The back──
私、清水明日香は東京のT大学で民俗学を学ぶ学生である。
私は今日、比谷の駅前で人を待っていた。新宿駅に位置する飲食店で共にアルバイトをする酒巻知恵を待っていたのだ。
今日は知恵からの誘いで映画を見ることになっていた。
「明日香!待った?」
「ううん。私が早く来てただけだから」
改札からハンドバッグを持った知恵が出てきた。合流はスムーズに出来た。平日の昼間だからだろう。これは大学生の特権だ。多くの人間が暮らす中で平日の昼間という時間に自由に過ごせるのは大学生だけなのだ。まさにモラトリアムというべきか。いや、シフト制の仕事につく人や、無職も同じか。とはいえ、大多数の人とは違う時間に動ける。これは大都会東京においては確かなアドバンテージだった。
私たちは駅前の店や、映画館のあるビル周辺のお店を回り、上映時間まで時間をつぶしていた。この辺りは輸入食品店や、雑貨屋など時間をつぶすには十分すぎるほど見る場所があった。
私たちは、予約していたチケットを発券したり、ポップコーンを買うために映画館へ向かった。
「でも、知恵から映画に誘われるとは思ってなかったよ。しかもホラー映画」
「私結構映画見るんだよ?それにホラー映画ってある意味明日香が大学で学んでることに関係しているじゃん?呼ばないわけにはいかないかなって」
映画となると、民俗学というより映像研究だとか、脚本の構成の知識がいるような気もするが確かに私は伝承や妖怪に興味を持っていたので彼女の指摘はあながち的外れではなかった。
私がポップコーンやドリンクを買っている間に、知恵が券売機でチケットを発券していた。
「スクリーン13だって」
知恵がそういう。
案内板を見るが13の数字はない。
「それ合ってるの?」
私は問いかける。
「うん、ほら見て。スクリーン13のE-12、13席でしょ?」
「確かに合ってるね」
どういう事だろうか?
辺りを見回す。
ご案内
スクリーン12、13は東京芸術ビル地下にございます。
東京芸術ビル地下でもチケットの発券は可能です。
お間違えないようにお願いします。
場所を間違えていたのだ!
「知恵!」
「うん、上映開始まであと5分だよ!」
私たちはポップコーンとドリンクを持って駆け足で走る。エレベーターに乗り地下に行くと、趣のあるフードコートに出る。そこから地下通路を使えば、東京芸術ビルには着ける。
はずだった。
私たちがエレベーターに乗ると一人の髪の長い女性も乗り込んでくる。
エレベーターが動き出し10秒程下降したのち扉が開く。
飲食店から漂う良い匂い。
はしなかった。
目の前には白い入り組んだ廊下が広がっていた。
「え?」
私は声を出した。ここは何度か利用している。こんな場所、私は知らない。
エレベーターの階層表示を見る。どこも点灯していなかった。
それどころかボタンを押しても反応しなかった。
「何、ここ?」
知恵が不安そうに言う。
「どこなんですか?ここどうしてエレベーターが動かないんですか?」
同乗していた女性も流石に不安になったようだった。
エレベーターの非常通報ボタンを何回か押したがまったく反応しなかった。スマホを取り出してみる。圏外だった。
「どうしようか」
私は途方に暮れてそうつぶやいた。
「先に進んでみる?非常階段くらいはあるんじゃないかな」
知恵が言う。自然と私たちはその提案に従うことになった。
エレベーターから降りた途端、その扉は閉まってしまった。ダメもとでボタンを押そうとしたが外側にはボタン一つなかった。
白い空間は非常に入り組んでいた。廊下が広がり、扉のない空間があちこちにある。蛍光灯もないのに辺りは明るかった。大雑把に一周回るのに1時間ほどかかるようなとても広い空間だった。
ガ──ガガガ────
そう、この空間ではずっと金属を引きずるような音がしていた。
もう映画には間に合わないだろうな。そう思ってスマホを開いた。
「え?」
スマホの時刻は上映開始4分前を指していた。
「知恵、これって」
「時間の流れがおかしいのかな?まるでバックルームみたいな空間だし」
「バックルーム?」
「明日香は知らない?ネットで一時期流行っていた創作ホラーみたいなものでね。現実世界とは違うここみたいな空間に閉じ込められるって話なんだけど」
「異界ってこと?」
「そんな感じかな?確か、なんだっけ、りみなるスペース?とか言われてたはず」
異界。実在するかはともかく黄泉の国や冥界、神隠し、チェンジリング。世界中で話としては残っている。私達はそれに巻き込まれたのだろうか?
