第31話 明日は生者のためにある
帰りの車で私たちの間に無言の時間が過ぎていた。辺りは真っ暗で対向車どころか窓の外すらまともに見えなかった。私は疲れ切っていたし、耐え難い喪失感に襲われていた。祭の左腕を大切に抱きしめていた。
浜野は、汗と血でぐちゃぐちゃな私を優しく無言で支えてくれた。疲れのあまり泣き止んだころ、私の角が気が付くと引っ込んでいた。
車内は異常な空気感が残り続けていた。血と汗と煤と死の香り。ただそれだけが充満していた。
日が昇り始めたころ、真夜は車を京都市街へ走らせていた。そして、おばあ様のお屋敷よりもずっと立派な屋敷に車を入れた。ここはどこなのだろうか?
車を停めるとすぐに屋敷の者が出てきた。
しわがれて、それでいて覇気のある人物だった。
「真夜様、昨日といいいきなりの訪問はどのようなおつもりですか?」
「この二人に衣服を、そしてけがを治療なさい」
「真夜様!!ここは渡辺の家。ご当主の許可なく指示を出すのはおやめいただきたい」
「渡辺の家ならばなぜ私の言葉を聞かぬのか!その言葉、渡辺の当主の言葉と受け取ってもよいのだぞ。私と敵対するという意志として受け取ってもよいか!」
今まで聞いたことがないほど真夜は声を荒げていた。
老婆は急に縮こまって答えた。
「滅相もございません。失礼いたしました」
今までの、覇気が消えてしまったかのように私たちを屋敷へ案内した。
途中で壮年の着物を着た男性とすれ違った。
「ばあや、何事か?」
「ご当主。真夜様が」
私たちを案内する足を止め老婆が言う。
「真夜様どうされたのですか?」
「魔性を殺してきた。後始末を頼みたい」
そのまま真夜は当主と呼ばれたものとどこかに行った。
そこからはとんとん拍子に帰宅の話が進んだ。祭の左腕は渡辺家で埋葬されることになった。どうやら人ならざる力を持つものの体の一部を普通に埋葬するのを嫌っているようだった。名残惜しかったが最後にあいさつして引き渡した。その時身につけていた指輪を私は受け取った。
事のあらましは真夜が説明しているようだった。私の体のことも聞いているようだったが真夜様が大丈夫だといっている、という紋切り型の答えをみんな返すだけであった。
私はタクシーに乗り京都駅に向かった。浜野はけがの治療と観光(本人はそう言っているが多分あの人なりに疲労のやせ我慢だと思う)を理由に明日帰るといっていた。
駅で父へのお土産を新幹線に乗る。朝に何も食べていなかったなと思い、指定席につくや否や駅で買った駅弁に手をつけた。駅弁というのはどこにでもありそうな味に特別感をつけたす何とも体験型の食事だなと思いながら食事を進めた。
名古屋から静岡の辺りの区間だろうか窓の外を見ていると山の合間にある小さな村落が見えた。ああいう場所にも”血族”のような者はいるのだろうか?きっといるのだろうな。そしてそれはまだ表立って見つかっていないだけなんだろうなとそんなことを考えていた。車の中では全身が痛かったのに今ではすっかりと痛みは引いていた。もう自分の体は前までとは違う。そう実感させられた。
富士山を超え1時間ほどしたら車窓から見える風景は都会に変わっていた。新横浜を超えたあたりからはもう高層ビル群ばかりが見えるようになっていた。
帰ってきたのだ。東京に。
あの高いビルには何人の人がいるのだろうか?もしかしたらその中にも血族のようなものがいるのかもしれない。現に今東海道新幹線のぞみ号に1人乗っているのだ。
そんなことを考えているとすぐに駅に着いた。新幹線から降りるときに持つ荷物はお土産だけだった。財布、家の鍵そしてスマホ以外の持ち物はすべてあの屋敷とともに焼け落ちてしまった。新幹線改札駅からJR改札に入る、出てきた乗車券は忘れずに回収する。最近はもっぱらICカードなので改札から出る切符をとるのは新鮮だった。
中央線に乗り2駅で降りる。家に帰るまでの道のりはどこか開放的でもあった。あんなことに遭遇して大切な幼馴染も失ったのにである。でもどこか憑き物がきれいさっぱり消えたような気がした。
マンションのエントランスを超え、5階まで階段を上り玄関前まで向かう。鍵を開けて扉を開く。
「ただいま」
そうつぶやいた。
「おかえり」
夏休みとして休暇をとっている父の声に母と祭の声が重なって聞こえた。そんなことはなかったのにそんな気がした。




