第48話 バッドアンドビューティフル
ボクは先輩との通話の後、BABへログインしていた。今までだったら、ホームページ作成なり、データ入力のバイトをしていた時間をこうしてゲームに回せるようになっていた。
とはいえ5年間続けたプレイスタイルをすぐに変えることはできなかった。
相も変わらずボクは、辺境の惑星もない領域に工場プラットフォームを増設しているのであった。ここは新しく権利を購入した宙域であったが、大手国家によって大型ワープゲートの建設がされたことと、資源アイテム豊富な小惑星帯が近くあることで多くの利用者を確保することができた。
BABでは移動の大半は宇宙船に搭載されているワープ装置を利用するものだが、船の大きさに比例して一度に移動できる距離が決まっていた。いくつもの銀河系を舞台にしたゲームであるBABにおいて、銀河をまたぐ程の移動にはワープゲートは必須でありそれが近くにあることはものすごいアドバンテージだった。
ボクは操作キャラを作業用の小型船に乗せてプラットフォーム内の配線、コンベアを構築していた。これがパズルのようで楽しいのである。
上位陣のファクトリアー(宇宙工場プラットフォームの建造をメインに遊ぶプレイヤーの事)に比べればボクの配線は低レベルであったが組む側としてはとても楽しいのである。
これまでのように、リアルマネートレードによる稼ぎを必要としなくなったことから収支を気にせず好きに遊べるようになったのも大きいのだと思う。
ただ、非効率極まりない建設コストが高額な施設ほどレンタル希望者が多いのはなんともまあ思うところはあった。お金に困っていた前の時に手を付けるべきだったなと思う。
工場の建設を進めていると近くにワープしてくる船があった。ワープのエフェクト的にそれなりに大きな船だ。まさか、他のプレイヤーの施設を襲撃する海賊スタイルのプレイヤーじゃないよなと思いながら、念のため工場プラットフォームの操作室に移動して自衛装備を起動する。
ワープしてきた船のプレイヤーから通信希望が飛ばされてきた。これは、いわゆるボイスチャットである。そのプレイヤーは知り合いのMayaだった。
このゲームの古参勢でMayaというプレイヤーの名前を知らないプレイヤーはいない。このプレイヤーは伝説的だった。初めはただ一人の古参ソロプレイヤーだった。Mayaは小さな衛星を購入して国家、いわゆるギルドを建設した。ここまではよくあることである。伝説となったのはここからだった。
作るのにリアルマネー100万円、あるいはゲームプレイ時間3年を費やして作れるドレットノート級戦闘艦を3隻購入した。これは一隻でゲームのバランスを変えるほどのものだ。これを個人で所有してしまった。そしてどこからか集めた有志のプレイヤーにゲーム内市場にあふれていた戦闘艦を買い与えた。その日、市場に流通するほとんどの戦闘艦を買ったそうだ。リアルマネー換算で総額1千万円もくだらない大国家を一晩で作り上げたのだった。
そして、侵略的なプレイスタイル(支配領域を拡大して影響力を高めようとする)の国家すべてに宣戦布告をしてゲーム内最大の戦争を起こしたのだ。
当時の掲示板からわかることは大手国家の侵略プレイで中小国家や個人プレイヤーのうっぷんが溜まっていたことへの憂さ晴らしをするため有志連合を集め始めたものだったようだ。1週間にも渡る戦争の結果、Mayaの国家は滅亡して多くの国家が衰退した。それにより、ゲーム内のパワーバランスは大きく変わり、巨大国家による侵略的プレイは減るようになった。
この功績からMayaは戦争王の二つ名を運営からもらったという。
そんなプレイヤーは最近は気ままにソロプレイするスタイルに戻ったようでたまにボクの工場を利用しているのである。
「おひさ、WolfCat君、最近はどうよ?」
ボイスチャットを通じて女性の声が聞こえてくる。WolfCatとはボクのプレイヤーネームだった。
「ぼちぼちですね」
「それは、いいことだ。最近収支気にしないような工場建ててるじゃん?もしかしてリアルの生活安定した?」
Mayaとはある程度の仲であり、お互いのリアルのことを話す仲だった。どこまで本当のことかわからないがMayaは神社関係者らしい。
「まあ、稼ぐ方法が手に入りまして」
「それは、よきですねぇ。先立つものがないと何事もうまくいかないですから。私は友人から大変厄介な仕事に巻き込まれて涙目ですよほんと」
「ご愁傷様です」
他愛のない会話をしていた。Mayaは数少ないネットで話せる知り合いだった。ボクは基本ネット上での関わり合いというものに意味を感じ取れないからだ。せっかくの事なので聞いてみることにした。
「Mayaさんは他人と交流する意味ってあると思いますか?」
「いきなりどうしたのさ?藪から棒に」
「彼女に言われたんです。ボクが他人との関係が下手だって。でも他人なんて利害関係に基づく関係でしかないわけじゃないですか。お互いが求めるものを提示できるなら交流ってそこまで大事じゃないとボクは思うんです」
これは前に先輩に話したのと同じだ。
「うーむ、若者の悩みだねぇ」
Mayaはそう言いしばらくうーんと悩んでから口を開いた。
「私は、実は他人というものは存在しないと思うの」
「人類皆兄弟みたいな話ですか?」
「ううん、違う。えーっとね、あなたにとっての世界にはあなたしかいないの。人間っていうのは肌とか目とかで見たものを通じて脳が処理した世界を見ているわけじゃん?
つまり見方によっては、あなた中心の世界しかないわけ。それは、相手から見てもそう。あなたの彼女さんは彼女さんの認識する世界に生きている。ここまではわかる?」
「なんとなくは」
「それで、他人っていうのはあなたが観測したAさんでしかないわけ。例えば、WolfCat君は私の事は知ってるけど、本当の私は私しか知らないわけじゃん?だから、誰かにとってのあなたの像をより精巧にするため、人とのかかわりは必要なんじゃないかなって。これはとある人からの受け売りなんだけどね」
なるほど、面白い考え方だなと思う。対話は自分の情報を伝えるためのツールという事を言いたいのだろう。
「お葬式だって同じようなものだよね。死んじゃった人はそこにいないけど儀式を行う。あれは、生きている人たちの中に内在化する故人にピリオドを打つための儀式だと思わない?納得をするためみたいなさ。あれは死者じゃなくて生者のための儀式でしょ?」
「言いたいことは伝わりますよ」
「つまりは、ちゃんと誰かと話すことは大事なんですよという老婆心ながらのアドバイスなのです」
Mayaはそう言った。
ボクも彼女の言い分には納得した。
その後いくつか話をしたり工場を貸す契約をするうちに24時を超えていた。
「Mayaさんごめんなさい。明日も研究室に行かなきゃだからそろそろ寝ます」
「いいよ、お休みなさーい」
そういうとボイスチャットが切れた。
ボクも、BABからログアウトして布団に入って瞼を閉じた。




