第40話 Witness
私は浜野とともに例の化け物の調査をした翌日、大学に来ていた。4年ではあるものの科目数を増やしても学費は変わらないのだから他の学生より多くの科目を履修していた。3年の時に分けあって1学期分の講義をほとんど落としてしまったのも影響していた。
といっても、大学での学びは面白いものが多いし、4年にもなると顔なじみも増えて実に充実した日々であった。私の周りの友人たちは私が「ストーリーズ」のメンバーであると知っていながら深く踏み込んでこないこともまた心地よかった。
もし、一昨日にあんなものを見なければ今日も快適なキャンパスライフを送れただろう。
とはいえ、奴らとその被害者はなぜか存在ごとこの世界から消えてしまうため、これ以上私が関わる術はなかった。
あとは、浜野に任せておくほかないだろう。彼は1年中暇をしている探偵とは思えないほど調査能力に長けている。そのことを私は知っていた。本当になぜあんな辺鄙な場所で探偵をしているのか疑問を持つほどだ。
不安や心配は胸に残っているが午前の講義は無事に終わった。民俗学的な掃除の意味などは特に面白かった。室内という空間で掃除をしないことによりほこりが溜まることで、外と空間的には同じになるということだった。そういう意味では、デカデンティア探偵事務所は異常な空間であるといえる気がする。外とは確実に違うし、日本の家屋的な室内とも大きく異なる空間だ。もしかしたら民俗学的にはあそこは異界と呼べるのかもしれない。そう考えるとあの空間を作り出した浜野の師匠という人物への興味がわいてきた。
3限は空きコマなので食事を済ませようとA講堂地下の中央食堂へ向かった。食堂では多くの学生であふれかえっていたが、その中でも一部分、特に人が集まっている場所があった。
その中央には見知った顔があった。葉山だ。
彼女は、最初大学の雰囲気に馴染めていなかったがサークル活動そしてメジャーデビューによって周りに友人を作ることができたようだった。社交的ではないが明るい性格の彼女はいつの間にか学内の有名人となっていた。
私はあまり人に目立ちたくないのとベース担当する沢渡南は、教育学部のため駒場の方のキャンパスにいるためここ、T大学本郷キャンパスで一番の有名人は葉山であった。
私は端の方の席に一人で座り、多くの人に囲まれている葉山の方を見た。楽しそうに談話する彼女を見て私は同じバンドのメンバーとして誇らしく思えた。
今年私は講義を入れすぎたため、あまり軽音サークルに顔を出せていない。そろそろ活動に参加しなくてはなと考える。私は今日もギターを持たずに大学に来ていた。去年まではあんなに持ってきていたのに。
そんなことを考えているうちに次の講義の時間が近づいてきた。
講義室に向かうといつも座っているようなあたりに友人が見えた。声をかけて席に着く。そして、そのまま講義が始まる。
あの化け物の事は頭から消えることはなかった。だが、私は昔から要領が良かったので講義の内容は一切聞き逃すことがなかった。あるいは、大学での学びもどこかあのような存在についてヒントがあると私が考えているからかもしれない。だから、この進路を決めたという事なのだから。
進路。もう4年である。私は就職活動をするべきなのだろうか?それとも大学院に進みよりこの世ならざる存在についての知を広げるべきなのだろうか?
そんなことを考えているうちに午後の講義も終わった。普段は退屈はしないものの長く感じる一日であるが、いつもとは違う不安が一つあるだけで時間が流れるのが速いように感じた。
講義室から出て家に帰ろうと正門に向かう。正門の周りには行き来する学生に、待ち合わせをするもの、多くの人間が集まっていた。
そこを通り抜けようとした時である。
「あなた、清水明日香さんですよね?」
私は声をかけられた。
振り返ってみると喪服のような黒いドレスを着てサングラスをかけた女性がいた。私の記憶の中にはいない人物だった。
「お話、聞かせてもらってもいいですか?」
私が何も反応することなく立ち止まっていると彼女はそう語りかけてきた。
誰だろうか?バンドで私を知ったファンか、あるいは報道関係者だろうか?
ストーリーズは有名になったが、インタビューやメディア露出のほとんどは葉山か南がやっていた。それに、私は不思議と町中で話しかけられるようなことはなかった。なのでもしバンド関係なら今日この瞬間が初めて知らない人に話しかけられたようなものだった。
「どちら様ですか?」
私は問いかける。
「明日香さん、バンドで上手くやってるみたいじゃないですか。探すのは簡単でしたよ」
女はそう言う。やはり、そういう感じか。
「音楽に関わることならごめんなさい。事務所の方を通していただいてもいいですか?」
芸能人がよく使う言葉で返す。まさかこの言葉を自分で使うことになるとは。
女はくすりと笑った。
「ちがうわよ。私はあなたのファンでも、報道関係者でもないわ」
「じゃあ、何の誰なんですか?」
なおさら、心当たりがなくなった。本当に何なんだこの女性は?
「あなた、見たんでしょ?というより見えるんでしょ?」
「何を?」
「一昨日、渋谷のスクランブル交差点で現れた”アレ”あなたは見えたんでしょ?」
その言葉を聞き心臓が跳ね上がる思いだった。




