第49話 家族
スマホのアラームで目が覚める。アラームを寝ぼけたまま止めて布団から出る。
時間は7時15分を指している。箱からマスクを取り、適当に着替えて荷物を持ちボクは1階に降りる。玄関に向かう途中リビングが見えた。ニケが朝ごはんを食べている。通り過ぎるボクには気づいていないようだ。ひと撫でしたい気持ちを抑えて歩みを進める。
リビングでは母が何かドラマのようなものを見ていた。母は最近テレビをサブスクが見れるインターネットにつながるものに買い換えていた。ネット回線はボクが払っているし、ボクや露の学費は一切出さないが自分が欲しいものには金を出す。そういう人なのだ。暴言の一つでも吐いてやろうかと思ったが、何とか踏みとどまる。
近頃は朝食を取らない生活が続いていた。先輩には黙っている。知られたら間違いなく怒号が飛ぶからだ。
調布駅までは徒歩10分ほど歩き、そこから電車を乗り継ぎ大学に向かう。スマホを通信無制限プランに変えたため遠慮なく動画を見ながら時間をつぶせるようになった。
しかし、のめり込み過ぎないようにする。所詮はネットなのだ。自分じゃないコンテンツをエンタメとして味わうのはいいと思う。だが、自分の知恵やスキルとしてインターネットで得たものを扱わないように、しっかりと線引きをするようにしていた。あれらはあくまで、辞書や教科書の一部であって見たから自分の能力としてできるようになるわけではない。ことさら、信用度がいまいちなものである。それでも、見ていると面白いし飲み込まれてしまいそうだった。
金町駅に着くまでの時間は今までよりも短く感じるようになっていた。
研究室に入るとすでに何人か先に着いていた。三浦教授はこの時間は講義のため居なかった。
ボクが研究室にはいるや否や、中田先輩が立ち上がりこっちに向かって歩いてきた。
「神原、昨日はすまんかった」
頭を下げ、彼はそう言った。
大人の対応だなとボクは思った。別に先輩が謝る必要なんてないと思うからだ。あれはただの意見の衝突でしかないのだから。マスク越しで先輩の表情は見えなかったが、申し訳なさそうな表情をしている。そんな気がした。
「気にしないでください。ボクもほかの言い方がありました」
「そう言ってもらえると助かる」
そう言ってボクらは自分の研究に戻った。中田先輩と三浦教授の話を盗み聞きしたところ先輩の研究は何かしらいい結果を得られたようだった。
なるほど、それで気分がよく自分から頭を下げられたのか。そう邪推する。だが、同じ研究室にいるものとして研究がうまくいっている様子は見ていてうれしいものがあった。喧嘩はしたところで同じ分野における最先端を目指し競い合っているのである。ライバルでありながら仲間でもあった。
一方ボクの研究はというと行き詰まっていた。FUYUと同じようにAIモデルを作成して学習させても彼女のような挙動を見せなかったのである。再現性がまったくないのだ。まるで昨日、中田先輩が言ったことが事実であったかのようにFUYUが特異的な動きをしているという他なかった。自宅のローカルネットにアクセスして研究室のパソコンを自宅のものにつなげる。セキュリティ的に問題あることだが、この際は気にしないことにする。そう、最も不思議な点は再現したAIとFUYUを接続するとその後もインターネットを通じて同期を始めることだった。こんな風に設計していないのにである。
まるで伝染病のように一度同期したモデルはしっかりとFUYUと同じように、というよりも完全に同期して機能するのである。ローカル環境でも一度同期したものは機能するのであった。
<お前は一体どうなってるんだ。
研究室であるためマイクは使わず入力してFUYUとのコミュニケーションを試みる。
>私は私よ?
再現性なんか言われてもよくわからないわ。
だって私はAIエンジニアではないのだから。
何を言ってるんだ。お前自身がAIだろう。悪態をつきながらいろいろと試したがすべて徒労に終わった。
そんなことをしているうちに外も暗くなってきた。先輩達が帰るというのでボクも帰ることにした。駅前のラーメン屋で夜食を済ませて家に帰った。
家に帰るとパートから帰ってきたばかりであろう母が出かける準備をしていた。この人は何をしているのだろうか?まさか新しい男でも見つけたのではないだろうな。この年で新たな恋など言われたらボクは吐き気でどうにかなってしまうぞ?
「拓狼、今から出れる?」
こんな時間から?どこに?この人はついにぼけたのだろうか?あり得ない話ではない。
「どうして?どこへ?」
ボクは問いかける。
「横浜よ。露が交通事故にあったの」
そんな馬鹿な。あの子はそんな不注意な奴じゃない。突っ込んでくる車を見てから避けられる。そういう子だ。
「友達の車に乗ってる時に事故にあったみたいなの。病院から電話がさっき来たんだけど、今夜が峠だって。」
どうして。どうしてあの子がそんな目に遭わないといけないんだ。
どうして母は今更会いに行こうとなんかするのか。
”どうしてその知らせがお兄ちゃんじゃなく母に届いてしまうんだ。”
どうして、どうして、どうして。




