第50話 Happy time
5月の第一週の土曜日、私は日比谷駅改札前で人を待っていた。相手は幼馴染の坂上祭である。
「ごめん、待った?」
そう声をかけながら祭は改札から出てきた。私が彼女に会ったのは小学生の頃、小さな村で向かいの家に暮らしていたことがきっかけだった。祭はすぐに村から出て行ってしまったが、母の死をきっかけに私も追いかけるように村から出た後、今でも交流は続いているのであった。
「ううん、全然待ってないよ。それでどう最近は」
「まあ、仕事は大変かな?それより明日香は進路どうするの?」
「うーん、まだ決めきれていないかな」
そんなことを話しながら日比谷の地下街に向かって歩いていった。
祭は去年大手化粧品会社に就職してそこで働いている。色々と新しく覚えることも多いがやりがいはあると前に言っていた。
一方、私は就職活動に対してそこまで本気で取り組んでいなかった。一応オンライン、オフライン問わずインターンシップには参加してきているし、それなりに評価してもらって声をかけられている会社もないことはなかった。だが、自分の今後を左右すると考えるとおいそれと決断をすることができなかった。
「バンドで食べていくのは?」
祭はそう聞いてくる。そうだ、私はバンドでメジャーデビューしているんだった。でもどうだろうか?そこまで安定して収入を得られるわけではないし、正直目立つのはあまり好きではなかった。音楽もメンバーも嫌いではないが、本気で取り組むにはどこか理由がなかった。
そんなことを祭に伝える。
「そんなこと言ってると、大手の採用枠埋まっちゃうぞー?明日香ちゃん。いや、天下のT大生には余裕があるのかぁ?」
「ちょっとそんなことは言わないでよ」
「はあい」
今後の進路の相談はほどほどにして化粧品ショップに入る。祭は仕事で得た知識をもとに最近の流行りを教えてくれた。化粧品はまあまあ高いのにすぐ流行というものは変わってしまう。大真面目に追いかけるのは私の性に合わないなと思いながら、化粧水を持つ祭の手を見る。人差し指にシルバーの指輪をつけている。
私とおそろいのものだ。これは、祭が使っていたものをもらった奴である。
うん?
祭からもらったはずなのになぜ彼女は同じものをつけているのか?
多分買い直したのだろう。深い意図はないと思う。意味はなさそうなので考えないことにした。
最近はもっぱら祭が仕事で忙しいのでなかなか遊べていなかった。それを生めるかのごとく今日はあちこちを見て回った。銀座まで歩いて行っていくつか文房具屋や、デパートも見た。
そんな感じで見て回っているうちに疲れがたまった頃に日が沈み始めていた。
私たちは近くのデパートで夕食を取ることにした。イタリアンレストランに入る。
「祭、忙しい中会ってくれてありがとうね」
「別にいいって、私たちの仲でしょ?」
笑いながら彼女はそう言う。本当にいい友人を持ったと思う。
こんな日々が続けばいいのに。でも、まあそんなうまくはいかないだろう。私も大学4年である。就職なり院進するとお互いの予定を合わせるのは難しくなるだろうと予感していた。
「それで、明日香あれはいつ頃行けそう?」
「あれ?」
「もう!忘れちゃったの?ほら、ディズニーシーに行こうって約束していたでしょう?」
そうであった。別に忘れていたわけではないのだが言い訳はやめておく。
「そうだったね。私はゼミがある木曜以外ならいつでもいいよ」
「となると、私の予定次第か~。了解、”早い方”が良いよね」
なぜか早いと言う事を強調していた気がする。なぜ?
「来週の土曜とかどう?」
「一週間後?いいよ」
そう適当な感じであるが予定は決められた。もう私たちにとってお互いの意図する事は手に取るようにわかるのである。余計な言葉など不要だった。
そんなことを話して、私たちは8時までレストランに居座った。お酒が入って話が進んだのもあるんだろう。
祭は仕事の愚痴や楽しかったことを事細かく話してくれた。多分コンプラ的には話しちゃいけないことも話してくれた。それはどうなんだろうとは思うけども、私たちの仲だから話しただけだろう。私は決して外に漏らさないという信頼ありきのものだと思う。
私も将来についての不安を話した。就職の事、卒論の事、大学院に行くべきかどうか。祭はしっかりと聞いてくれたし、私自身も口に出したことで不安を拭えたような気がした。
本当に?
私にとって本当に不安なのはあの怪物のことではないか?
でも、そのことは祭に話さなかった。これは、私の問題である。彼女を巻き込みたくなかった。それに祭を魔性のいる世界に引き込みたくなかった。あれらに、一度関わると逃れられなくなる。そんな気がしていたからだ。
そんな感じで時間が遅くなってきたことで名残惜しいながら私たちは解散した。
帰りの電車に揺られる中メッセージアプリの通知がスマホに来ていた。椎名恵麻さんからだった。久しぶりの連絡だった。
「明日の昼会えませんか?インターネットあの妖に狙われていると思われる人を2人見つけられました。それで今後の作戦会議をしたいと思いまして。」
これで何か話が進むかもしれない!解決への糸口が見えるかもしれない。そう考えるだけで心が躍る気持ちだった。




