第72話 死んだ竜がいるPERT1
僕、浜野貫之は探偵である。文京区の辺境にある事務所を師匠の死をきっかけに7年前に受け継いだのであった。
僕は探偵業というものには満足していた。依頼人を満足させつつ自分も楽しむことという師匠の受け売りのスタンスにも納得していた。
僕は13年前に家族を亡くした後、遠い親戚だったという天野美佐に引き取られた。それが僕の親代わりとなった人であり、探偵の、いや人生の師匠であった。
でも、今僕はそんな師匠に悩まされていた。7年前に死んだ人間から僕を試すような何か。試練としか言いようがないものが渡されたのだ。とはいえこれ自体はよくあることだった。師匠の死後、何度も郵送や配達で師匠が生前に用意したと思われる試練が送られてきた。時には新しいEメールアドレスを作った瞬間にメールが来たこともある。どうやっているかはてんで想像できないが事実、起きていることだった。
初めはまだ師匠が生きているのではないかと期待させたが、残念ながらそうではないようであった。何度確認しても師匠は死んでいる。最期の姿を僕は見ていないがそれが僕の出せる結論だった。
よく起きていることならば何に悩まされているのかと思われるだろうが、問題は今回の師匠から送られてきたものだった。皮の表紙に古い紙で書かれた洋書。それが送られてきたのだった。送り主は天野美佐であったことから師匠からの何かしらのものだろうと思ったが中に何が書いてあるのかさっぱりだったのであった。
おそらくは現存するあらゆる言語ではなかった。記録に残っているあらゆる古代の言語でもなさそうであった。きっと、記録に残っていない古代言語、あるいは師匠が作り出した言語であろうことがわかった。
僕は左目の力も最大限使い解読を試みた。左目の力とは、家族を失った事故と同時に僕が得た師匠曰く真実を見る力のことである。何にせよ、僕の左目は見たもののすべてを見通す力があった。
それでもなお、この本が届いてから2ヶ月たっても内容は読み解くことができなかった。多分、魂だとか精神の分野のことが書かれているのだがなにか僕にはまるで理解できない概念が書かれているようであった。多分、今回の師匠からの試練はこの本の中に書かれていることを読み解くことで明らかになるのだろう。
僕が受け継いだこのデカデンティア探偵事務所はビルの2階にある。金属の階段を上る音がした。
靴と交互に鳴る金属の音がする。規則的な音だ。この足音を鳴らす人物に僕は心当たりがあった。
ただでさえ師匠からの怪文書で頭を痛めているのに、あの娘の相手をするのは気が引けていた。
「はっまのさーん!愛しの宙理が来ましたよ!」
ドアを開けて飛び込んできた娘は特徴的な見た目をしている。短髪に大和撫子を思わせる整った顔立ちだが右目の周りに大きな火傷痕がありケロイドになっている。右足は金属製のパイプのような義足に置き換えられており左腕は肘から先がなかった。この少女は芦屋宙理といい、確か今は大学1年生だったはずだ。
この娘は2019年に依頼主の娘として会って以来、定期的に僕の元に現れるのだ。彼女曰く一目ぼれしたとのことだが、正直、意味がわからないし、年下は僕のタイプじゃなかった。
「浜野さん、連盟からのお使いできました」
「なるほど、理解した。帰ってくれ」
連盟とは全日本大祓連盟という日本全国の霊能力者の協力母体である。この世界に潜む怪異や幽霊と日々戦っているとても崇高な連中だった。
だから、僕に話が来るのは普通あり得ないのだ。僕は確かに依頼で人の社会に反する存在、魔性(これは師匠の作り出した概念であるが)と相対することはあるがあくまでも探偵という体を保っているのだ。
餅は餅屋で作るべきだろう。それが僕の実直な感想だった。
「ええ~、せっかく浜野さんに会う大義名分ができて飛んで来たのにひどいじゃないですか。こんな美少女のお願いを無視するんですか?」
「君が美少女なのは否定しないが、自分で言うのはどうかと思うぞ。あとなぁ、おまえら連盟の仕事を何で僕に押しつけるんだ?意味がわからないだろ」
「意味がわからないのは同意しますね。いかんせん依頼主からの希望ですから」
「どういうことだ?」
それは心からの言葉だった。僕にお願いするのならなぜ探偵事務所ではなく連盟に話が行っているのだろうか?そもそも君は大義名分なんかなくても来るじゃないか。連盟は全国の神社仏閣にコネクションがある。そこに連絡したということはお祓いなり何なりをお願いしたはずなのだ。なぜそこで探偵の僕が出てくるのだろうか?
「まあ、つまり話は聞いてくれるということですね?話の始まりは栃木のある神社に持ち込まれた壺にあるんですよ。どうも古代中国かペルシアに由来を持つ様で、戦後のゴタゴタで日本に持ち込まれたみたいなんですが。それには代々覚え書きっていうか説明書っていうか?なんかそういうものが受け継がれてきたみたいで。そこに書いてあったんですよ。今年の8月、つまり来月までにデカデンティア探偵事務所に持ち込むようにって」
「何を言ってる?古代に書かれたものなんだろ?なんでこの事務所のことが書いてある?そもそも探偵事務所なんて概念すらないだろう?」
「そーれは、その通りですよ?だから私たちも頭を悩ませているんですよ。でも、どう読んでもそう書いてあるんですよねこれが」
宙理が困っているということを伝えたそうにボディランゲージをしている。なんだ?何かのアピールか?
「それで実際のものを見せろ」
僕がそういうと、机の上には木箱がのせられていた。
「これか」
「はい、中に件のものがありますよ」
中を開けると布と蝋の様なもので蓋をされた壺があった。封には何か文字が大量に刻まれている。そして丸められた竹簡があった。細長い竹をひもでまとめて巻物にしたようなものだ。そこから懐かしいインクの匂いがした。
師匠の愛したインクの匂い。自分で何年もかけて配合を考えたと言っていた。
つまりこれも師匠からの試練だ。
”大魔女”天野美佐が残した、弟子の僕への試練なのだ。




