第一部 第十三章 遊離
困ったことになった。
ソートは内心、盛大に頭を抱えたくなった。
危惧した通り、護衛の一人が『別個体』の追跡を進言してきたのだ。
護衛には「柱候補の移送を最優先する」と理由をつけ、拒否した。
実際、護衛六人で馬車二台の御者と警護を回すのだ。人手は足りない。
中央は、もっと大人数を提示していた。
だが、それでは補給に手間取ってしまうからと断ったのだ。
ソート自身、腕に覚えがあればこその判断だった。
「コリトナーの支援はトヴォ神殿に要請する。こっちは急ぎ柱候補を中央へ移送する」
責任者は私だ。
頑として押し通す。
役場の機能が生きているのを確認し、赤い封書をしたためる。
曰く、『コリトナーの神殿が原因不明の事故で倒壊。原因調査を要請する。現地立て直し後、柱候補の移送を開始する。尚、復旧支援はトヴォ神殿に要請する。』と。
だが、これも時間の問題だろう。
なんとか町にいる知人に連絡を取れないかと思案した。
リオンはこんこんと眠り続けている。
気がかりなことは多いが、まずは情報が欲しい。
ガレスは一旦出かけることにした。
時刻はもう昼に近い。
街は活動していた。
喧騒の中を歩く。
そこかしこで神殿の噂をしている。
だが、聞こえてくるのは、「中央神殿の不興を買って報復された」だの、「天から人が降りてきた」だの眉唾物ばかりだ。
足を止め、道を変える。
できるなら近づきたくなかったが、仕方がない。
確実な情報を持っている人の集まる場所へ向かう。
辿りついたのは、下町に近い場所に建つ傭兵宿『ふくろう亭』だ。
一歩中に入ると、酒と香辛料の匂いがした。
「お!ガレスじゃないか」
気付いた男が声を張り上げる。
ガレスは片手を挙げ挨拶すると、そのままカウンターに向かう。空いている席に座り、ビールを注文した。
先程の男が近づいてきた。
「久しぶりだなー。弟子ができたって?一緒にいないがどうした?」
やはり情報が早い。
「疲れて寝ている。神殿のことを知りたい。誰か知らないか?」
「それなら俺が」
すぐ後ろの卓で飲んでいた男が声を上げた。
「崩落後、手伝いに行ったら、中央神殿から来てる研究員が『魔力暴走だ』って騒いでた。検査装置が異常だっただの、町に誰かがいるとかも言ってたな。もしかしたら、その『誰か』を探す仕事が来るかもしれないぞ」
「研究員?来てるのは神官じゃないのか?」
ガレスは、出てきたビールを持って、男の卓に移動した。
「来てるのは三人だ。副神官長の補佐官と、研究員二人。あとは護衛が六人だったな」
「随分少ないな」
「ああ、俺も驚いたさ。聞いた話だと、補佐官が軍務神官上がりだとかで、仰々しいのが好きではないらしい」
「軍務神官?…大した出世だな」
男は相槌を打つ。
「軍務神官じゃ、俺たち傭兵と同一視されるってのにな。神殿を仕切る上の人になれるもんなんかね?」
ガレスは、懐から硬貨を取り出す。
「飲み代だ」
しかし、男は受け取ろうとしない。
「これくらいじゃ金はとらんよ。…一人、重傷者が出た。副神官長のコーエンだ。いくら神官の治癒があっても、厳しいかもしれん」
別の男が口を挟んだ。
「副神官長って、大変じゃないか」
「トヴォ神殿から来た女神官が治療してたな。魔術の得意な神官だが、特別治癒が優れてるとかは聞かないからなあ」
ガレスは話を聞きながら、「やはり『魔力暴走』だったのか」と思う。
軍務神官。使者たちの人数。コーエンが重傷。
ひとつずつ情報を記憶する。
「神殿の復旧作業はどうなりそうだ?弟子に神殿で簡単な仕事を貰おうとしたが、使者が来るからとお払い箱になった。人の捜索と、復旧作業じゃ、優先度が違うだろう。」
ガレスは、自然に情報を引き出していく。
「ん?ああ、かなり大掛かりな作業になりそうだ。壁や天井が崩れてるところがあるとかで、救助も難航してたからな。夕べは入れなかったし、今朝も中央の補佐官が出入り禁止にしてて、中の様子はわからん」
「神殿が崩れてるのは見えたからな。重傷が一人だったのは、まだ幸いだろう」
ガレスは、再度硬貨を卓に置いた。
「ありがとな。俺は神殿から仕事を貰おうと思ってるから、なんか知りたいことがあるなら調べとくよ」
この申し出は断り、ガレスは再びカウンターに戻った。
頭の中を整理する。
(来ているのは誰だ?軍務神官で、副神官長の補佐官…)
騒いでいたのは研究員らしいが、頭が誰なのかが問題だ。
リオンが気にかかる。ここで時間を取られることはできない。
忙しなく料理を運んでいる女性に声をかけ、店主を呼んできてもらう。
