↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傾ぐ世界(均衡の彼方)  作者: 斎王暁圭
第一部 兆し

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/17

第一部 第十二章 崩壊

 

「急ぎ、被害状況を纏めろ」

 ソートは客の身分であることも忘れ、指示を出す。

 備品の置かれていない応接室では、被害らしい被害は見えてこない。

 だが、卓の上に白い粉が降っていた。

 コーエンが目ざとく気づく。

「石が摩擦で削られていますね。亀裂が大きくなっているところがあるかもしれません。私も確認に参ります」

 一礼し、コーエンは急ぎ退室した。

 無傷――とはいかなかった。

 木で組まれた部分が崩れていたり、扉の立て付けが歪んだりしている。

 棚の物が床に散乱している部屋は数多かった。

 検査室の扉を開ける。

 ここも歪んだのか、とても力が必要だった。

 中は――。

 床に散乱しているのは、棚から落ちた…というより、無造作にそこに並べられたというべきか。

 抱きつくように地震測定機に張り付いているラトゥスに気づき、声をかける。

「無事ですか?」

「こんな観測記録、中央では見たことがないぞ!」

 興奮気味に叫ぶ元上司に、コーエンは脱力した。



 初めて、誰にも見えないものの話をした。

 やはり、ガレスには何も見えていなかったようだ。

 リオンは少し落胆するも、今日のは『眩暈』の類なのかと軽く考えることにする。

 夕食は、帰り道に屋台で買ったものだ。

 殆どの家には台所がないので、皆外食するか持ち帰ったものを家で食べてすます。

「おれ、疲れてるから、早めに寝るね」

 そう言い置いて、寝台横の長座布団に横になる。

「まったく、寝台を使え」

「だって、こっちが落ち着くから」

 いつもの言い合いだ。

 だが、気づくと寝台に寝かされている。

 それでも、どうしても遠慮があって寝台では眠れない。

 今日も床に敷いた長座布団で横になり、目を瞑る。

 ガレスがごみを片付ける音がする。

 ふと、あの白い空間は何なのだろう、と思った。

 強く、思い出す。

 と――。

 視界が白で埋め尽くされる。

 ふわふわと水中を浮遊する感覚。

 いつも夢に見ているそこに、いた。

 体は見えない、だが、そこにある、とわかる。

 この空間にあるのは、何もない真っ白い空間と純白の闇。

 他に何があったか、記憶を辿る。

 以前に見た、白い布。

 あの上から垂れる大きな布は何だったのだろう、と考える。

 遠くに、とても痛々しい何かを感じた。

 全身を切りつけられるような、鋭い痛みが走る。

 脂汗が噴き出るような、嫌な感覚が襲う。

 歯を食いしばって、痛みに耐える――だが体はない。

 ただ耐えることしかできなかった。

 徐々に痛みが和らいできた。

 ほっとすると、視界の先に真っ白い天蓋が見える。

(そうだ。あの時もこれを見た。そして、意識を失った――)

 触れるかどうか悩むこと少し。

 ふと、横から黒い紐のようなものが伸びてきた。

 くねくねとうねりながら、近づいてくる。

 細い紐のようなものは、徐々に太く、大きくなる。

 初めて『白』以外の色を見た。

 無意識に手を伸ばそうとする。

 向こうも近づいてきて、触れそうになった。

 その時――。

「駄目――!」

 弱弱しい、だが、切迫した声が聞こえた気がした。

 反射で手を引っ込める。

 しかし、黒い紐は伸びてきて――。

 咄嗟に払い除けようとした。

 が、とてつもなく強い衝撃に跳ね飛ばされる。

 バリン!!


 視界が元に戻った。

 呼吸が苦しい。

 ドドーン!!

