえた。
「なんて反応…」
エリシアから感嘆の声が零れた。
彼女は水晶を見つめ、それからゆっくりとリオンを見た。
「これほど強い資質を持つ者の話は、聞いたことがない…」
「どういうことなんですか?」
リオンは、混乱したまま尋ねた。
「おれは、ただの村の少年で…何の力も…魔術なんて使えないし」
「力がありながら、それを知らずに生きている者もいるの」
エリシアはまだ光を放つ水晶を仕舞いながら言った。
「選ばれる者に理由はない。血筋か、それとも運命か。理由が何であれ、力があることは証明された。そして今、その存在が必要とされている」
彼女は、険しい顔でリオンを見つめる。そして淡々と続ける。
「世界が崩壊してから百年。御使いは神殿を去り、世界を支える存在がいなくなった。このままでは、世界は完全に崩壊する」
「御使い…」
リオンは神話で聞いた名を口にした。
神が作り出した存在。十の神殿に封じられて世界を支えていたという、二十の使徒。
「そう。神話にはいくつもの真実が隠されている。百年前、神が怒って御使いを解き放った。それ以来、世界は不安定になった」
エリシアは声を潜めた。
「中央神殿には強力な柱がいる。その方のおかげで、アルスター王国の首都ノルは安定している。だが、地方は違う。魔力が足りない。お前のような力を持つ者が必要なのだ」
「待ってください」
リオンは首を振った。
「おれには無理です。いきなり言われても…何の訓練もしてないし、そんな力、わからない。神官に必要な知識も作法も何も――母さんじゃないし」
「教える」
エリシアはちらとガレスに視線を向けたが、リオンに視線を戻し短く答えた。そのまま、言葉を続ける。
「西の神殿で、全てを教える。しかし、時間がない。リオン、お前は今すぐ決断しなければならない。神殿に来るか、それとも――」
ふと言葉が途切れた刹那、激しい揺れが部屋を襲った。
棚から食器が落ち、梁が壁が軋む音が響く。
リオンはどうにか壁に手をついて体を支えた。ガレスは村長を庇っている。エリシアは同行した護衛が守っていた。
揺れは大きく、長く続き、外から村人たちの悲鳴が聞こえてくる。
やがて揺れが収まった時、ゆっくりと立ち上がったエリシアは窓の外を見て呟いた。
「加速している…」
ひと言。それ以上言わなかった。
リオンも外を見た。
村の中央にあるクスの大樹が、傾いていた。
あの木は、百年前の世界崩壊の時も倒れなかった。
ずっと村を守り見守り続けてきた。どんな環境の変化にも、どんな嵐にも耐えてきた。
その木の根が今、地中から浮き上がっている。
「……わかりました」
リオンは言った。自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。
エリシアは目を細め、満足そうに頷いた。
「よく決断しましたね。明日の夜明けに出発する。必要な物だけ用意しておきなさい」
リオンはガレスに促され、村長の家を出た。
先程同様、無言のまま家に向かって歩く。が、リオンは唐突に立ち止まった。そしてすぐ後ろを歩いているガレスを振り返った。
「ガレス、ごめん。母さんのこと…神殿に知られちゃいけないよね?」
「確かに、お前の母さんのことは、この村全体で隠している。だが、西の神殿は大丈夫だ。」
リオンの母ニーナは怪我人の治療を行えるばかりか、村の誰も知らないような知識を持っている。だから、ラーソン村は大事に隠してきた。リオンは、自分がうっかり口を滑らせたことを思い出し、焦った。
しかし、ガレスは言う。
「お前達親子を保護した時、今日の護衛も一緒にいた。隠れ場所にラーソン村を薦めてくれたのは、西の神殿だ。用心するに越したことはないが、あれくらい、心配ない」
まだ、リオンにはわからない大人たちの秘密がある――そう思わせる言葉だ。
リオンはすぐに頭を切り替える。
「母さんにはなんて話そう…心配かけちゃうけど、今は行くしかないから」
リオンは、拳を握って決意が揺らぎそうになるのを堪える。
ガレスにはその葛藤が伝わったのか、静かに頭を撫でてくれた。
「大丈夫だ。お前の母さんは、この村が守るから。お前は自分のやりたいようにやればいい。それがこの村を守る事なら、いい機会じゃないか」
リオンの頬を静かに涙が伝った。
夕暮れ時、村の広場ではかがり火が焚かれ、大勢の人だかりができていた。
リオンが神殿に行くという知らせは、あっという間に村中に広まっていた。人口三百人足らずの小さな村では筒抜けだ。
村人たちの反応は様々だった。
「神官になれるなんて、すごいじゃんか」
一人の少年が羨望の眼差しで言った。
「ダニエルの所のカイラはずっと戻ってこないぞ。会えなくなるって聞いてるが、大丈夫なのか?」
別の村人が不安そうに呟く。
「リオンがいなくなるのは寂しいな」
子どもたちの一人が、泣きそうな顔で言った。
リオンは、一人一人の顔を見回した。
赤ん坊の頃、この村に拾われた。この人たちに育てられた。母さんとふたり、ずっと世話になっている。
ここは、自分の故郷だ。
「みんな、ありがとう。おれは必ず、帰って来る。この村を守るために、力をつけてくるよ」
リオンは静かに頭を下げた。
遠くからは賑やかな声が聞こえている。
リオンは一人、家の入口に立ち、深呼吸した。
母ニーナは来なかった。
無理もないことだ。年若い一人息子が家を出るというのだ。無事に帰ってくるかもわからない。
「リオンか?」
中から低い声がした。
緊張して「はい」と答えるのがやっとのリオンの目の前で、扉が開いた。
ガレスが立っている。奥の椅子には俯いたニーナが見えた。
「俺も同行する。明日は早い。もう休め」
そう言い、すれ違いざまにガレスはリオンの肩をポンと叩いた。
リオンはその場に立ち尽くしたまま、しばらく去っていくガレスの後ろ姿を見送っていた。
沈黙の後、リオンはひとつ深呼吸して家に入る。
「リオン。まだまだ心配だけれど、一人じゃないの。だからきっと、大丈夫よね」
リオンに聞かせているのか、自分に言い聞かせているのか、静かにニーナが言った。
顔色はよくない。
だが、ニーナは静かに立ち上がると、リオンの前にきた。そっとリオンの前髪を掬う。
「染め直しておきましょう。あなたの髪は、神殿に見られてはいけないの」
一面の星空の下、二人で河原に出た。
ニーナは丁寧にリオンの髪を濯ぐ。
「母さん、自分でできるよ。おれはもう小さな子どもじゃないんだしさ。」
誰も見ていないとはいえ、ひとり立ち目前のリオンには照れくさい。
「今だけだから、やらせてね。最後に見送るときには、こうして送り出したいと思っていたのよ」
リオンはなんとなく、「母さんはおれが村を離れると考えてたんだな」と察した。
ニーナはこれまで、村中での暮らしだけでなく、旅で必要なこともリオンに教えていた。文字の読み書きや通貨の換金方法など。この村では無用の長物と思っていたことが、今、わかった。
翌早朝。
リオンを含めた四人は、朝靄の中静かに出発した。