すぐに店主が顔を出した。
「――マイオートに連絡を取りたい」
ひと言告げ、硬貨を渡す。
カウンターにお代を置くと席を立った。
慌ただしいのはコリトナーだけではなかった。
ここ中央神殿でも問題が起きていた。
重い表情の重鎮たちが集まり、実のない会議が続いている。
「――では、ミリヤの、『柱』の容体急変は、誰も予測できなかったという事か」
「急変する前後に地震は起きていません。判断する材料がないのです」
神官長の問いに、鼻歌でも歌いだしそうな様子で研鑽所長官が答えた。
「『魔力を潤沢に提供できる』と報告を受けてから、まだ日が浅いのだぞ。生命維持が困難なほど、衰弱する要因は何なのだ?」
「調査は側仕えからの情報がなくては進みません。私を責められても」
長官は、人ごとのように話す。その言が、相手にどれ程不快感を与えるかも知らず。
「事態を収めるため、新たに柱候補を連れてくると?しかも、地方の候補を中央に?」
「そうです。中央が安定していなくては、平和は訪れません」
居並ぶ者たちが顔を見合わせ表情を歪める。
皆、十分に理解している。この男には責任という意識が決定的に欠けていることを。
「柱維持は急務である。が、見つかったばかりの子どもに、どれほどの効果が望めると?」
今度は副神官長が長官に尋ねた。
長官は、へらりと笑って言った。
「そんなこと、やってみなくてはわからないでしょう」
複数のため息が重なり、会議室に広がる。
カツカツカツ。
副神官長が爪先で卓を叩く。
「では、まずはその候補を中央に連れてきてからだな」
一同が神官長の方を向いた。
神官長はひとつ頷くと、「解散しよう」と短く告げた。
こんな議論は無意味だと、この場の全員が知っていた。
ひとりを除いてだが。
廊下を曲がり、執務室に向かう神官長を副神官長アドゥーが呼び止める。
「神官長、長官を更迭しましょう。この大変な時期に、あまりに無責任です。方々で不満の声が上がっています」
「その声は、私にも届いている。しかし、アルスター王国の支援で神殿が運営できるのだ。貴族との繋がりは簡単には切れん。」
腹心のソートが不在だ。
アルスター貴族と縁のある二人では、貴族上がりの長官への不満をいなし切れない。
アドゥーは、ソートの帰還を急いていた。
「神官長のお気持ちはわかります。それに、地方の安定のため、地方にも柱を増やしたいというお考えにも賛同します。アルスターの各地に派遣する柱は、中央からこそ選出すべきです」
神官長は無言で頷く。
それを見て、アドゥーは続けた。
「中央にも有望な柱候補はおります。わざわざ地方から子どもを召喚しなくても、こちらでも急ぎ選定に入らせてください」
「地方の人材は地方のために使いたい。アルスターの柱はアルスターから。それは同意なのだが。…はぁ、今回は、先走ったあやつの思惑に乗るしかあるまい」
必要な柱はひとりではない。多いほど世界が安定する。
「今回はコリトナーの調査もあります。一行の帰還は調査終了後の予定です。しかし、今から中央の選定に入っても時間がかかります。今回はソートに柱候補の移送を急かしましょう。研究者には後日帰還してもらえば、一連の関係性が見えてくるかもしれません」
「そうだな。こうも事態が急変するとは思わなかった。しかも、中央の異変を分析できる人材を遠ざけるとは…どこまでも使えない男だ」
神官長は、苦々しくも了承した。
「では、その旨急ぎコリトナーに伝達します。失礼」
アドゥーは一礼すると、急ぎ足で執務室に向かう。
赤い封筒を取り出し、書簡を認めた。
地震は続いていた。
体に感じる揺れが起こる度、皆神殿の方を気にした。
いつ崩れるのか――口には出さずとも、不安は伝わる。
被害の最も少ない、神殿上方の神官の生活区画は、一日で人が入れるように片付けられた。
これで、今日の野宿は回避できる、と幾人が安堵したか知れない。
しかし、最も被害の大きい検査室のある区画は、執務室に近い。
神殿の業務が平常に戻るには、まだまだ時間が必要だった。
更に一日が経過し、宿に滞在していた子どもたちが戻ってきた。
「やっと一人部屋だ―」
「部屋の中、散らかってないかな?」
「もう揺れない?怖いよ…」
思い思いにはしゃぐ様子を、大人たちは温かく見守る。
しかし、カイラだけは浮かない表情だった。
先日引き合わされた、中央神殿の使者様は、外見に反して丁寧に接してくれた。
だが、物腰優しい大人たちに育てられた子どもには、怖かったのだ。
(一緒に旅していけるのかな?)
