第33話 大学生 神原拓狼①
「ごめん、神原くん電車が遅延して少し遅れそう。予約の時間には間に合うと思う。」
2018/10/13 9:45
ボク、神原拓狼が大先駅に着きホームでスマホを開くとメッセージが届いていた。ガールフレンドである花田唯からのものだった。
ボクが花田先輩と出会ったのは中学一年の時だった。サッカー部でそのマネージャーをしていた1つ上の先輩としてボクは彼女に出会った。
彼女はしっかり者で他人にも自分にも厳しい人物だった。毎日の食事ですらカロリー計算をしているほどだ。ボクの食事すら管理しようとし始めるのは本当にやめてほしい。そんな彼女が遅刻するというのだ。何かからかってやろうかと思った。
集合場所であった西口改札前に向かう途中、大きな工事音と振動が伝わってきた。確か駅の隣にある大先総合病院の新しい施設を建設しているところだったはずだ。感染症に関する最先端の医療設備を整えた施設だったかなと思い出す。これを知っているのはボクが医学オタクなわけでも工事現場オタク(そんなのがあるかは知らないが)だからではなかった。先輩から聞いたのだった。彼女はいまNI大学医学部の5年生だ。何かの流れでそのことを聞いたのだった。
改札に向かうと電光掲示板が妙な画面を映している。不規則なパターンというかまるで巨匠の描いた抽象画のようなそんなものだった。ボクはスマホでその画像を撮った。研究室の先輩たちに見せるためだ。あの人たちはボクに劣らず機械好きだ。こういったエラー画像を見て何が原因なのか、どうすれば予防できるのかを語り合うだけで1時間はつぶせるのだ。
なんてことを考えていると画面はすぐに元通り時刻表を表示し始めた。無事にトラブルを解決できたようだ。別に鉄道会社に知り合いがいたりするわけではないが同志が1つの仕事をやり遂げた姿を見てボクは心の中で賞賛を送った。
さてと、花田先輩は集合時間に遅れるといっていたが多分20分かそこらだろう。それ以上遅れると予約していたレストランに遅れてしまうからだ。どうやって時間をつぶしたものか。どこかカフェで時間をつぶすわけにはいかない。この後のデートはレストランに行くことから始まるのだから。
結局ボクは柱に体重を預けSNSを見ることにした。ああ、なんて無駄な時間のつぶし方なのだろう。
SNSではボクはもっぱらニュース、技術に関する事、あるいは今ハマっているオンラインゲームBad And Beautiful(通称BAB)の事だけを見ることにしていた。他人の生活とか意見なんかを見てどうこうしている人間の感性がボクには理解できなかった。画面の先でいつでもコメントができるだけで、他人は他人なのである。そんな誰かわからない人間の、本当かもわからない言葉に一喜一憂するのはばかばかしいとさえ思う。
大学で情報工学の研究をするボクが言うのはどうかと思うが、インターネットは人類には早すぎた技術なのだ。少なくともボクはそう思っている。人間は身の回りの人間関係すらまともに管理できないのだ。そんな生き物が世界中の人とつながり、本来得ることがなかった知恵に繋がれるようになる。それは社会をいびつにするだけじゃないのか。それがボクの意見だ。
そもそも現代人が一日に得る情報は江戸時代の庶民が一生に得る情報と等しいと言うではないか。それで、自分ではない誰かの考えや知識をあたかも自分の知恵であるかのようにふるまう。ああ、なんて醜いのか。
「神原くん、神原くん!!」
声がして顔をスマホから上げる。そこには、小柄でショートヘア、そして顔立ちだけでなく全体のバランスが整った女性が立っていた。
「おはようございます。花田先輩」
「もう、またスマホ?前見たときよりも痩せているように見えるけどちゃんと食べてる?」
ほら、また始まった。いつもこれだ。
「TR大学の講義と課題が忙しいからって理由は受け付けませんよ?神原くんが夜な夜なゲームをしているのは知ってますから」
そんな怒った顔も美しかった。
「先輩、そんなことよりいきますよ。レストランボクのおごりですから」
そう言ってボクらは品川の街中を歩く。
すぐに隠れ家的なイタリアンレストランに着いた。名前は「Urbs Aeterna」という。
店内に入るとジャケットを脱ぎ席に座る。そう、ジャケット。ドレスコードのある店なのだ。普段はこんな高級レストランには来ないが、今回は家で運営しているレンタルサーバー事業で得た収入がある程度貯まったのでデートに誘ったという流れだった。
「こんなレストラン本当におごりでいいの?」
花田先輩がボクに聞く。
「いいですよ、だって花田先輩にも羽を伸ばしてほしいんです。先輩、医師国家試験と実習で大変でしょ?」
「まあうん、そうね。とても大変だわ。でも、人の命を扱う前に絶対に身につけなくてはいけないことよ。忙しいという言葉で片づけるのは違うと思うわ。」
「ストイックですね。そういうとこ、尊敬します。」
ボクは先輩のそういうところが好きだった。前菜を食べながらボク達は近況報告を進める。普段からメッセージアプリで交流を絶えず進めているが、やはり直接会って聞きたいのであった。特に最近はお互い忙しい事もあって通話をできていないのも大きかった。
「神原くんは大学院に進むんだっけ?上手くいけそう?」
「はい、三浦教授の研究室の人とも仲良くできているし、このままだと問題なく院進できそうです。あそこは日本でも随一のAI研究をしていてって、この話はもうしましたね」
「はい、神原くん。聞きましたよ、その話は。でもよかった順調そうで。そうだ、露ちゃんは元気してる?」
先輩はそう聞いてきた。神原露ボクの妹のことだ。大学に進むにあたって横浜で一人暮らしをしているので正直近況は詳しくは知らなかった。ただ母が言うには大学生活を満喫しているとのことだった。
「元気にしているらしいよ」
「らしいって何よ。まさか神原くん自分から連絡取ってないとかいうんじゃないでしょうね?」
「いいじゃないか。露は自分の人生を歩んでるんだから」
そう言いながらボクはパスタを口に運ぶ。
「ダメよ。家族なんだから大切にしなきゃ」
家族、ボクにとってはあまり良い思い出はない。助け合うというよりも足を引っ張りあう関係だった。高校だって自分がバイトして奨学金で足りない分の学費を稼ぎ夜間学校に通ったし、大学の学費も同様だった。それだけではなく、露の大学の学費までボクがレンタルサーバーなどの個人的にやっている事業で稼いだお金から出していた。
「そうだね」
ボクはそれだけ答えた。
このレストランは当たりだった。コースでペアリングワインを合せて一人当たり1万5千円とかなり財布には厳しかったが、満足することができた。
「ねえ、神原くん。少し酔いが回ってるからどこかでゆっくりしない?」
少しろれつの回っていない先輩が言う。
「良いですよ先輩」
ボクは答える。先輩はかわいかった。大学生活だけでなく自分で稼いでいかなくてはいけないことは正直かなりつらいが、花田先輩といる時だけで気が晴れる。これは間違いなく事実だった。