 轟音が耳に響く。

 同時に、尻に激しい揺れを感じる。

「地震!?」

「いや、何か違う…!」

 ガレスが急ぎ外に出る。

「リオン!見ろ」

 呼ばれ、リオンもよたよたと表に出た。

 目にしたものは――。

 岩山に沿って建っていた神殿は、大きく崩れ落ちていた。


「何の音だ!?」

「おい、神殿が!」

 異変に気付いた人々が次々に騒ぎだす。

 ガレスはリオンの腕を引き、屋内に退避した。

「リオン?大丈夫か?」

 リオンの様子がおかしい。

 先に寝ようと横になった直後の出来事だというのに、呼吸は荒く、全身汗で濡れていた。

 考えたのは一瞬。

 ガレスは即座に手巾を濡らしてきて、リオンの体を拭き始めた。

 外傷は見つからない。

 背中を拭き、腕を拭いているところで、リオンが反応した。

「ガレス…だいじょぶ、だから。体に力が入らないだけで」

 リオンは大きく深呼吸を繰り返す。

 ガレスは、嫌な予感が外れてくれ、と願った。



「いったた…」

 視界は闇に閉ざされている。

 体中が痛い。

 だが、どこが痛いのかわからない。

 ラトゥスは頭を押さえ、呻いた。

「無事か?」

 すぐそばに声をかける。

「なんとか」

 フィレクの返事があった。

 ラトゥスは、崩落の瞬間、壁と装置の隙間に二人を押し込めた。

 この装置の頑丈な部分。土台になるところだ。

「コーエンは?そこにいるだろう?」

 言われ、フィレクは自分の上に人がいることに気づいた。

 手探りで抱きかかえ、安否を確認する。

 ぬめるものが手に触れた。

 鼓動は確認できる。

「怪我してます!それと、動けません」

 ラトゥスも何も見えず、身動き取れる状況にない。

 こんな時、僅かでも魔術を使えたら、と悔しくなる。



 ――少し時を遡る。

 ラトゥスは先程の地震の原因を探っていた。

「ここの装置はコリトナー周辺に照準を絞っていますから、広範囲の調査には不向きですよ」

 コーエンがラトゥスに忠告する。

「ふむ、確かにな。しかし、照準はコナフト王国に設定していたと思うが?」

「広範囲の測定は、あなたの中央の装置でできるでしょう?ですから、ここではもっと限定的な、細部を見ようと調整してみたんです」

「なるほど」

 コーエンは外装を外して中を確認する。

「相変わらず、作業が細かいな…逆に、これをもっと絞り込めるのか?」

「どこまで調整利くかは検証してみないとですが、理論上はもっと数値を小さくできますよ」

「なら、後で頼む。まずは歪の場所と規模を正確に把握する」

 ラトゥスとコーエンが装置をいじって、フィレクは記録をつけていた。

「んー…?」

 ラトゥスの手が止まる。

 装置が歪とは異なる、大きな魔力の塊を示したからだ。

「何だ、これは?」

「歪に似ていますが、人の魔力の波長に近いですね」

 ラトゥスは興味津々だ。

「コーエン、もっと範囲を絞り込めないか?現地に行ってみたい」

 コーエンは、気づかれないように悩んだ。

 リオンのことだ。

 もし、彼の魔力に反応しているのなら、不味い。

 だが、今は説明しているゆとりはない。

「調整かけてみます」

 ラトゥスを誤魔化せるか、やるしかない。

 慎重につまみを動かす。

 もう少し、あと僅かで照準が合う――

 次の瞬間。

 すべての波形が振り切れた。

「何だ?!」

 ボン!

 装置の中で、何かが弾ける大きな音がした。

 次いで、部屋全体がひっくり返るかという、大きな揺れが襲った。

 よろけて体制を崩したラトゥスは、大きく一歩を踏み出すと、フィレクとコーエンの腕を掴み、装置の下方、壁との隙間に二人を押し込めた。

 抵抗する間も与えない、早業だった。

 ラトゥス自身は、衝撃で傾き、装置に倒れ掛かっている木製の棚の下に隠れる。

 揺れは止まらず、部屋は崩れてきたもので埋め尽くされる。

 木片と小石が降ってくる。

 壁が、天井が、崩れる。

 ドドーン!!

