第60話 Can't touch them
私は、葉山と怪物の間に立つ。周りの人間にはあの化け物がやはり見えていないようだ。
だが、都合は良かった。なぜか私たちの周りから人が自然に離れていた。
「なんなの?和人?どうしちゃったの?」
葉山が震える声で化け物に話しかける。
「あれは、和人君じゃない。和人君に化けた化け物なの!私が守るから葉山は自分の身を守って!」
私は声をかける。
冷静に状況を整理しよう。ここで一番の問題はなんだ?葉山がやられることだ。1体ならまだしも恵麻さんの時みたいに増えるかもしれない。目を離すわけにはいかないし、ある程度は葉山自身にも頑張ってもらうしかない。
私は自分の中の力を集中させる。自身の肉体に秘められた内なる鍵を開ける。少しのむず痒さとともに頭に2本の角が生えてきた。
「あ、明日香?なに?それは」
「私は味方だよ。葉山は化け物から逃げることに集中して」
力があふれる気がする。これが、私と祭が巻き込まれた故郷に潜んでいた化け物の血が持つ力だった。この力を使うのは久々であったが絶好調のように感じた。本当に恐ろしい事にこの姿こそ私の自然な姿であると思ってしまうほどだった。
大番さんと小林君も私たちから自然に距離を離していた。それはそうだろう。あの化け物の恐ろしさを誰よりも知っているのだから。
化け物は這うように葉山に食らいつこうとする。私はその顎に思いっきりアッパーを入れる。私のことなど目に入っていなかったようで3メートル程化け物は宙を浮きながら後ろに吹き飛ぶ。
気が付くと辺りの人はすっかりといなくなっていた。駅員や購買の店員すら見えなかった。
良かった。ここが現実世界じゃないとはいえあまり周りの人を巻き込みたくないと思っていたからだ。
あと、大事なことだが、この化け物は”私よりも弱い”。それが何よりも朗報だ。私は格闘技など学んでいないが何とか対処ができそうだ。だが、こいつを倒したら解決するような問題なのか?
そんなことを考えていると化け物は大きく飛び上がり私を超えて葉山に噛みつこうとする。
そうはさせない。私は化け物の描く放物線が下降に入ったタイミングを見て思いっきり地面に殴りつけた。
轟音と土煙が上がり、コンクリートの床に化け物が叩きつけられた事でひびが入る。
数秒ののち、起き上がった怪物がようやく私の方を向く。私を倒さないと葉山に食らいつけないことにようやく気が付いたようだ。
さて、ここからが問題だ。こいつを一体どう対処すればいいものか?ここまでかなりダメージを入れたはずだが血の一滴も流していなかった。こいつに血は流れていないのだろうか?それともとんでもなく頑丈なのか?
葉山を守ることが出来ても倒す事はできないのではないか。それが私の感じたものだった。
「すげぇ、何とか倒せるんじゃないか?」
大番さんが言った。そんなわけあるか。
怪物は右腕の爪で振りかぶって来る。私はそれを躱し、再び葉山との間にポジションを変える。目的を見失わないこと。それを意識していた。
今の攻撃で葉山との距離が近づいてしまった。距離を取らせるため私から仕掛けることにした。生物の部位でもっとも弱いのは眼球だと聞いたような覚えがあった。そのため思いっきり開いている目を狙い攻撃をした。
当たった!
確かな感触があった。そしてその怪物は少しひるみ距離を取った。だが、傷の一つもついていなかった。だから私は確信を持った。
この化け物は、倒すことができない。
「菖蒲?どこへ行っていたの?」
ふとそんな声がした。
いつの間にか私たちを避けるように人が戻って来ている。
「お母さん?」
「もう、ずっと探したじゃない!心配したのよ!」
多分小林君の母親だろう。そして、怪物が化けた姿だ。間違いない。
葉山を襲えないとみて出方を変えたのか?
「小林君!だめ!」
私は必死に呼び止める。
だが止まらなかった。
「お母さん!」
小林君は母親に向かって走り出す。
そしてその手には”ナイフ”が握られていた。
「死ね!!化け物!!!そんなに僕のお母さんが優しいわけがないだろう!!!!」
泣きそうな声だった。少なくとも私はそう感じた。
小林君の突撃に母親は反応できなかった。ナイフが突き刺さりその人は倒れこむ。
「見たか!見たか!!恵麻お姉さんのくれたナイフなんだ!!お前たちにも効くだろう!!!」
息も絶え絶えにそう宣言していた。
「明日香さんだけじゃない!!僕も、僕だってお前らなんか倒せるんだ!僕だって強い男なんだ!」
そう叫んでいた。目の前の怪物が私のよそ見を咎めるように噛みつこうとしてきたのを、体の下にもぐりこみ殴りつける。何とか、葉山への接近は防げている。だが、相変わらず血の一滴も流れていなかった。
「クラスの連中も見てろよ。僕は、僕はやれば出来るんだ」
小林君はナイフに手を伸ばしてうずくまる、女性の姿をした化け物の前で何か言っている。
待て。
あの化け物も”血を流していない”。
怪物は自らに刺さったナイフをその手で抜き取る。
「小林君!!!」
その警告は間に合わなかった。
「え?」
小林君の母は一瞬で姿を変えて彼を食い殺してしまった。
何ということだ。