ガガ─ガガガガ──
「ねえ、音が近づいてきていない?」
女性が私たちに言ってくる。
「確かに何の音だろう?」
音はすぐそばの角の先まで近づいてきていた。
角から”それ”は出てきた。
3メートルほどの、二足歩行する巨体。丸太ほどの太さをした腕。その身には何もまとっておらず生殖器官は見当たらなかった。頭部には象の鼻を思わせる突起の他いかなる器官もついていなかった。
そして、その化け物は金属の鉈のようなものを手にしていた。
振り上げられる鉈。
振り返った女性は、反応するには手遅れだった。
鉈が振り下ろされる。
体が両断されて、辺りに血と臓物がどしゃりと広がる。
懐かしい匂いだ。死と恐怖の匂い。
知恵は完全に恐怖で動けなくなっていた。
怪物には目がないはずなのに私たちの方を確かに向いていた。
「逃げるよ!知恵!」
私は知恵の手を取り走り出した。
怪物も私たちを追って走り始めた。その見た目の筋肉にそぐわないほど怪物の動きは鈍重だった。
でも逃げ場があるわけでもなかった。
私たちは空間の中心にたどり着いた。そこは行き止まりで扉のようなものがそこにあった。
その扉には紋様が刻まれていた。紋様に沿って扉には溝が彫られていた。
「待って!」
知恵が何かを言う。
「この、この模様知ってる!見たことがある!」
「これ!これ!アンティークショップで買ったの!」
知恵がハンドバックについている金属製のキーホルダーを見せて言ってきた。
これを扉にはめればいいのか?
その時、鉈が知恵の頭部を破壊した。
嫌な匂いが辺りに広がる。
どうして!
まだ距離はあったはずだ。
廊下の少し離れたところから投げてきたようだった。怪物は、鉈に繋がった鎖を利用して手元に鉈を手繰り寄せた。
私は何とか反撃しようとした。
だが、無駄だった。
目を覚ますと8時45分だ。
内容を忘れてしまったが嫌な夢を見ていた気がする。
今日は新宿駅に位置する飲食店で共にアルバイトをする酒巻知恵から映画の誘いを受けていた。珍しい話である。
集合時間の少し早く着くようにしたい。メイクの時間などを考えるとぎりぎりの時間だった。
私、清水明日香は東京のT大学で民俗学を学ぶ学生である。
急いで支度をして日比谷駅に向かう。
「明日香!待った?」
「ううん。私が早く来てただけだから」
改札からハンドバッグを持った知恵が出てきた。合流はスムーズに出来た。平日の昼間だからだろう。これは大学生の特権だ。多くの人間が暮らす中で平日の昼間という時間に自由に過ごせるのは大学生だけなのだ。まさにモラトリアムというべきか。いや、シフト制の仕事につく人や、無職も同じか。とはいえ、大多数の人とは違う時間に動ける。これは大都会東京においては確かなアドバンテージだった。
私たちは駅前の店や、映画館のあるビル周辺のお店を回り、上映時間まで時間をつぶしていた。この辺りは輸入食品店や、雑貨屋など時間をつぶすには十分すぎるほど見る場所があった。
私たちは、予約していたチケットを発券したり、ポップコーンを買うために映画館へ向かった。
「でも、知恵から映画に誘われるとは思ってなかったよ。しかもホラー映画」
「私結構映画見るんだよ?それにホラー映画ってある意味明日香が大学で学んでることに関係しているじゃん?呼ばないわけにはいかないかなって」
映画となると、民俗学というより映像研究だとか、脚本の構成の知識がいるような気もするが確かに私は伝承や妖怪に興味を持っていたので彼女の指摘はあながち的外れではなかった。
私がポップコーンやドリンクを買っている間に、知恵が券売機でチケットを発券していた。
「スクリーン13だって」
知恵がそういう。
案内板を見るが13の数字はない。
「それ合ってるの?」
私は問いかける。
「うん、ほら見て。スクリーン13のE-12、13席でしょ?」
「確かに合ってるね」
どういう事だろうか?
辺りを見回す。
ご案内
スクリーン12、13は東京芸術ビル地下にございます。
東京芸術ビル地下でもチケットの発券は可能です。
お間違えないようにお願いします。
場所を間違えていたのだ!
「知恵!」
「うん、上映開始まであと5分だよ!」
私たちはポップコーンとドリンクを持って駆け足で走る。エレベーターに乗り地下に行くと、趣のあるフードコートに出る。そこから地下通路を使えば、東京芸術ビルにはつける。
私たちがエレベーターに乗ると一人の髪の長い女性も乗り込んでくる。
知恵のハンドバッグにつけられた見慣れないキーホルダーがきらりと光った。




