第44話 刑事たちの意地
「証言が取れないにしろ、証拠は十分出ている。このまま大番が目覚めなくとも有罪は免れないだろう」
刑事部長である灰原小次郎がそう言った。灰原さんは俺が刑事になった時に手取り足取りを教えてくれた恩人であった。昔は一緒に現場に出ていたが今はもっぱらここ幹部室で仕事をしていた。
「灰原先輩、でもそれでは被害者は浮かばれません!真実を明らかにしてこその警察と司法でしょう!」
「お前の言いたいことはわかる。このまま実刑が下されたとて、意識がないまま逝っちまうことも否定できん。でもな、それもある意味裁きであるとは思わないか?」
「思いません」
俺はそう答える。あの男は昏睡する前に微笑んでいた。あれは何かを達成したものが見せる表情だ。自己満足な殺人を犯した奴らが何度も見せたあの忌まわしい表情だ。このまま意識不明のまま刑を受ける。それは奴にとって何の裁きにもならない。俺はそう知っていた。
ああいった手合いは、法廷に引きずり出し、自らの罪を認めさせて服役することで初めて罰として成り立つのだ。そのための司法なのだ。
そして、俺は気になっていた。大番の言っていた言葉だ。夢がかなう。おかしな発言だ。例えば鬱憤を晴らすために殺人を犯した。それが今回の犯行だったと仮定する。それならば夢はかなっているはずだ。
俺の中であの発言がずっと引っかかっていた。
何かがおかしいと。
24年間事件を追ってきた刑事の勘が。
「何か気になることがあるのか?」
灰原さんがそう聞いてくる。俺の不満な表情に気づいたのだろう。
「はい。大番という男、拘置所で夢が叶うと言っていたそうです。捕まった後にですよ?捕まえに行ったとき、奴は抵抗しました。なので逮捕されるか否かは夢の実現には関係ない。そう考えるのが自然です。これがそもそも不気味でならない」
「ふむ、続けて」
灰原さんは俺の話を聞き入っていた。
「それにです。奴は昏睡に至る前に笑顔を見せた。まるで何かが起こるのを予期したかのように。それに、刑事部長としてあなたも聞いているでしょう?日本各地で起きている原因不明の昏睡。これが何か関わってるとそう思っているんです」
俺は思う限りのことを話した。論理的には破綻しているのはわかっている。原因不明の昏睡だって共通点があるわけではない。大番の症状も今のところ”何もわからないこと”が同じだけだ。奴の夢の話だって意味のある言葉かわからない。そもそも白昼堂々と13人を殺しに行く男がまともなわけなどないだろう。
それでも、俺は諦めきれなかった。なぜ被害者は殺されなくてはいけなかったのか?
警察が動くのはいつだって事件が起こってからだ。俺たち刑事は殺人を止める仕事ではないのだ。俺だって本当なら止めたいさ。でもそれは無理なんだと知っている。だからこそ、起きてしまった事件は必ず明らかにしたい。それをモットーに掲げてきた。灰原さんもそれは知っているはずだ。
「馬橋文夫警部に3日間の休暇を与える」
突如、灰原さんはそう宣言した。なぜだ!
「どうしてですか!俺に捜査から離れろというんですか?」
俺は叫んだ。
「警察は、犯人と被害者がともに同じ階段で転んだことがあるとしてもそれを事件と関連づけることはできない。」
「じゃあ、無関係だと。そう言いたいんですか?」
「違う、それは警察の仕事ではないと言いたいんだ。」
灰原さんは落ち着いた口調で話を続けた。
「餅は餅屋だよ。美佐さんのお弟子さん。君も何度か相談したことがあっただろう?」
灰原さんが言っているのは、文京区に事務所を構える探偵、浜野貫之のことだろう。その師匠に灰原さんは何度も助けられたという。その伝手で紹介され、何度か俺自身も助けを借りたことがある。
「あのオカルト小僧ですか。まさか、これがああいった案件だと思っているんですか?」
ああいった案件。そう、浜野貫之に助けを求める時はいつだってこの世の科学では理解できないものだった。初めて灰原さんから紹介されたときは河童による殺人事件が起きたときだった。そう、あれは醜くおぞましいものだった。
あの少年はそういったオカルト的なものをするりと解き明かす。信じられないことだが確かに存在するのだ。この世ならざる存在は。刑事を続けるとどうしても”出会って”しまうことがあるのだった。
「刑事部長としての私はそうだとは言わんよ。だがね、警察官、灰原小次郎はこの事件には何かこの世のものではない法則が関わっている。そう思うのだよ。」
「だからだよ、馬橋くん。君は休みを取り、個人的に探偵に依頼する。そういう提案はどうかね?」
灰原さんはそう言った。
願ったり叶ったりだ。
これが何かわからない存在によって起こされてるかどうかなんて関係ない。真実を探る機会を与えてくれた。それだけで十分だった。
「灰原さん、ありがとうございます!」
俺はそう言って頭を下げる。
「そろそろ、部長と呼んでくれてもいいんじゃないかね?馬橋くん」
灰原さんはそう茶化した。




