大神信仰②
夜も更けて俺たちは2つのグループに分かれていた。これは、仲のよさとかではなく酒をまだ飲むか飲まないのかのグループであった。
俺は当然飲まないほうのグループにいた。俺と、幸太郎、ななこが焚火を囲むようにしていた。
「なあ、知ってるか?」
幸太郎が口を開いた。
「この辺は昔から狼を信仰の対象にしていたらしい」
「狼?日本に狼っていたっけ」
ななこが幸太郎の話に質問する。
「昔はいたんだよ。ニホンオオカミって聞いたことはないか?確か狩猟されすぎたとかで絶滅したとか言われている。でもいまだに目撃談があちこちでされているんだよ」
「へー、それは聞いたことなかったな」
俺が答える。
「それでこの辺に伝わる狼信仰ってのが面白くてな?山ほどの大きさのある狼の姿をした神様が大昔にいてそれを崇めていたという事から神社ができて、狼達を神の使いとして扱うようになったと。それで骨粉、骨をすりつぶしたものを万病に効く薬として扱ったりしていたそうだ」
神様。本当なら信じるとか信じないとかの話であって実在するようなものかは考えるものではないのだとはわかっている。でも、俺はどうしても本当に存在しないものとは言い切れなかった。俺は会ったことがあった。人ならざる存在に。
「でも神様の使いを薬にしちゃうなんて罰あたりじゃない?」
ななこが聞く。
「ああ、それは俺も思うさ。それに神様もそう思ったのかもな。このキャンプ場から北に800メートルほど行った先に例の神社があるんだ。その周辺に夜になると狼が現れるようになったそうだ。これは明治のころからずっと言われていて実際に襲われたとされる遺体が見つかったこともあるそうだ」
「それってただの狼の可能性はないの?ニホンオオカミですらなく野生化した外来種がいるだけなんじゃ?」
俺の質問に幸太郎が答える。
「それはすでにみんな考えたらしい。何回も学者さんが調査して何も見つからなかった。そして狼の祟り、あるいは亡霊じゃないかって言われるようになったのさ。ここも心霊スポットとして有名なんだぜ?」
「ちょっと!なんでそんなとこ選んだのよ!」
ななこが声を荒げる。
「最近心霊スポットめぐりにハマってるんだよ。そこで提案なんだがこの三人で肝試ししないか?」
幸太郎の提案だった。
俺は気乗りしなかった。あまりオカルトなものに関わりたくないというのもあるがそもそも夜の山が怖いところだというのは当たり前の考えだろう。
「ふーん、そういうこと。ねえ、ヒロ行きましょ?」
ななこは意外にも乗り気だった。
「どうせ何もでないわよ。携帯の電波も通らないこんなとこでこのままおしゃべりだけして寝るのも味気ないじゃない?それにとっても楽しそう」
止められそうになかった。いくら気心知れたもの同士とはいえこんな時間に男女二人きりにさせるのもまずいだろう。男女比的には俺がいるほうが安心できないかもしれないが俺にはそういう気はなかった。
そんな感じで俺たちは夜の山に入っていった。他の者たちは気づいていないようだった。
山に入るとすぐに物音が聞こえなくなった。
いや、正確には音はしている。虫の声。夜行性の鳥の声。草木の風に流れる音。でもそこに人工の音はなかった。都会育ちの俺にはそれが気味が悪かった。
「やーい、おおかみさん。うふふ」
酒がまだ抜けていないのかななこがふざけた発言をしている。
俺たちはスマホのライトを頼りに歩き続けていた。スマホのアンテナは立っておらず俺たちの足音だけが響いていた。
少し進むとそこに神社がそびえていた。綺麗に整備された神社であることが月明りでも分かった。
遠吠えが聞こえた。
「おい!今の!」
幸太郎が興奮するように話す。
「流石に犬じゃないかな」