カイラには、不安が大きい。
そして、この神殿には戻ってこれないという寂寥感もあった。
幼い頃にひとりラーソン村を離れて、移り住んだ神殿で。
今度は犠牲になるために旅立てという。
どうしてか神殿はリオンを隠したがっているが、カイラにはよくわからない。
神殿から旅立った先輩たち皆が犠牲になったとは思わない。
だが、将来の割り振りでそんな役目を引いたのかなぁ、とため息を吐いた。
先行きの不安が大きい状況下で、嬉しい知らせもあった。
死線を彷徨っていたコーエンが一命を取り留めたのだ。
まだ意識は戻らないが、エリシアが献身的に治療に専念した結果だった。
ラトゥスとフィレクは、打撲や擦り傷だらけだったが、大きなけがはなく、魔術の治療を受けてすぐに回復した。
体が楽になったラトゥスは、誰彼構わず装置の復旧を急かして回った。
しかし、瓦礫の撤去が追いつかず、立入禁止のままだ。修繕部品もないことから、復旧の目途は立っていない。
ラトゥスはソートに報告せず、中央神殿に部材の調達を依頼しようとしてひと悶着起こしていた。
それだけでなく、フィレクが検査室に侵入しようとするラトゥスを引き留める様子が、度々目撃された。都度、フィレクの悲愴感漂う叫び声が神殿に響き渡った。
そんな状況の中、マレクが執務を行っている神官用の個室の空き部屋で、ソートはマレクと会談した。
「私の任務は、柱候補の移送と、不可解な魔力の調査だ。現状、どちらも見通しが立たん」
「では、カイラの身柄はこちらで預からせていただけますか?」
ソートは、重々しく首を振った。
「中央しだいだ。二つの任務を分けるなら、移送を先行する可能性はある。調査の方は、暫く中断だろうがな」
マレクは、右手で顔を覆い、呟いた。
「何とか、ならんもんか…」
「中央まで、早馬が到着するにはまだ時間がかかる。それから早馬が戻ってくるのに、更に時間がいる。その間に、できることをするまでだ」
「以前、ソート様は和睦とおっしゃいました。何を以て信用すればよろしいのでしょうか?」
尤もな意見である。
ソートは手の内を一部晒すことにした。
「私が連れている六人の護衛だが、二人は間諜だ。」
マレクは、やや驚いた顔をしたが、中央とはそんなものか、と思った。
「どなたの手の者なのでしょうか?尋ねたところで、私は中央の事情に疎いので、わかりかねるところではあるのですが」
「中央は、一枚岩ではないのだ。政治的思惑も多い。私は、立場上、神官長の派閥にいるが、対立する派閥の手下だと答えよう。それと、私は『魔力暴走』のことを報告していない。だが、間諜から中央に伝わる可能性は高い。違う者を使者に選んではいるがな」
「派閥とは…穏やかではございませんね」
この言には、ソートもうんざりした様子で頷いた。
「中央は、百年以上前から腐敗が進んでいるからな。異なる思想も多いのだろう」
マレクは、コーエンに聞いた『貴族の癒着と腐敗』だろうと目星をつけた。
しかし、ソートを信用するかどうか、判断が難しい。
こんな時、コーエンがいてくれたら相談できるのだが――。
「ソート様をどこまで信用するかは、私一人では決断いたしかねます。」
マレクも妥協点を探す。
暫し悩み、続けた。
「私どもに、何をお尋ねになりたいのでございましょう」
ソートの目が鋭く光る。
「魔力暴走を起こした人物に、心当たりはないか?」
――来た!
