第73話 死んだ竜がいるPERT2
「この字、なるほどな。これも師匠からの試練か」
僕は竹簡を読みながら声に出す。紀元前頃の文法だろうか?確かに宙理が言ったとおりの内容が書かれていた。そしてその中の何文字かに確かに師匠の字の癖があった。
「待ってください浜野さん?師匠って浜野さんの探偵のお師匠さんですよね?」
宙理が聞いてくる。
「そうだ」
「百歩譲って依頼主さんが師匠さんの知り合いなら道理が通ります。でも、でもその字が師匠さんの字なら、浜野さんの師匠は紀元前から生きてることになるじゃないですか!そんなの妖じゃないですか!」
「そうだな」
僕はそう答える。宙理の指摘は正しい。師匠、天野美佐はただの人間じゃない。本人は太古の昔から生きている大魔女を自称していた。事実、僕は探偵としてではなく魔女の弟子なのだ。
「そんなの聞いてないです」
宙理が僕を睨むように見る。
「言ってないからな」
冷静に考えれば確かに僕がなぜこの世界に潜む人ならざる存在に造詣が深いか言っていなかったなと思う。でもどうせ、僕は連盟とは相容れないのだ。こんな身の上の話をする道理がない。
師匠の書いた竹簡をよく読む。デカデンティア探偵事務所に持ち込むことのほかにこの壺に封じたものについて記したものをともに保存するように書いてある。
「それで、まだあるだろう?僕に見せてないものが」
「あー、やっぱ浜野さん古代中国語も読めるんですね。まあ、試すようなことしてすみません。はい、ここに」
同じような竹簡を宙理は僕に手渡してきた。
「内容は見たのか?」
僕は聞く。
「いや?少なくとも私は見てないです。私は古代中国語なんて読めないただの女子大生ですから」
宙理がそう答える。どう考えてもそれは嘘だろうと僕は思う。宙理にはとても強い力が宿っている。俗な言い方をすると超能力者、あるいは霊能力者なのだ彼女は。その力がきっかけで僕らは出会うことになったのだし、連盟の祓い師なんて化け物退治をやってるんじゃないか。
僕が目を落とす竹簡を彼女は覗き込むように見てくる。おいおい、”古代中国語は読めない”っていう設定はどうしたんだとあきれてしまう。
中には次のようなことが書かれていた。
カシュガルから南に2日ほど進んだ土地に小さな村があった。そこには時折、山をまたぐほどの大きさをした竜が現れた。それは恵みの表れともされたし天災の兆しと考えるものがいた。あるとき何ヶ月もの間、雨が降らないような年が続くことがあった。
村の近くの川も涸れてしまい、村人たちは山を越えて湖へ水を汲みに行っていた。あるとき村娘が水を汲みに行ったとき、地面に倒れ伏す竜がいた。
「どうかされたのですか?」
娘の問いかけに竜は答えた。
「私は空の雲を食べて生きているのだ。だが最近の雲には水がなくて喉が渇いて死んでしまいそうなのだ。湖ほどの水があれば元気も戻るのに」
竜はそう答えた。村娘は考えて、そして答えた。村人たちがいつも汲んでいる湖へ案内した。だがその湖がなくなると村人たちも水に困ってしまう。だが、目の前の命が死んでしまうよりはましだと思ったそうだ。
竜もそのことはわかっていた。なので感謝の証として、五年に一度、村に恵みを与えようと、そう伝えてきた。
村人は村娘をひどく責めた。これでは作物も作れず村のみんなが飢えてしまうと。
村人たちは力を合わせてその苦難を乗り越えた。そんなうちに竜との約束はすっかり忘れてしまっていた。そして5年が経った。
竜が村の上空に現れた。
「約束を果たしに来た」
竜が自らの胴を食い破ると、そこから血があふれる。血は地面につく前に金塊に変わって村中に降り注いだ。村中が喜んだ。
「また五年後に会おう」
竜はそういうと飛び去った。
村人たちの生活はその金で潤った。だが、5年の月日の中で最後の方には残りが少なくなって最初の時のような豪遊はできなかった。ある村人は言った。
あの竜の血が金に変わるのならばあの竜を打ち落としてその血すべてを金に変えられないかと。そして約束の時、村の上空に再び竜が現れた。
我々からもお礼がしたい。村人は竜にそう言った。その言葉を聞いた竜が高度を落としたとき、家屋に隠れていた村人たちが放った矢が刺さり竜は大地に墜ちた。
「私が死んでも決してこの恨みは忘れない。おまえたちを見て人間というものの醜さがよくわかった。一人残さず殺してやる」
竜はそう言うと絶命した。竜の死骸はみるみる縮み蜥蜴ほどの大きさになった。竜の血が流れた土地の草木は枯れて水は毒に侵された。竜の残した呪いはみるみるうちに広がり、都である西安にも影響が出始めた。
西から来て都に呼ばれていた女妖術師はその話を聞き、呪いを収めて見せようと時の帝に言った。そして、妖術師は壺の中に竜の亡骸を入れてしっかりと封をした。
そして2週間もの間寝ることもなく竜の死骸に声をかけ続けた。おまえは死んでなどいない。ただ、目を怪我して前が見えないだけだと。時が経てば自ずと傷は治る。その後自分の手で復讐を果たすがよいと。するとみるみるうちに大地の草木は生い茂り、川に魚が戻ってきた。
いまも竜は壺の中で自らの怪我が癒えるのを待っている。いつか、自分の死に気づいたとき彼の復讐は始まるだろう。
それが、書かれている内容だった。おそらくその妖術師は師匠だろう。そしてこの話に出てきた壺が目の前にあるものの正体なのだろう。ということは、この中には竜がいる。いや、いるというのはおかしいだろう。なんせすでに死んでいるのだから。
さて、どうすればいいのだろうか?
死んだことに気づいていない死んだものを退治しろ。それが師匠からの試練の正体なのだろう。




