第56話 かわいいあの娘
「お兄ちゃん、帰ろ!」
小学2年生の妹、露が声をかけてくる。6年生のボクと下校時間が同じになる日はいつもこうして声をかけてくるのだ。
「別にいいけど、露は友達と帰らなくていいのかい?」
「うん、お兄ちゃんと帰りたい!」
いつもこの様子だ。クラスに友達がいないのではないかと心配になる。だが、弟を持つ同級生に聞いてくるようにお願いしたところ、別にクラスで浮いているとかではないという。そう言う事ならば、まあいいとしよう。
だが家に帰ってもべったりとついてくるのには少し困らされた。単身赴任している父の仕送りが途切れ始めているためおもちゃらしいおもちゃは買ってもらえなくなった。母も2年前からパートを始めボクらが家に帰る時間帯にはいなかった。家でボクと露が一緒に遊ぶようなものは何もなかった。これは家計の問題だけでなく、歳や性別の違いも大きかった。
だが、露はボクの話を聞くだけで楽しいといい、ボクの部屋へいつも遊びに来ていた。
露が小学3年の時に猫を拾ってきた。家では育てられないとボクは言ったが、母がいつか飼いたかったのだと言い、飼うことを許してくれた。ボクたちのおもちゃやゲームは相変わらず買ってくれなかったがニケのおもちゃは日に日に増えていった。
さすがにボクが中学に入ってからは変わった。ボクが部活を始めて帰宅時間がずれるようになったからだ。それと、花田先輩と近くの公園でしゃべってから帰るようになったのも大きい。
露は、放課後に同級生と遊ぶことが増えた。それでいい。同い年のほうが話しやすいことも多いだろう。でも、家では相変わらずであった。本当にかわいい子だ。
結局、マイナスを使った計算も、逆上がりもボクが教える事になった。でも、露はやればできる子だ。少し教えればすぐに出来るようになった。教師の教え方が悪いんだ。
ボクが高校に進学すると、流石にこれまでのように過ごすことができなかった。進路について母に言ったとき、学費を払えないと母がヒステリーを起こした。ただ話題に出しただけである。ボクはこの時からこの女の事を軽蔑するようになった。今の時代少し調べれば学歴がいかに生涯年収に影響を及ぼすかわかるはずだ。母はそんな事すら考えられない人なのだ。
母は目の前の事しか見れない人だった。父からの仕送りがなくなってからパートを始めるまで2カ月もかけた。そして今の今まで父との離婚を考えすらしなかった。この人は変化を嫌うのであった。
それでいて人一倍欲深かった。新作アイフォンが出るたびに飛びつき、毎日のように最新のファッション誌を読みふけっていた。
そんな感じだったので、ボクは昼間はアルバイトをして夜間学校に通うことで何とか高校卒業することが出来た。そんな一日中家に帰らないような生活をしていたので露と遊ぶ時間は減っていた。
それでも、お互いの誕生日は毎年必ず祝い合い、露の勉強も可能な限り手伝った。
ボクは高校2年の時にプレゼントでもらった中古のパソコンが結局今の進路に影響している事を考えると露はボクの今の人生を送るうえで必要な存在だった。お金は、読書感想文コンクールか何かの賞でもらった金券を換金してかき集めたそうだ。
露は、ボクが勉強を教えた甲斐あって特待生としてそこそこいい私立高校に入学できた。何とそこの学校は特待生は学費が免除されるとあってボクと露は飛んで喜んだものだ。ボクの妹なんだ。あの子ならこれくらいできて当然だ。
母はその様子を見て恨めしそうな目をしていた。露が自分だけいい思いを出来ることに嫉妬したのだと思う。実の娘にだ。ボクはそれに気づいていたが何も言わなかった。家で言い争うと露の迷惑になるし、あの女にボクの主張を理解できるだけの知性がないことは知っていたからだ。
「お兄ちゃん、私高校を出たら働こうと思うの」
露は高校3年の時に急にそう言い始めた。言いたいことはわかる。家の家計から学費が出るわけがないし、なまじ父が家に還元しないだけで高給取りなせいで奨学金が下りないことをボクの進学をみて知っていたからだろう。
確かにボクは一日中大学かバイトをしており家にいる時もバイト代で新調したパソコンで内職している。そんな姿を見て真似を出来ないと悟ったかあるいは早く就職して家計をましにしたいと思ったのだろう。
ボクは、それが許せなかった。この子はなんでも出来る子だ。こんなしょうもない女のせいで将来を棒に振らせたくない。そう思った。かわいい、かわいい妹なのだ。きっと長男じゃないからとかも考えているのだろう。賢い子なんだもの。
だから、彼女を応援することにした。ボクが露の学費を払うと宣言したのだ。露は何度も断ったが、ボクが無理を言って進学させた。入試は何も心配することなく彼女は突破した。それを見ていた母は何も言ってこなかった。
「露、大学合格おめでとう!」
「ありがとう、お兄ちゃん!全部、全部お兄ちゃんのおかげだよ!」
合格通知を受け取った日ボクらは舞い上がっていた。だから、ボクは最後の後押しをしてあげることにした。
「露、これを機に一人暮らしをしなさい。お金はボクが工面するから」
「なんで?お兄ちゃんにこれ以上迷惑をかけられないよ!」
「ボクの事は気にしなくていい。早くこの家から出ていくといい。そして忘れるんだ。こんな場所なんか。露は露の人生を歩むんだ。親や家なんかに縛られず」
ボクの説得に納得したようであった。ボクもすぐに出て行くつもりだと伝えたのが効いたのかもしれない。結局2021年になってもまだ実家で暮らしていたのだが。
露が大学に入ってからボクは連絡を取らないようにした。この家から、家族という束縛から彼女を解放するためだ。
そんな、かわいいボクの妹はボクと母が病室に着いた時には息を引き取っていた。