マレクは、必死に動揺を隠す。
ひとつ深呼吸して、答えた。
「あるとも、ないとも。昔、中央神殿から逃亡してきた女神官と子どもを保護しました。コリトナー近辺では、それくらいしかございません」
「なるほどな。よくある話…ではある。二人は魔力が高いのか?」
「母親は、治癒が得意でした。石切りの村で匿っております」
ソートは、聞いた情報から、母親の魔力は高い。明言は避けられたが子どももだろう、と予測する。
しかし、ここにいる柱候補も、稀有な素質の持ち主だと聞いている。
(探しているのは、誰だ?)
ソートは黙考した。
マレクは、ソートをじっと観察していた。
こちらの言を鵜呑みにする相手でないことは十分にわかる。
だから、秘密を探られないように事実を混ぜた。
和睦して、犠牲を出さない世界が作れれば良い。
しかし、失敗したら――?
この日の会談では、どちらもすっきりしないまま終わった。
リオンはまだ眠っている。
もう二日になる。
治癒の使えないガレスには、身を清め、水差しで水分を摂らせるくらいしかできない。
心配ではあるが、今は迂闊に神殿に応援を頼めない。
リオンの様子を観察する。
ふと違和感を覚えた。
爪を切っていない。
リオンに爪切りを持たせてもいない。
髪を見る。
最後に染めたのはいつだ?
少なくとも、この家に来てからは染めた様子はない。
何も言ってこないのは、伸びていないからだろう。
ガレスは、ざらつく顎を撫でながら、考えていた。
コンコンコンコン。
静かに、戸を叩く音がした。
コンコンコンコン。
更に四回。
一拍空けて。
コンコン。
二回。
ガレスは、剣を手に戸口に向かった。
コンコンコンコン。
内側からガレスが叩く。
コンコン。
「――」
外から男の声がした。
ガレスが鍵を開けると、男はするりと入ってくる。
傭兵の身なりをした、上背のある男だ。
「ガレス、俺を呼ぶとはどうした?」
男が問う。
「連れが目覚めない。神官ではない、治癒を使えるものを紹介してくれ」
男は、寝台に目を向けた。
「お前の弟子か。…病気なのか?」
「いや。二日前の地震から眠ったままだ」
男が考える素振りを見せる。
ガレスは静かに待った。
「――ふざけた奴だが、一人いる。但し、どこにいるのか、放浪していて捕まるかわからん」
「すぐとはいかんか…」
「腕のいい奴は難しい。それでなくても、中央の使者が来て、探られたくない連中はここを離れたからな」
男は、卓に長剣を立てかけると、寝台に近づいた。
「随分と白い子だな。『神殿の子』か?」
この問いに、ガレスは曖昧に頷いて答えた。
「逃亡した女神官の子だ」
「よく、見つからなかったな。こんなに白いのは、その、ふざけた奴くらいしか、俺は知らん」
「魔導神官か?」
男は卓に立てかけた長剣を手に取る。
「いや。師事してたことはあったらしいがな。詳しくは知らん」
ガレスがリオンの横に来て、静かに髪を撫でた。
「この子は、神殿には関わらせたくなかった。」
「過去形か?」
すかさず男が問う。
ガレスは頷き、続けた。
「密かに西の神殿に預けていた。だが、中央の使者が来て隠れている」
「西――。神殿を信用しているんだな」
ガレスは首を振る。
「神殿から接触してきた。それに、この子には魔術の師が必要だ」
男が明らかに狼狽える。
「まさかとは思うが、魔力暴走――」
「恐らくは、この子がきっかけだろう」
男が天を仰いだ。
「なら、余計に奴に会え」
ガレスは悩む。
元々、誰か魔術に詳しい者を探してほしいところだった。
「いつ会えるかによるな。今後、この子の捜索が始まれば、俺たちはここを離れる」
「いつもどこかを放浪している奴だ。半年や一年かかることもある。だが、無駄にはならんだろう」
「そうか。いずれは会うかもしれんが、今は難しい。差し当たり、この子をいつまでも病人扱いしておけない。噂は広まるだろう?」
