第43話 刑事 馬橋文夫②
大番忠則の逮捕状はすぐに発布された。
まずは服装。現場の方向に向かう大番の姿が街頭の監視カメラに映っておりそれが、現場で残されたインターホンの服装と一致していた。また、体格も犯人のものとほとんど一致していたのである。
それだけではない。犯行に使われた牛刀は20センチを超えるものであった。大番の情報をもとに足取りを追ったところネット通販で牛刀の購入履歴が見つかった。鑑識の調査で被害者の傷と一致したことから証拠隠滅の危険があるということで逮捕状の発行がされたのだ。
俺の感覚だと、こいつは黒だ。
大番の住むアパートを取り囲むように捜査一課の刑事が包囲する。窓からの逃走すら許さない完全な包囲網だった。これは日本警察の意地だった。白昼堂々と14人も殺傷した男を何が何でも捕まえてやるという意志の現れであった。そして俺もその強い思いを持つ一人なのである。
玄関先に俺と矢沢が立つ。インターホンを鳴らすが反応はない。
「警察です。大番さん逮捕状が出ているのでご協力をお願いします」
そう言いながらガンガンと扉を叩く。
室内で物音がした。奴は今部屋の中にいる。
今一度インターホンを鳴らした。
ものすごい勢いで男が飛び出し、切りつけてくる。
手には例の牛刀が握られていた。俺と矢沢は間一髪でよける。
大番は建設系の会社で働いていたはずだ。そのため力強く何度も牛刀を振り回した。俺たちは下がるしかない。力任せに振り回される牛刀。俺は憤りを感じた。この男は別に武道の達人ではない。力任せに振るだけだ。もしも、事件の時壁に牛刀が引っかかり引き抜けなくなっていたら?もしも被害者の誰かが、武道の心得があったら?この男を止められたかもしれない。多くの命が不運により、ただ力があるだけの男に奪われた。それが悔しくてたまらなかった。もしも、もし。そういう考えが頭の中をめぐる。
俺たちが少し引いたのを見て、大番は牛刀を構え階段の方に突進する。
俺は反射的に避けてしまった。そのため大番はアパートから逃げるように駆けだす。
しかし、階段の下にも刑事が待っている。彼らは自らの腕で胴を守るようにして、自分達が刺されてでも大番を止める。そういう気概だった。
その覚悟を感じ取ったのだろう。一瞬大番の動きが止まる。
それを見て、矢沢が後ろから羽交い締めにした。
俺も遅れを取るわけにはいかない。
牛刀を握る手をつかみ奪い取ろうとする。だが、すごい力だ。どうにもできそうにない。
「投げるぞ!」
俺がそう叫ぶと、矢沢が拘束を解く。
それと同時に俺は背負い投げをした。
投げ技に対して常人は受け身など取れない。大番はそのまま地面にたたきつけられた。
衝撃に加えて思いっきり矢沢は牛刀を持つ手に力を入れる。大番の体勢も相まって今度こそ奪い取ることができた。
「4月28日、大番忠則、銃刀法違反及び傷害未遂で現行犯逮捕だ!」
俺たちはついに捕まえた。未曾有の悪人をついに捕らえたのだ。
署まで連行する警察車両の中、大番は一言もしゃべらなかった。
大番の自宅の捜査を通じて犯行時に使っていたと思われる返り血に染まった黒いシャツとズボン、覆面がごみ袋のなかで見つかった。どうも処分に困っていたようだった。逮捕時に振り回していた牛刀からも血液反応が出て彼が犯人であることは自明であった。
だが、犯行の動機はいまだに明らかになっていなかった。
大番の交友関係を洗い出そうとしても、職場の同僚以外に人との関わりが見られなかった。職場の同僚とも仕事のこと以外言葉を交わすことはなく、浮いていたらしい。「あいつならやるかもしれない」異口同音に同僚は大番をそう評価した。
彼の持つ、スマートフォンからマッチングアプリが見つかり、積極的に利用している痕跡も見られたが、相手にされてこなかったようだった。
マッチングアプリから彼と会った女性に聴取すると、話慣れていない、自分の事ばかり話そうとする、人の話を聞けないし理解していないという風に感じたと答えてくれた。
趣味はあったようである。それなりにいいパソコンに、漫画やなんかのキャラクターのフィギュアが自室に飾られていた。
ただネット上でもあまり人間関係はうまくいっていなかったようである。SNSでゲーム仲間と思われる相手と喧嘩別れする投稿が残されていた。
一番の問題は本人の供述だ。
大番はもう実刑を免れないほどの証拠が挙がっているにも関わらず一切事件について供述しなかった。
「夢が叶うんだ。そうじゃないとおかしい。あれだけ見たんだ俺は。いったい、いつなんだ!」
という、気味の悪い独り言を拘置所で叫んでいたという。彼の発した言葉はそれだけだった。
4月30日、俺は朝警視庁に出勤していた。捜査一課のデスクに座りいくつかの事務作業を済ます。大番を逮捕したからといって刑事の仕事が終わるわけではない。かなしいかな、この世界は犯罪であふれているのだ。
「馬橋警部、大番の聴取の時間です」
矢沢警部補が声をかけてくる。
「ああ、今日こそは口を開かせてやる」
これは俺の決意表明でもあった。
取調室に入るとそこには大番が座らされていた。
「そろそろ話してくれないか?」
俺がそう問いかける。
大番は笑みを浮かべた。
ガタン
そう音を立てて大番は椅子から転げ落ちた。
意識がない。
脈を確認する。脈はある。息もしている。
「救急車、救急車を呼べ!」
俺は、矢沢に指示を出す。
大番の瞼は落ちており、まるで眠っているかのようだった。
コロナ禍でありどこの病院も手がいっぱいだった。唯一感染症対策の病棟を別に設けたためキャパシティーに余裕がある大先総合病院に大番は運ばれた。
だが、大番は目を覚ますことはなかった。
事件が事件のため多くの医師が診断した。その結論はみな同じであった。”原因不明の昏睡”である。