 全てを呑み込む轟音が辺りに響いた。



 神殿内は、阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 今まで経験したことのない揺れが襲ったと思ったら、神殿のそこかしこが崩落した。

 驚くことに、被害は神殿を中心とした極一部に留まっていた。

 なんとか身一つで逃げ出した神官や下男、参拝の人たちは、呆然と崩れた建物を眺めている。

 その一角で、互いの姿を確認し、情報共有を始める者もいた。

 ソートだ。

 ソートの周囲に六人の護衛官が揃う。

「予断を許さぬ状況だ。心して作業に当たれ」

 六人の内、二人は神殿の外周を確認に走る。残る四人は、足早に神殿内に入っていった。

 散っていく護衛を一瞥し、周囲の神官に向かって声を上げる。

「治癒の使えるものは集まってくれ。他の者は怪我人がいないか声をかけて回るように。見つけたら連れてくること」

 神殿の中からは、逃げ遅れていた人々がちらほらと出てくる。

 しかし、見知った顔が見当たらない。

 ソートの緊張は、頂点に達していた。


 子どもたちが保護された。

 砂埃を被って白くなった姿を見て、お互いに笑い合っている様は、場違いだがなんとも微笑ましい。

 すぐに神官たちが怪我の有無を確認し、水で汚れを洗い流す。

「子どもは四人だったか。皆、無事か?」

 押さえた声で、ソートが子どもたちの方に声をかける。

 子どもの手を洗っていた神官が気づき――一瞬ぽかんとしたが――返事をした。

「はい、四人です。」

 中央神殿では子どもの人数も多い。人間関係も複雑になりがちだった。

 しかし、ここでは違うのだろう。仲のいい兄弟のように見えた。

 そこに、緊張した声が飛んだ。

「重傷者を発見しました!至急治癒のできる者を向かわせたく」

 神殿内の探索をしていた一人が、顔色を悪くして報告する。

「検査室などのある区画の被害が大きく、救助に難航しています」

「怪我人は?」

 三人の誰か――或いは全員か?

 返答を待つ。

「副神官長、コーエンです」

 すぐ近くで怪我人の治療をしていた女神官が振り向いたのが見えた。

(女性には酷か?しかし、時間が惜しい)

 ソートは即断した。

「行けるか?」

 女神官に向かってひと言。

 彼女は「はい」と返事をした。

 表情は悲愴感で満ちていた。



 リオンはすぐに深い眠りに落ちた。

 ガレスはひとり悩む。

 これはどういう現象なのか――。

 十中八九、リオンが関与している。

 しかし、この距離だ。

 同じ町にいるとはいえ、直接何かしたのではないだろう。

 だが――

 不意に昔聞いた言葉を思い出す。

 ――魔力暴走。

 具体的に何を指すのかは知らないが、しっくりくる言葉だ。

 途方もない力だ。

 リオン一人で起こしたのだとしても、他に何か要因があったのだとしても、人間の範疇を超えている。

 危険だ。

 だが、どうする?

(俺にこの子は見捨てられない)

 眠るリオンの頭を撫でる。

 よく見ると、髪の生え際の色が変わっている。

 光を反射する、見事な金髪。

 似てきたな、と思った。

 願わくば一生、神殿には関わらせたくなかった。

 しかし、運命はそれを許さない。

(今は様子見だ。迂闊に動くべきでない)

 そっと戸口に向かい、外の様子を窺った。



 エリシアは、神殿内を護衛について歩きながら、葛藤していた。

 怪我人を置いてきてしまった。

 だが、コーエンは重傷だという。

 どちらを優先すべきか――。

 この神殿で、怪我人の治癒に最適なのは自分だと、自負している。

 だが、それだけだろうか?