男ははじめて笑った。
「お前が弟子をしごき過ぎて、へばってるって聞いたぞ」
ガレスは、やれやれと首を振った。
「なら、俺は奴にそれとなく伝わるようにしておく。近くにいれば早いんだがな。それと、治癒、というか回復させられればいいんだな。俺で試してみる」
男は、今度は長剣を寝台に立てかけると、「触るぞ」と言ってリオンの胸に手を置いた。
数拍後に――。
「ぐっ!」
男が短く呻いた。
手を離し、よろよろと立ち上がる。
「俺の魔力をごっそり持っていかれたぞ。大した器だ」
「お前の魔力では、たかが知れてるだろう」
珍しく、ガレスが軽口を叩く。
「それでも使えるだけましだろ。少しは回復してるから、意識も戻るかもしれん。一日様子を見て、駄目なら連絡くれ。下町の爺に当たってみる」
「わかった。感謝する」
男は、静かに出て行った。
翌日、リオンの意識は回復した。
リオンは何もない空間に浮かんでいた。
ゆらりゆらりと天も地もわからぬまま、漂う。
そこに体があるのかもわからない。もしかしたら、意識だけが抜け出しているのかもしれない。
ただ、不思議な浮遊感に包まれていた。
どれくらいそうしていたのか、不意に辺りが純白に覆われた。
エリシアの柔らかくて暖かい魔力とは違う、角のある石ころのような魔力が全身を撫でていく。
一気に意識が覚醒した。
リオンは、目を開けた。
神殿の部屋とは違う天井が見える。
どうにか首を巡らせると、側の椅子でガレスが寝ていた。
すぐに、ここが街の家だと思い出した。
しかし、体がいう事を聞かない。腕を上げることもできず、ゆっくりと顔を天井に向ける。
目を開けたまま、何があったのかぼうっと思い出す。
いつもの真っ白い空間だった。
そこに、黒い紐が見えた。
それから…?
「目が覚めたか?」
ガレスが気付いて声をかけてきた。
リオンは、返事しようとしたが声が出なかった。
ただゆっくりと首を動かす。
それだけでものすごく疲れる。
「水だ」
ガレスはリオンの上体を起こすと、水差しで少し水を飲ませてくれた。
冷たい水の感触が、張り付いた喉を潤していく。
ガレスは再びリオンを横たえる。
「今日で三日目になる。ずっと眠っていた。体のあちこちが痛いだろう」
言いながら、ガレスは卓に置かれた粥を器に盛った。
「無理はするな。食べられそうなら、少し食べてみろ」
寝台の横に盆を置き、そこにお粥を置く。
いい匂いが鼻孔をくすぐる。
「――食べたい」
やっと、声が出た。
掠れて、年寄りのように聞きづらかったが、ガレスは、「そうか」と言ってリオンの上体を起こしてくれた。
ガレスに介助され、一口粥を含む。
全身が歓喜した。
リオンは「ただのお粥なのに」と不思議に思う。
三口食べて、やめた。上手く飲み込めないからだ。
気になっていることを聞く。
「神殿は?大丈夫なの?」
「ああ。怪我人は出たが、みんな無事だ。お前は気にせず、体を回復させろ」
「おれ、なんで寝てるのかなぁ。覚えてないんだけど、病気?」
ガレスは、ちょっと困った顔をした。
「俺にはなんとも、よくわからん。恐らくだが、魔力の消耗が激しかったんだろう」
「ふうん」
上体を起こしているだけだが、リオンはまだふらついている。
「もう少し休め。俺も食事にする」
ガレスはリオンに手を貸し、寝かせると、椅子に戻って宣言通り食事を始めた。
リオンは、ガレスの落ち着いた様子を見て安心した。
そして、いつもの癖で首に掛けた指輪を握る。
だが、少しも体が楽になる感じがしない。
疲れ過ぎているのだろう、とリオンは気にしなかった。
そっと目を閉じると、猛烈な睡魔に襲われた。
リオンの意識はすぐに深い眠りの底に沈んでいった。
次の第十四章「猶予」で第一部完結です。
第二部十五章を執筆中。
第二部は二章まで先行して公開します。




