第53話 訪問者 清水明日香
金属製の階段を上る音がする。
誰かが事務所に来るんだなと思いながら本を読みふける。すぐにインターホンを鳴らされたのでどうぞと僕は声をかける。
部屋に入ってきたのは見知った顔であった。T大学3年生、いや来週からは4年か。女子大学生である清水明日香であった。バイト上がりであろうエプロンをつけ金髪にマスクをつけた姿だった。
僕が彼女と出会ったのは僕が21歳の時、その幼馴染の失踪の調査を依頼されたときであった。結局あの事件で、彼女の幼馴染である坂上祭を救い出せなかったことから依頼料は受け取らなかったのだが、いま彼女は僕からのススメで下の階のカフェ「ソミール」でバイトをしていた。
ソミールの店長からの差し入れでも持ってきたのかと勘ぐっていると彼女が口を開いた。
「浜野さん、依頼を受けてくれませんか?」
「ほう?」
珍しい話だった。彼女との付き合いは短くなかったが依頼としての相談はこれが2回目だった。
「それで、内容は?」
とりあえず、話だけは聞いてみることにした。
「同じバンドを組んでいた葉山陽子って子がいるんです。1週間前から昏睡状態になっちゃって。それの原因を調査してほしいなって思って」
「悪いが僕は医者じゃない。流石に専門外だと思うが?」
「それは知ってます!だから、浜野さんに相談してるんです」
だから?接続語がおかしいように思える。だが、彼女がわざわざこの”探偵事務所”に話を持ちかけるということは何かあるのだろう。話をするように手で諭す。
「えっと、昏睡状態になったのは自宅で突然倒れちゃったみたいで。ここ1~2年コロナウイルスが流行ったあたりから調子は悪そうだったんですけど。お医者さんが言うには原因不明ってことで」
「その、コロナウイルスの症状の可能性はないのか?重症化するとかなりひどいってのは明日香も知っているだろう」
「ええ、お医者さんもそれを疑っていたみたいなんですけど違うみたいで。葉山の母親にも会ったんですが原因はよくわからないって言ってました」
「なるほどな。それで僕を訪ねる理由はまだわからないな?」
ここまでの話を聞く限り未知の病気を疑うのが自然だろう。だとしたらどちらにしろ僕は役に立てない。ただそんなことはわかっているはずだ。まさか、世界一の名医を探せとは言い出さないだろう。もし言われたとしても、僕は師匠とは違う。なのでもしそうだとしたら断らせてもらう。
「ここからが本題なんです。葉山、昏睡状態になる直前に言っていたんです。私はようやく夢が叶うそんな気がするって」
「変な言い方だな。夢っていうものはそんな急に叶うものではないし、虫の知らせがあるようなものではないだろう。その子はなにか昔から未来が見えるとかは言っていたのか?」
「いいえ、言ってないです。でもそれについて大学で友人に詳しく言っていたみたいなんです。私には言ってくれなかったけど。えーと、それで内容としては夢が叶うホームページを見つけたとかで」
夢が叶うホームページ。聞いたこともない話だった。だが都市伝説だとかネットロアにありそうな話だと僕は思った。なるほど、言いたいことはなんとなくわかってきた。
つまりはこの昏睡に怪しげなサイトが関わっているか調べてほしい。そういうことなのだろう。確かに、それならば僕の専門に近くなる。
「それで、その葉山って子からは何か薬物が検出されたとかはあったのか?」
「一通り調べたみたいですが、特に何も異常はないみたいです。でもどうして?」
「昔インターネットで致死量の毒を送って安楽死を実現させるって奴がいたりしたんだ、他にも集団自殺グループとかも一時期話題になってたな。そういうものの類か知りたかったんだ」
「多分、違うと思います。実際に私もそのサイト見ましたから」
「なに!」
こいつはいつも軽率だ!何かよくわからないものに何も対策しないまま突っ込むというのは無謀にも程がある。
念のため眼帯を外し明日香を見る。
すると頭の周りに何かとりついているように見えた。
「サイトには何があった?」
「えっと、葉山のスマホを少し触らせてもらったんですけど、彼女、ロックIDをストーリーズ結成日にしていてそこから履歴を探ったら見つかりました。サイトには変な絵がありました。10分間見ると夢が叶う画像って書いてました。何というか気持ち悪いというか?色のモザイクというか?巨匠の抽象画と言われたら信じるような画像です。」
「それであんた、見たんだな10分間」
「はい」
大馬鹿者だ。そんなあからさまなもの。しかも何か起きているものに自ら突っ込むだなんて。
「あんた、なんかにとりつかれてるぞ」
僕に今できる事は警告だけだった。
「つまり、原因はあのサイトにあるって事ですね」
「まあそうだが……」
「良かった。それじゃあ捜査の役に立てそうですね。あれですよね、多分私も昏睡しちゃうんですよね。」
「多分な」
「あとの事は、お願いしてもいいですか?」
「どうしてそこまで体を張るんだ?」
「病院で聞いたんです。同じような症状があちこちで出てるって。それで何人か死人も出ているって。急に死んじゃうみたいです。だから、友人を救う手掛かりになれるならって思い、衝動で」
この子は優しすぎる。僕はそう思った。
依頼は受けることにした。必要な情報は事前にまとめていたようですぐに手をつけられそうであった。
そして、依頼人清水明日香が昏睡状態になったのは3日後だった。