俺は答える。推測ではなく、自分の恐怖を抑えるためであった。
草木を分ける音がした。
何か近くにいるのだ。
「ねえ、早く戻ろう?熊とかだったらどうするの」
ななこが不安そうにいう。彼女の言うとおりだ。狼の亡霊なんかでなくても野生動物は十分怖いのだ。
俺たちは早歩きでキャンプ場に向けて進んだ。
後ろから足音が近づいてくる。ちょうど大型犬くらいの大きさだろうか。
「こういうのはな。逃げちゃダメなんだ。こっちから威嚇しないと!」
幸太郎はそう言って足を止めてライトを後ろに向ける。俺も振り返った。そこには真っ暗な狼のような形をした影があった。狼の影が月明りで現れたのではない。
影そのものがそこにいたのだ。
影が幸太郎に飛びついた。首から肩にかけての辺りを食い破った。悲鳴も上げず幸太郎が地面に倒れる。スマホの明かりが、幸太郎から流れる大量の血を照らしていた。
「いや、いや!来ないで!」
ななこがキャンプ場に向かって走り出す。
俺も追いかけるように走る。
足は俺の方が速かった。
影がななこに襲い掛かろうとする。
止めなくては。
俺が間に入り左手で防御する。影の牙が左腕に深く食い込んだ。激痛が走る。
怯んだらだめだ。幸太郎のようになる。無事な右手で影を殴り振り払おうとした。
それを受けて、相手は俺が手がかかる獲物だと思ったようだ。俺から離れて、ななこを襲おうと駆け出す。俺も後ろから追いかけるが追いつけそうになかった。
「だれか、誰か助けて!」
ななこが叫ぶ。
後ろから影は飛びつき、数秒の攻防の末ななこは動かなくなった。
俺とキャンプ場の間に影がいた。
こいつをどうにかしないと俺に未来はなかった。
相手もそれがわかっているようだった。賢い奴だ。
「おい」
俺たちは声をかけられた。
「波多野、お前またそういうのに絡まれてるのか?」
影の奥から声をかけてきたのは浜野だった。
「は、浜野助けて!幸太郎とななこが!」
俺は情けない声を出す。
「お前なぁ、どうせ肝試しにでも行ったのだろう?」
浜野は右手にコップを左手には白い何かを持っていた。手に持っていたコップに入っている酒を仰ぎながら浜野が話す。
「おい、犬っころこれが見えるか?」
左手を掲げた。そこには何かの頭蓋骨があった。
影が浜野に飛びかかろうとする。
「やっぱこれが本体か。無傷で手に入れたかったがな。仕方ない」
浜野は手に持つそれを握りつぶした。
影が溶けるように消えていく。
「すまん、助かった」
「気にするな、僕からすれば慣れてることさ」
浜野はそう言いながら俺の左手を見た。
「派手にやられたな」
「ああ、まあすぐに治ると思う。怪我は治りやすい方だからな。それであれは何だったんだ?狼の亡霊か?どうやって追い払った」
「ああ、その話を聞いて肝試しに行ったらあれが出てきたってところか。まあ、なんだろうな?夜にしか出ないという話を聞いていたから実体はないものだと思っていたが昼に山の中でこれを見つけてね」
そう言って左手の骨を見せてきた。
「昼ってお前、燃料にする木材を探しに行ったんじゃないのかよ」
「抜け出す理由にちょうどよかったからな。まあ結局この骨が何なのかはわからんがね。最後のニホンオオカミの骨かもしれないし、単純にああいう生き物なのかもしれない」
「あんな生き物であってほしくないね」
俺は悪態をつく。
「あとひと踏ん張りできるか?」
浜野が聞いてくる。
「何させるつもりだよ。けが人に」
「警察と救急車を呼ぶため電波が通るとこまで山を下るんだよ。僕以外はもう寝ちゃったんだ。今から起こすわけにはいかない。まさかけが人を放置して一人で行けとは言わんよな?」
「わーったよ。それくらいついて行ってやる」
俺の答えを聞き、浜野は笑顔で煙草に火をつけた。




