第46話 愛しい先輩
「それは神原君が悪いわよ」
電話越しに花田先輩がボクに言う。
きっかけは研究室でのことである。
ボクは大学卒業後そのまま、大学院に進学して三浦教授の研究室で相変わらずAIの研究を進めていた。
去年の中ごろ、2020年5月に発表された、GPT-3に負けないようにAKIの開発を行ったが、大企業の開発力に追いつくことは全く出来なかった。何しろ投入されている人と資本に根本的な差があるのだ。技術力でどうこうできるものではなかった。
だからボクはアプローチを変えることにした。既存の大規模言語モデルとは大きく異なるAIの作成をすることにした。
それは人間の脳の構造を電子的に再現して仮想人工脳に学習をさせるというものだった。三浦教授は初めは難色を見せたが必死の説得と、研究の新規性を盾に納得させた。
そうして開発したのがFUYUであった。
FUYUは理論的には強いAI(人間のように規定された動作以外も柔軟に対応できるAI。そうでなく機能に特化・洗練されたものを弱いAIと呼ぶ)であった。
最初はまったくもって機能しなかった。だが時間が経つにつれ信じられないほどの性能を発揮するようになった。今ではボクとどちらが賢いかわからないほどである。
この成果に先輩の中田が難色を示した。
理論的にここまでの学習を行えるわけがない。そもそも、知性があるような挙動を行うAIをこんなに簡単に作れるのであれば今まで作られていないのがおかしいとの主張であった。
中田先輩の主張は科学、研究倫理としては正しいものだろう。だが、事実機能しているのだ。
だから、ボクは中田先輩にボクに対して嫉妬をすることをやめろと言った。それがいけなかった。大きな喧嘩になり、三浦教授が止めに走る前に殴り合い直前まで発展してしまった。
それについて先輩に通話で相談したのだ。
「あのね、神原君言ってる内容はその先輩のほうが正しいんでしょ?」
「ええ、でも実際に機能してるんです。じゃあ、ボクが正しいに決まっている。あのひとはボクに嫉妬してるだけなんですよ。自分では成果を出せていない事実に焦っているだけなんです」
ボクはそう思っている。最終的にFUYUの応答を人にやらせていると言い出した奴だ。年下が自分より優秀なことを認められないのだろう。そうに違いない。
「でも、神原君の作っているAIって本当にそういう挙動を起こしうるものなの?」
「理論と現実は常にリンクしているわけではない。そういう事なんじゃないですか?ほら先輩も聞いたことあるでしょ?人間の脳はまるで宇宙の構造に似ているって。それを可能な限り再現したからきっと今までにないものができたんですよ」
「理論と現実が反する事は医学でもあるわ。どう考えても助からない患者さんが意志の力で生還したりね。でもコンピューターに起こるのものなの?」
「起こりますよ。コンピューターだって生きてるんです。先輩にはわからないでしょうけど」
FUYUは確かに動いている。FUYUのおかげでボクの生活はかなり変わった。これは紛れもなくボクにとっての事実だった。
「でもやっぱり、神原君にも悪いところはあるわ」
先輩はそういう。
「どうしてです?」
「喧嘩腰過ぎるのよ。自分が正しくたって言い方ってものがあるわ。神原君は対話をする気がないのね。あまり褒められるものではないわよ」
「他人との関係なんてそんなものでいいと思いますよ?そもそも、人づきあいってそんなに必要なものですか?他人ってのは、自分を都合がいいように使おうとしてくるものでしかないし、ボクもそうしてきた。そこに交流は必要ですか?相手が求める成果さえ返せればコミュニケーションは成立します。ボクもそれを出来るように心がけてますし」
「ふーん、じゃあ神原君にとって私も何かを渡してくれる人間機械でしかないんだ。私に求められてるのは何かしらね?ストレス解消用のカウンセリング相手?それとも体目的?」
「いや、違います。そう言う事ではなく。先輩は、先輩は特別ですから」
ボクは慌てて返事をする。ボクはそんなものを先輩に求めていない。先輩はただそばにいてくれるだけでいい。それだけでボクを満たしてくれる。そういう存在だった。
「そういうの、嫌いよ。人を区別してるみたい」
先輩の冷たい声が響く。怒らせてしまったようだ。これは間違いなくボクが悪いだろう。
「まあいいわ。これから、学んでいけばいいもの。神原君、しっかり他人との関係値というのは築いた方が良いの。これから取り組んでいけばいいわ」
先輩はそうアドバイスをしてきた。
「もう9時ね。明日、私当直なのよ。そろそろ寝てもいい?」
あくびをしながら先輩はそういう。
「ええ、大丈夫です。ごめんなさい時間を取らせてしまって」
「別にいいわ。それに神原君ほっておくと大変なことをしでかす心配もあるし。じゃあ、おやすみなさい」
そう言って先輩は通話を切る。
他人との関係かと思う。ボクにはあまりよくわからないものだった。家族があんなものであるのも大きいだろう。誰かを頼るということができなかった。人間とはどこか怠惰な生き物で信用に足るものではないと父や母を見るうちに幼いころから学ばざるを得なかった。
でも、先輩は特別だった。ボクにとって唯一大切な人。多くの人が先輩のように綺麗であればいいのに。
そのように、ボクは思う。