 もやもやしたものを抱えながら、足場の悪くなった場所に辿りついた。

 一人の護衛官が、魔術で大きな瓦礫を割り、除けている。

 エリシアを連れてきた護衛も瓦礫の撤去を始めた。

「コーエンの意識は戻ったか?とにかくそっちを優先してくれ」

 聞き慣れない、くぐもった声が瓦礫の一方から聞こえてきた。

「明かりをいただけないと、確認しようもないんですよ…魔術を使えたら、研鑽所には押し込められてませんからね」

 次いで他方から聞こえた声は、口ぶりはコーエンに似ているが、声は別人のもの。

 エリシアは恐る恐る声をかけた。

「神官のエリシアです。治療に参りました。コーエンさんはどちらでしょうか?」

 すぐに、瓦礫の中から返事があった。

「ここです。ですが、出血がひどいようです。動かせません。」

「ええと…どのあたりでしょう?」

 エリシアは、先に撤去作業をしていた護衛に声をかけてみた。

「この石壁の下、のようです。」

 それでは触れるどころか視線も通らない。

 この状況で、治癒の成功する確率は――?

 だが、何もしなければ助からないかもしれない。

「壁の…下ですか?壁を叩けませんか?」

 エリシアは『この石壁』と言われた場所に近づき、石壁に手を当てた。

 コン、コン、コン…

 掌に石を叩く振動が伝わる。

「ここで、試してみます」

 言うが早いか、エリシアは呪文を唱えた。

 ――静寂。

 誰も動かない。

 誰も発言しない。

 無音の時が流れた。

 やがて――。

「私の痛みは取れましたよ」

 フィレクが魔術の成功を知らせた。

「ついでに明かりもいただけると、助かるんですけどね」

 この発言には、護衛が反応した。

「魔力の消耗は控えたい。短時間だけお頼みする」

 エリシアは再び呪文を唱えた。

 一拍後。

「ん?…わ、わ、うわわわわっ!」

 瓦礫からなんとも理解しがたい声が聞こえた。

「コーエンさんは?」

 エリシアが尋ねる。

「左半身が血だらけ!怪我の場所は…狭いな。ちょっと待ってください」

 黙して待つ。

 少しして、また声がした。

「左脇腹ですね。血は止まってます。弱いですけど、呼吸も脈もあります。ただ、出血が多いです。私では判断つきません」

 護衛は「急ごう」と言うと、二人で瓦礫の撤去を再開する。

 そうかと思えば、一人がエリシアに向かって聞いてきた。

「神官殿は、今使えそうな魔術がおありでしょうか?」

 エリシアは少し考えて答えた。

「石を小さく割ることなら、できます」

 護衛は互いに目くばせしあう。

 一人がエリシアの手を引き、処理する場所と大きさを指示していく。

 作業が大幅に捗った。



「はてさて、どうしたものか…老身はもう必要ないということでしょうかね」

 マレクの呟く声を拾う者はない。

 本棚が倒れ、本や書類が散乱した執務室。

 来客用の石製の卓のおかげで、家具の転倒に巻き込まれずにすんだ。

 だが、半開きの扉は、本棚で塞がれている。

 救助が来るまで待とう、と机に座った。

 どれ程そうしていたか、長いような短いような時間が過ぎた。

「生存者はいないかー!」

 通路の方、まだ遠くで声がする。

「まだ逝く時ではないようですね」

 ゆっくりと立ち上がり、壊れた扉の側まで行く。

 まだ声は聞こえている。徐々に近づいているのがわかる。

「誰か、扉を開けてくれないかね?出られないのだよ」

 マレクは、普段よりは少し、大きな声を出す。

 すぐに駆け寄ってくる足音がした。

「どこだ!?」

 聞き慣れない声だった。

「こっち、神官長の執務室だがね。扉が本棚で塞がれていて、出られないのだよ」

 近くで走っていた足音が歩みに変わる。

「半開きの扉が見えないかな?」

 扉の前で足音が止まった。

「神官長でいらっしゃいますか?」

「そう。マレクですよ」

「ご無事でらっしゃいますか?お怪我などは?」

 尋ねられて、漸くマレクは自身の様子を確認する。

「怪我はなさそうだね。正直、よくわからないがね」

 なんとも判断に困る返答だった。

「障害物が扉を塞いでいるのでしたか。危険ですので、扉から離れていてください。」

 マレクは、執務机に戻った。

 扉の向こうで、がたがたと音がする。

 しかし、通路側に開くはずの扉は、簡単には動かないようだ。

 やがて体当たりでも始めたのか、重い衝撃音が響いた。

 三度、四度と繰り返すうちに、扉が外れた。

 外の空気がぶわりと執務室に流れ込んでくる。

 埃っぽい風だった。

 思わず、マレクは咳込んだ。

「ご無事で?」

 倒れた本棚の上から、見慣れない護衛の男が顔を覗かせている。

「…ああ、大丈夫。埃を吸い込んだようだ」

 護衛は室内を確認すると、倒れた本棚を足場にしながら慎重に近付いてくる。

 そして、マレクのところまできた。

 マレクに向かって左手を差し出す。

「神官長、こちらからどうぞ」

 差し出された手を取り、マレクはゆっくりと倒れた本棚を越えて外へ出た。

 通路に出て、瓦礫の山を目にする。

「これは…酷いねぇ。皆は無事なのでしょうか」

 この呟きに、答える声はなかった。


 救助は速やかに進んだ。

 コーエンの救出に一番手間取ったが、不幸中の幸い、他に重傷者はいなかった。

 神殿内はいつ崩落するともわからず、皆表で一晩を明かす。

 殆どの神官は、生活に必要な魔術を使えた。

 町民の協力もあり、子どもたちと付き添いの神官二人は宿屋に泊まることになった。

 中央神殿の使者であるソートや神官長のマレクに、半ば野宿をさせることに難色を示した者はいた。しかし、当の本人が進んで受け入れたので、それ以上の反発はなかった。

 各々炊き出しを受け取り、適当に地に座って食す。

 それまで無言を貫いていたラトゥスが、呟いた。

「別個体がいる――」

 観測装置の示した波形――地震直前のもの――は歪とは異なるものだった。

 以前、中央で観測した、歪を消した何かと。

 地震とは異なる災害をもたらした何か。

 照準はこの町に絞っていた。

「この町に、誰かいるぞ。柱候補を凌ぐ逸材だ!」

 ラトゥスはフィレクに向かって先程から考えていた推論を述べる。

「ラトゥス、少し静かに。今はみんな疲れているんです。明日にできませんか」

「何を言っている?お前もあの反応を見ただろう!最後には振り切れてしまって、地震でみな消えてしまったが。ただ事でない!」

 ラトゥスは興奮するにつれ、声が大きくなっていく。

「…まるで装置が弾けるかのように、壊れてしまった」

 ラトゥスは、フィレクに向かって、地震発生までの状況を延々と語っている。

 護衛たちと食事をしていたソートは、「不味い」と思った。

 しかし、護衛の中にも間諜は紛れている。迂闊なことはできない。

 今になって、先に取り込んでおかなかったことを後悔した。

 だが、内に爆弾を抱えることになるのは――避けたい現実だった。

 ここで、『爆弾』の単語に引っかかる。

 息を呑み、小さく呟く。

「――まるで、そう『魔力暴走』!」

 ソートの心臓が跳ねた。

『魔力暴走』――その言葉を思い浮かべた矢先、ラトゥスが口走った。

 制御不能になった高魔力の暴走事故。

 魔術の失敗とは明らかに規模が違う、とは聞いていたが、実際に見たことはなかった。

 それでも、この現象を表現するなら、これ程相応しい単語はないと断言できる。

 方々で「魔力暴走?」と呟く声が聞こえた。

「いつもの地震じゃないのか?」とも。

 ソートはラトゥスを止めることにした。

 不自然に思われないように、自然に振舞う――

「ラトゥス、今は思い出させないよう、配慮してくれ」

 離れた場所から、着座のまま声をかけた。

 内心は「これ以上言うな」と叫びたかった。

「配慮…?推論を述べているだけで、確定できる要素は――」

 みなまで言わせず、フィレクが止めた。

 しかし、ラトゥスの顔には「納得いかない」と書かれていた。

 このまま収まればよいが、とソートは祈る気持ちでいっぱいだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。